見える課題に充てがう特訓

 昨日、森で助けたプレイヤーの正体がまさか白城だったとは。

 これだけでも十分過ぎるくらい驚愕なわけだが、驚くべき事実はもう一つあった。


「やあっ!」




 VR初心者だということを差し引いても目に余る、シラユキの運動能力の低さだ。




「あー、マジかー……」


 失った武器の新調と回復アイテムやらの補充をした後のこと。

 現在、アトノス街道へ場所を移し、シラユキの実力を確かめる為、試しにそこら辺にいたスライムと戦ってもらっている。

 ……のだが、戦闘が始まってからもう既に五分近くが経過しているにも関わらず、未だにスライムとまるで緊張感の無い激闘を繰り広げていた。


「まさかスライム一匹相手にここまで手こずるとは」


 これは予想外……というよりは、想像の斜め下の光景を見せられている感じだ。


 さっきから一生懸命に長杖を振り回してはいるものの、一向にスライムに当たる気配がない。

 それどころか、ちょくちょく反撃で繰り出してくる体当たりを回避できないでいる始末だ。


 こうなっている原因としては、そもそもの基礎ステが低いせいっていうのもあるだろうが、それよりも初心者あるあるの一つ、相手の動きを見ずに自分のタイミングだけで攻撃をしてしまっているせいだろう。

 加えてシラユキの動きが不自然に鈍いせいで、攻撃後の隙をまんまと狙われているというわけだ。


 一応、チュートリアルエリアに出てくるスライムより、ここに出現するスライムの方が少しだけ強めに設定されている。

 とはいえ、ぶっちゃけどっこいどっこいの差でしかない。


 シラユキには悪いが、他のプレイヤーとパーティーを組むのが憚れるのも頷けるレベルだった。


 ちなみに現在のシラユキのレベルは3。

 街を出る前にステータス画面を見せてもらった時、予想以上にレベルが低いことが気になってはいたのだが、この光景を見せられれば十分に合点がいく。


 スライム相手でこれじゃあ、確かに3レベルで留まるよな。

 いや、むしろよく一人で3レベルまで上がれられたなって感心するレベルだぞ。


 だからと言って、現時点でシラユキのプレイヤースキルが絶望的にないと判断を下すのはまだ早い。


「……多分、まだVR慣れしてないだけだろうな。流石に度が過ぎるけど」


 現実での運動神経とフルダイブ中の運動神経は、必ずしも一致するとは限らない。

 例えば、現実では並の運動神経しかなくとも、VR内では体操選手顔負けの運動能力を発揮することもあるし、逆に現実では運動神経がバリバリだったとしても、VRでの身体になった途端、いきなり運動音痴になったりする場合もある。


