出会いは偶然、再会は必然
アトロポシアの構造は、街の中心に噴水が建てられた広場を起点として、西側には初期スポーンの遺跡平原、北側にはアトノス街道へと繋がる大通りがそれぞれ伸びている形となっている。
まあ、そんな立地なものだからアトロポシアで待ち合わせをするとなると、必然的にこの噴水広場がおあつらえむきになる。
というわけで、噴水の前までやって来たのだが、
「待ち合わせの約束は八時だけど……まだちょっとだけ時間があるな」
現在の時刻は19:50――少し早く着いてしまったようだ。
昨日の山羊魔獣戦で失った武器を新調するにしても、十分で戻ってくるのは流石に無理だろうな。
しくったな……これだったらあとちょっとだけ到着を遅らせるか、もっと早くログインするべきだったか。
「今更悔やんでも意味ないか。仕方ねえ、時間まで大人しく待つとするか」
……っと、そうだ。
一応、白城には到着したことは連絡しとくか。
噴水の縁に腰を掛け、メニューを開く。
まだフレンドになってないからゲーム内から直接メッセージを送ることはできないが、連携したチャットアプリを経由すればやり取りは可能だ。
「そういや、あいつはもう到着してんのかな……」
アプリを起動し、白城とのチャット画面を開いた時だ。
ふと、どこかで聞き覚えのある声が近くで聞こえてきた。
「その……ごめんなさい! 私、友達と一緒にやる約束をしているので……」
「いいじゃん、いいじゃん! ちょっとくらいなら大丈夫だって。まだ、そいつ来てないんだろ?」
「そうそう! それに君、見た感じ始めたてっぽいし、色々分からないこともあるでしょ? 俺らが手取り足取り教えてやるからさ。な、な!?」
視線を向けた先に見えたのは、二人組の男プレイヤーと白髪の少女プレイヤー。
どこか遊び慣れていそうな男たちが、やや強引な態度で少女に言い寄っているようだった。
うっわー……ゲーム内でナンパやってる奴って実在したのかよ。
まあ、常時アクティブユーザーが馬鹿みたいにいるゲームだもんな。
ネトゲの嫌な宿命ではあるけど、少なからずそういうことする輩は出てくるか。
まあ、こういう輩はどうせ後で通報されて、何かしらのペナルティ受けることになるのがオチなんだろうけどさ。
VRゲームが主流になる前の時代から、こういうことはちょくちょくあったっていうし、これに関してはMMOの悪しき風習ってやつなのかもしれない。
やっぱオフラインでRTAするのが一番平和なんだなって、はっきり分かるな。
(……まあ、今はそのRTAをちょっと休止してるんだけど)
というかあの装備……絶対ここら辺で入手できるような代物じゃないよな。
昨日、武具屋に立ち寄った際に一通りの品揃えは確認してみたが、あのような装備は無かったはずだ。
他の店に売られてるってなればそれまでだが、それよりも次の街以降で入手したって方がまだ信じられる。
ということは、初心者を狙った常習犯の可能性が高いってことか。
「……余計タチ悪いじゃねえかよ、おい。」
正直、見ていて嫌悪感しか覚えないのだが、見ず知らずの俺が下手に首を突っ込むのもなあ。
変な正義感は余計なトラブル起こしかねないし、穏便に済ますのであれば、こっそりGMに通報だけしておくのが賢明な判断というものだろう。
とはいえ、なんか心にモヤッとしたものが残りつつも、メニューを本体連携からオプションに切り替えて通報機能を選ぼうとして、ふと絡まれている少女と目が合った。
瞬間、思わずメニューを操作する手がピタリと止まる。
「……チッ、やっぱ予定変更」
本当は穏便にと思ったが、やっぱ無理だ。
俺はすぐに縁から立ち上がり、強引に少女と男たちの間に割って入る。
「――あのさ、取り込み中のところ悪いが、そこまでにしてもらっていいか?」
「あぁん、なんだテメェ? ていうか、何睨みつけんだオラ?」
「なんだって……先約だけど。元々、この時間に待ち合わせしてんだ。さっき言ってたろ。聞いて無かったのか? つーわけだからさ、ナンパするなら他当たってくれないか? あと睨んでねえよ、目つきは元からだ」
「は? いきなりしゃしゃり出てきて、適当なこと抜かしてんじゃねえぞ! ぶっ殺されてえのか!?」
あれ、バレてら。いや、単純に脅しにかかっているだけか。
街中でガチでPK仕掛けてくるとは思わないが、この様子だと素直に引いてくれそうにもないか。
ていうか、こいつらチンピラかっていうくらい柄悪いっつーか、クッソマナー悪いな。
「はあ……マジなんだけどなあ。でもまあ、
言いながら顎で指した先では、他のプレイヤーやNPC達が二人組に冷ややかな眼差しを向けていた。
しかも会話の一部始終を目撃していたのか、完全に男たちが悪者と見做されているようだった。
もしこんな状況で攻撃してこようもんなら、あっちが立場を悪くするだけだ。
「これでもやろうってのか? ま、あんたらがその気なら相手してやるけどよ――身ぐるみ全部剥がされる覚悟はあんだろうな?」
「テメエ……初期装備の癖に調子乗ってんじゃねえぞ!」
それでも二人組の片割れ——二刀の短剣使いが殴りかかってきた。
うっわ、マジか!
