一夜明けて

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[黒山羊の呪角]

 蝕呪の黒山羊の大きく捩れた頑丈な角。正体不明の呪いに冒されたことで、魔力が角に蓄積し硬質化している。


[黒山羊の呪爪]

 蝕呪の黒山羊の鋭利な爪。呪われ自我を失くした魔獣は、その爪で弱きものを引き裂き、更なる呪詛を撒き散らす。


[呪獣の魔核]

 呪いに冒された魔獣の体内に生成された玉石。黒く輝きを放つそれは、宿主に強大な膂力を与えると同時に、確実にその命を蝕む。


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「――うん。やっぱあいつ普通の敵じゃなかったな。書いてることが禍々し過ぎるっての」


 デスポーンによってアトロポシアに強制送還されてから少し経った頃。

 宿屋のベッドの上で目を覚ました俺は、奴がドロップしたアイテムのフレーバーテキストを読みながら改めてそう思う。


 書かれている内容もそうだが、さっきステータスを確認したらレベルが一気に18にまで上昇していた。

 ソロ討伐したことで経験値を丸々貰えたというのを考慮しても、レベルの上がり幅が尋常じゃない。


 つーかこれ、もしかしたら本来のエリアボスよりも獲得できる経験値量が多いんじゃないか?


「だとしても戦う前の倍って……流石にやらかしすぎだろ」


 デスペナルティで所持金が幾らかロストしてしまったのは痛手ではあるが、それ以上に大量の経験値にレアな素材アイテムを入手できたことを考えると、むしろリターンの方がデカい気がする。

 ……あ、それと街に帰るまでの手間も省けたのも大きいな。


 現状、ファストトラベルのようなテレポート機能なるものはまだ解放されていないので、街から街への移動は基本徒歩のみになっている。

 ゲームを進めていけばそういうことができる機能が解放されたり、それに準ずる何かしらの方法を入手できるかもしれないが、それは当分先のことになるだろう。


 今やるとしたらブクマした街限定にはなるけど、自決で街に帰るっていうのありか……いや、やっぱなしだな。

 デスペナはステータスも一時的に下げるし、無駄に金が吹き飛ぶだけだ。


 面倒だけど、自分の足で動くのが無難に良さそうだな。


「そういや……結局、あのプレイヤーどうなったんだろうな? ちゃんと逃げ切れていればいいけど。じゃないと、俺が体張った意味ないし」


 どこかに寄り道していなければ、もうこの街に帰ってきてるはず。

 まあでも、装備もプレイヤーネームも碌に見てないから再会したとしても気づきようはないんだけど。


「できればもう一度会って、山羊魔獣に襲われていた理由を聞きたかったが……こればかりは仕方ないか。一期一会、これもMMORPGの醍醐味ってことで、今日はもう終わるとするか」


 メニューを開いて時刻を確認すると、もう日付が回っている。

 まあ、数時間ぶっ通しでレベリングしてからの四十分近くもボスを相手にしていれば当然か。


 当初は次の街まで行く予定だったが、明日も学校があるし、そもそもデスペナでもう攻略どころじゃない。

 さっきの戦闘で剣と盾もぶっ壊れたしな。


 最後が死んで終わるのはやや不完全燃焼感が否めないが、ゲームを中断するにはここが頃合いだろう。


 今度こそちゃんとエリアを攻略することを決意して俺は、ログアウトすることにした。




 *     *     *




 翌日、白城と遭遇したのは登校中のことだった。


 白城とは登校時間が違うから普段は通学路で会うことは滅多にない。

 だから少し理由が気になって、声を掛けてみることにした。


「よ、白城。この時間に会うのは珍しいな」

「わっ、蓮宗くん!? お、おはよう。えっと……蓮宗くんがアルクエをやったのか確認したくて、いつもよりちょっと早く家を出ちゃった」


 白城はそう言うと、少し気恥ずかしそうにえへへ、とはにかんで見せる。


「はは、なんだよそれ。そんな大したことでもないだろ」

「だよね。でも、どうしても気になっちゃって……。ほら、蓮宗くんが普通にゲームするのって珍しいから」

「まあ、それもそうか。通常攻略とか基本、初見でしかやらないからなあ」


 なんならやるゲームによっては、予めチャートだけ下調べして初っ端からタイム計測するってこともあったし。

 でもそういう時は大抵、超絶ガバやらかして結局、通常プレイと変わんねえじゃねえかってレベルのぐだぐだプレイにはなるんだけどな。


「んで……アルクエだけど。ああ、ちゃんとやってみたぞ」

「え、本当!? それで……どうだった、やってみた感想は?」

「悪くない……つーか、普通に面白かった。難易度を万人受けにしたJINMUって感じで気楽に遊べるし、だけど高難易度のボスもちゃんと用意されてたからな。流石、人気ゲームなだけある。あれならゲーム熱が完全に復活するまで良い繋ぎになりそうだ。勧めてくれてありがとな」