 まあ、後者のようになるのは極めてレアケースではあるのだが、残念ながらシラユキはそのレアケースに入ってしまっているのだろう。

 一応、本人の名誉の為に補足しておくけど、白城本人の運動神経は普通に良い方ではある。


 他にも気になるところはあるが、とりあえずこの戦闘は黙って見守ることにして更に数分後。

 長い激闘(?)の末、ようやくスライムを倒すことに成功したシラユキが、息を切らしながらよろよろと戻ってきた。


「はぁ……はぁ……やっと、倒せた。その……どう、かな?」

「あー、えっと……その、なんだ。……控えめに言って赤点だな。正直、色々つっこませてもらいたい点はあるけど、まずそもそもスライム1匹倒すのに時間かかり過ぎだ」


 申し訳ないがここは心を鬼にしてバッサリと切り捨てると、シラユキはしゅんと肩を落とし「……そっかぁ」とため息を溢す。


 あまりの落ち込みように良心が痛むが、ゲーム技術の向上が目的である以上、手心を加えるわけにはいかない。

 それじゃあ本人の為にならないしな。


「……けどまず、それ以前の問題を解決する必要がありそうだな。シラユキ、身体が思うように動かせてないだろ?」

「え? うーん……どうなんだろう。そう、なのかな? ……うん、言われてみれば、そう……なのかも?」


 なるほど、自覚なしと来たか。

 とはいえ、仕方ないといえば仕方ないか。


 シラユキがVRゲーをプレイするのは、これが初めてらしいからな。

 おまけに他のプレイヤーとも殆ど交流を取っていなかったから、身体の動かしにくさが自覚できていなかったのだろう。


「――とりあえず、基本動作の改善から始めるとするか。ビシバシ行くからちゃんとついて来なよ」

「はい、分かりました! よろしくね、ジンム先生」

「先生はよしてくれ。なんかこそばゆい」

「はーい。それじゃあ、なんて呼ぼうかな。んー……ジンムくんだとゲームの方とごっちゃになっちゃうから……ジンくんで」

「……好きにしてくれ。それじゃあ、まず最初は軽いランニングから――」






 シラユキの特訓開始から数十分後。

 アトノス街道で一通りの準備運動を終えた後、今度はパスビギン森林に移動し、そのまま縦横無尽に森中を駆け回っていた。


「次はあの斜面を飛び降りるぞ。転ばないように気をつけてな」

「ええっ! あそこ凄い角度だけど大丈夫なの!?」

「安心しろ。あれなら落下判定にはならないから。ほら、行くぞ」

「う……うん! えいやっ!」


 VR内での動作を身体に慣らすのに一番手っ取り早いのは、思いっきり体を動かすことだ。

 なんか変な構文みたいになってしまってるが、なんだかんだでこれに尽きる。


 ちなみにここで言う体を動かすっていうのは、戦闘ではなくて純粋な運動というのが意味合いとして近い。


 様々な地形の中を全力で走ったり跳んだりしながら、VR内で動く感覚を段々と体に馴染ませていく。

 それを何度も反復させることで、次第にキャラコンの精度が向上していくようになる……というのが、RTAをやる内に導き出した俺の持論だ。


 言ってしまえば、レース場でいきなり車を走らせる前に、トレーニングコースで運転自体に慣れさせるようなものだ。


 初心者向けのエリアってこともあって、個人的にパルクールするには物足りなくはあるが、シラユキにとってはこれくらいのアスレチックが丁度いいだろう。

 実際、トレーニングをまだ始めて一時間も経っていないが、開始した時よりもシラユキの動作は格段に改善されていた。


 ――とまあ、こんな風にエリアをあちこち走り回っていたら当然、エネミーにも遭遇するわけで。

 斜面を駆け降りた後、そのまま止まらずに走り続けていると、突如として前方にオーク二体と弓を携えた緑の小人リリパットの群れが発生ポップして、俺らの進行方向に立ちはだかった。


「シラユキ、ストップ!」


 咄嗟に手で制して、


「戦闘の時間だ。準備はいいか?」


 チラリと後方を覗き、シラユキの様子を窺う。

 若干、顔が強張ってこそいるが、このまま戦闘に入っても特に問題はなさそうだ。


「……だ、大丈夫!」

「よし、それじゃあ仕掛けるぞ!」


 シラユキが長杖を構えるのを確認してから、すぐさま俺も戦闘態勢に切り替えた。


「よう、てめえらの相手はこっちだ! かかってきな!」


 軽く手招きをして敵の群れに文字通りから、俺は長剣を抜いて敵陣に突っ込んでいく。


 スキル”挑発”――これで敵からのヘイトを強制的に俺へと集中させる。

 昨日の山羊魔獣——いや、蝕呪の黒山羊だったか——との戦いを経て習得したアーツスキルだ。


 でも正直なところ、こいつらを倒すのにスキルを使う必要はないし、なんなら今の俺のステータスであれば、通常攻撃で数発殴るだけでも倒しきることができる。

 けどあえてそれをしないでいるのは、シラユキに戦闘中の立ち回りを覚えてもらうためだ。


 パーティーを組んで戦闘を行う際、まず基本となるのは隊列と役割ロールだ。

 この二つを理解してもらわないと、いつまで経ってもキャリーされるだけの立場になってしまう。


 戦闘中のキャラコン精度を上げるのも重要だが、シラユキのビルド的には、こっちを重点的に鍛える必要があった。


 あとついでに挑発のスキレベ上げできるから、俺としても都合が良かったりする。


「シラユキ。周りには警戒しながらだぞ」

「うん、分かった……!」


 リリパットが矢を番え、オークが石槍を構えて突撃を仕掛けてきた。

 時間差による刺突と射撃を盾と剣で弾き落とし、返しにオークの片割れの脳天に素の盾殴りを叩き込む。


 RTA走者的にわざと戦闘を長引かせるっていうのは結構もどかしくはあるが、これもシラユキの育成のために我慢だ。


「それに、たまには盾役タンクをやってみる丁度いい機会だしな!」


 敵が後衛に流れないよう、前線で敵を押し留めながら殴り合うのは、今後必要になってくる技術になってくるはずだ。

 この戦闘は、パーティー戦に慣れていない俺の練習でもあった。


「どうしたどうした、こんなもんかよ!?」


 シラユキの立ち回りに注意を向けながらも、俺はひたすらタゲ集中を敵の群れにかけ続け、攻撃を一手に引き受けるのだった。




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VR内での運動能力

 基本的に、現実の運動能力とVR内の運動能力に大きな乖離が生まれることは殆ど無いです。頻発してたらそもそも商品にできないので……。けど、VR環境への適応能力によって、どうしても運動能力に乖離が出てくる人は出てきてしまいます。ヒロインちゃんは、まさにその典型例ですね。

 とはいえ、矯正自体はそう難しいものではありません。VR内で思いっきり身体を動かしたりして、身体の使い方が分かればすぐ人並み程度にはなります。ヒロインちゃんがそのことに気づかなかったのは、これが彼女にとって人生初のVRゲームだったというのと、周りに指導してくれる人がいなかったのが原因です。

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