考えなしかよ、こいつ……!?
ただ、武器を抜いていない辺り、本気でPKする気はなさそうだ。
とりあえず俺をボコせれば、それでいいってことか。
まあ、どっちだろうと構わねえが、とりあえず……一発もらっとくか。
あえて回避行動は取らず、そのまま短剣使いの拳を受ける。
痛みはないが、頬に重く鋭い衝撃が走り、HPが一割近く減少する。
(くっ……やっぱ紙防御だから素手でもそれなりに効くな……!)
一応、衝撃は逃したつもりだが、綺麗に殴られるってのも意外と難しいのな。
殴られた俺を見て、短剣使いがにやりと嘲笑する。
直後、俺は短剣使いの右腕を掴み、そのまま背負い投げ、勢いよく地面に叩きつけた。
「ガ、アッ……!」
「先に手出したのは、アンタだぞ。あと隙デカ過ぎ」
現実だったら痛みで暫く動けなくなるだろうが、ここはゲーム内。
短剣使いはすぐに立ち上がってみせるが、さっきまでの威勢は鳴りを潜めていた。
「見た目だけで実力を判断するのは止めておけよ。ま、それはいいとして。そっちがその気なら乗ってやるよ。続き、やろうぜ……なあ!?」
なんなら二人同時に相手しても構わねえぞ。
拳を構え、男の様子を窺うが、今度は、向こうから動き出すことは無かった。
「チッ……だっる。あーあ、なんか萎えちまったし、行こうぜ」
「ああ、そうだな。……あと、テメェの名前と顔、しかと覚えたからな。初心者の癖にイキったこと、後で後悔しても知らねえからな」
それから二人組は、俺を睨みつけながら最後にそう吐き捨て、足早にこの場を去って行った。
(ふぅ……とりあえずこれでどうにかなったか)
こういうのあんま慣れてないからどうなるかと思ったが、これならもう大丈夫だろう。
とはいえ、まだ警戒を解くには早い。
しばらく男達が去った方向へ注視を続け、姿が完全に見えなくなったのを確認してから、改めて少女の方を振り向く。
「行ったか……悪いな、勝手に約束相手のフリしちまって」
「ううん、こちらこそ助けてくれてありがとうございます。でも……フフッ、これで二度目だね」
「ん、二度目……?」
少女の言い方からして、どうやら俺らは初対面ではないらしい。
そうなると、じゃあどこで……?
記憶を辿れば、一瞬で思い当たる。
つーか他のプレイヤーと関わったタイミングなんてそこしかない。
「――もしかして、昨日、森で助けた……?」
「はい、シラユキって言います。昨日は本当にありがとうございました」
少女はペコリと頭を下げると、柔らかく笑みを浮かべてみせた。
「礼を言われるようなことはしてねえよ。つか、むしろ礼を言いたいのはこっちの方だ。まさか初日からあんなのと戦えると思ってなかったからな。本当、良い経験させてもらったぜ」
それにしても、シラユキ……ね。
そういや、白城のプレイヤーネームもその名前だったよな。
……いや、まさかな。
でも……めっちゃ聞き覚えがあるんだよな、この声。
ユーザー数の多いゲームで名前被りが起きることは、そう珍しいことではない。
とはいえ、同じサーバー、同じ場所、同じ時間で、同じ名前のプレイヤーと出会すとなると、流石に話が変わってくる。
「ところで……ひとつ確認したいことがあるんだけど」
偶然ではないと半ば確信を持ちつつも、俺は意を決してシラユキに訊ねる。
「――ユーザーID、見せてもらってもいいか?」
プレイヤー一人ひとり個別に割り振られているプレイヤーID。
こいつを確認するのが確実で手っ取り早い。
「うん、どうぞ」
「……!? おいおい、マジかよ……!?」
そして、シラユキのIDと白城に教えてもらったIDは見事に一致していた。
つまり、目の前にいる彼女こそが――
「――そっか。もしかしてって思ってはいたけど。昨日、森で助けてくれたのはやっぱり君だったんだ。偶然って凄いね、
「ああ……正直、世間の狭さに軽くビビってるよ。ともあれ、無事に合流できて良かったよ――
どうやら出会いは偶然ではあったが、再会は必然だったようだ。
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街中でPKすることは可能ですが、その場合、高確率でお仕置きNPCが飛んできて、PKしたプレイヤーを狩りに来ます。お仕置きNPCにキルされた時のデスペナは、通常のデスより重くなるので、街中での決闘は控えた方が良いです。
そもそも街中で戦闘を行うことがまず危険です。もしNPCが巻き込まれでもしたら、それはそれでお仕置きNPCがやって来るので……
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