 改めて感謝を伝えると、白城はホッと胸を撫で下ろす。


「そっか、なら良かった。蓮宗くんも面白いと思ってくれて安心したよ。……って、あれ、高難易度のボスって? 始めてすぐにそんな要素あったかな……?」

「ああ、それは……なんか知らんけど、森の中でレベル上げしてたら野良のプレイヤーが見るからにやべえ敵に襲われてたんだよ。んで、襲われてた奴の代わりにそいつと戦ったんだけど、そいつが想像以上に強くてさ。俺のレベルが低かったってのもあったんだけど、そこだけJINMUやってる感覚だった」

「……へ、へえ。蓮宗くんがそこまで言うなんて、よっぽどだったんだね」

「まあな、倒したらレベルが倍になってたし。……でも、できることなら、もっかい戦いてえなあ」


 一応、倒せたからよしとしたものの、あの結果では正直勝ったとは言い難い。


 帰るまでが遠足、タイマーをストップするまでがRTAだ。

 機会があるのなら今度こそノーダメ完封完全勝利で完膚なきまで叩きのめして、スッキリとした状態で決着をつけておきたい。


(ただ……あいつと戦うには、まず専用のフラグを立てる必要がありそうなんだよな)


 あの異様な見た目と初心者じゃ絶対に倒せない強さを考えると、とてもじゃないが自然遭遇するとは思えない。

 となると、あの時に助けたプレイヤーから話を訊きたいところだけど、探そうにも手がかりゼロだから見つけられる気がしないんだよな。


(はあ……せめて名前と顔だけでも確認するべきだったか)


 つっても、そんなことしてる余裕なんてどこにも無かったし、どうしたものか――


「……おーい、蓮宗くん?」

「ん? ……ああ、悪い。ちょっと考え事をしてた。さっき言った野良プレイヤーにどうしたら会えるかって。けど、街の外であったプレイヤーともう一度会うって現実的にかなり厳しいよな」

「そう……だね。仮に同じ街を拠点にしてたとしても、ログインする時間が同じとは限らないもんね。そもそも最初の街自体も結構広いわけだし」

「だよなー。……って、ん?」


 おい、ちょい待て。


 ここでふと一つの疑問が生じる。


「ところで話は変わるんだけど。白城……お前、アルクエやってたっけ?」

「ふぇ!? ど、どうして……!?」

「いや、だってその言い方だと実際に街を見たことがあるような口振りだし、それに。……違ったか?」


 すると、しまったと言わんばかりに白城は口元を手で覆い隠す。

 それからすぐに顔を俯かせて黙り込んだ後、観念するようにもじもじと人差し指を合わせながら白状する。


「……はい、私も持ってます。実は、少し前に買ってました」

「あー、やっぱりな。でも、なんで持ってること伏せてたんだ? 黙ってる必要なんてどこにもねえだろ」

「うん、まあ言われたらその通りなんだけど。……理由、言っても笑わない?」

「内容次第だな」

「もう……そこは笑わないって言ってよ」


 むぅ、と頬を膨らませる白城だが、僅かに逡巡する素振りを見せてから続きを口にする。


「……私、下手くそだから」


 と、消え入りそうな声で一言だけ。


「え……それだけ?」


 思わず聞き返すと、こくりと頷きが返ってくる。

 本人としてはかなり恥ずかしいようで、傍目から見ても分かるくらいに顔がますます真っ赤に染まっていた。


 ……多分、本当に気にしているんだろうな。


 だからこそ、案外可愛らしい理由に堪らず吹き出してしまう。


「ちょっと、蓮宗くん!? 笑わないって言ったよね!?」

「はは、悪い悪い。予想の斜め下の答えだったからつい。けどまあ、俺とやりたくないとかじゃなくて安心した」

「ううん、そうじゃない! そうじゃないよ……!」

「お……おう。そうか」


 冗談で言ったつもりだったが食い気味に否定され、内心たじろぐ。


 いやでも、マジで俺とやるの嫌とかじゃなくて本当に良かった。

 もしそうだったらちょっと……いや結構凹むところだったぞ。


 とはいえ、何かしらの形で笑ってしまったことに対するお詫びはしとかないとだな。

 MMOは専門外だから知識は人並み程度にしかないけど、アクション面だったら力になれるか……?


 さっきから何か言いたげにジト目を向けてくる白城に、俺は一つ提案を持ちかけてみる。


「――だったら、攻略ついでに白城の特訓に付き合うよ」

「……へ?」

「話を聞いている感じ、進行度的にもそこまで差は開いてないだろうし、こういうのは誰かとやった方が上達も早いしな。……あ、勿論、白城が嫌じゃなければだけど」

「えっと……それじゃあ、お願いしてもいい、かな?」

「ああ、任せとけ。JINMUのイージーモードをクリアできる程度には鍛えてやるから」

「お、お手柔らかにね……」


 苦笑を浮かべる白城に俺は、ふっと笑みを溢して応えるのだった。

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