初見殺しの無い世界

 ゲーム開始直後、周囲の景色が真っ白な空間に切り替わる。

 同時に水中に漂うような感覚に陥ると、どこからか声が聞こえてくる。


『……く……が、う』


 ボソボソとくぐもった声。

 声量は小さく、断片的にしか聞こえてこない。


 これだと男か女かどうかも判断がつかねえな。


『ゆ……の、こ……ひ……め、た……おき、わ……』


 あ、さっきより聞こえやすくなった。

 けど、まだ何言ってんのかサッパリ分かんねえ。


 つーか、誰が喋ってんだ、これ?


 この後もなんか語りかけてきたけど、マジでなんて言ってるのか分かんなかったが、最後の言葉だけはっきりと聞こえてきた。


『探索者よ——どうか遥か遠き理想郷へ至らんことを』


 女性の声だった。


 と、ここで身体の感覚が戻ってきた。

 いや、戻ったというよりは、ゲーム内の身体の感覚に切り替わったというのが正しいか。




 ――ふと、微風が優しく頬を撫でた。




 いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと上げる。

 気づけば、崩壊した遺跡の中——神殿の跡地ような場所に立っていた。


「おお……これがアルクエの世界……!! って、すっげえ……なんていうか異世界転生をした感じがする」


 JINMUのグラフィック再現度も中々だったが、アルクエはそれよりも数段上を行っている。

 オマケに風が吹く感じも石床を踏みつける感触も現実と何ら変わらない。


 これだけでこのゲームを買った価値があると言っても過言ではない、そう思えるほどだ。

 とまあ、興奮冷めやまぬところではあるが、とりあえずは状況を把握するとしようか。


 まず俺が今立っている遺跡だが、人の手が入らなくなって途方もない時間が過ぎているからか、全体的にすっかり風化してしまっていて建物の大部分が崩落している。

 遺跡の周辺はだだっ広い草原になっていて、遺跡から続く道の先には最初の街”アトロポシア”が見える。

 そして、頭上を見上げると、それぞれ緑と赤が仄かに色づいた二つの月が浮かび、空は橙から濃紺に染まりつつあった。


「へえ、月が二つあるのか。確かJINMUの空もこんなだったな。これは共通の世界観といったところか。それと、ゲーム内の時間はリアルタイムと連動してそうだな」


 ゲームによっては独自の時刻設定で時計が進むのもあるが、アルクエの場合はそうではないらしい。

 まあ、この手のゲームでそうすると時間感覚ぶっ壊れそうだし、リアルタイムと連動してた方が良さげか。


 そういえば……普通、最初のスポーンって街の中かと思っていたけど、フィールドの中なんだな。


 ここに出てきた時は一瞬、ランダムスポーンなのかと思ったが、周りを見渡してみると、さっきから俺以外のプレイヤーが遺跡の中に続々と出現している。

 ということは、スタート地点はここで固定されていると見ていい。

 まずは街の中をうろちょろとするより、チュートリアルも兼ねて広大な世界をこの目に焼き付けろってことか。


 フィールドにいれば自然と戦闘を経験することにもなるし、案外悪くないかもな。


「よし、そういうことなら最初の街に向かうがてら、冒険の肩慣らしでもするとしようか」


 軽く身体を動かしてから俺は、アトロポシアに向かって駆け足で遺跡を飛び出した。




 記念すべきアルクエ初の戦闘相手は、RPGにおける敵の代名詞スライムだった。


 遺跡を出て一分足らずのところで、ぴょんぴょんと可愛らしく跳ねる半固形の液体生物が俺の前に立ちはだかる。

 まあ、見た目は全然可愛らしくねえが。


 ドロドロに溶けたような緑の体。

 マスコットにしようとしても、キモカワ路線でやらねえと売れないだろうな。


「あ、そういや……スライムってRPGじゃオーソドックスな敵だけど、JINMUだとあんま戦ったことないんだよな」


 あっちは世界観が和風ってのも合ってか、人型だったり異形系の敵が大半だったんだよな。

 こういう不定形系? の動きは見慣れないものだった。


「けどまあ、最初の敵だ。どうにかなるか」


 右手で盾を構え、左手にはセットでついてきたダガーを抜いて、俺はスライムと対峙する。


 本当はダガーじゃなくて長剣だったらよかったんだけど、別にこいつでも戦えなくもないし別にいいか。


「よっしゃ! 来いよ、相手になってやる!」


 さて、どんな攻撃を仕掛けてくる……?

 硬質化しての高速突進、身体を溶かす毒液を飛ばす……いや、急に二体に分裂するなんてこともあり得るか。


 何にせよまずは様子見で距離を取って、相手の出方を窺うべきだ。

 初見は速攻で倒しにかかるよりも相手の行動パターンを見極め、攻撃タイミングを掴むことの方が大事だからな。


 最大限に意識を研ぎ澄ませ、スライムと睨み合うことおよそ三十秒。

 スライムは、その場で跳ねるだけで一向に攻撃を仕掛けてくる気配は無かった。


「……あれ?」


 おかしい……何もしてこない、だと?

 普通だったらプレイヤーを見つけるなり、速攻で初見殺しの攻撃をしてくるもんじゃないのか。


 少なくともあの運営ならそうしてくる……って、ん?

 あぁぁぁっ! くそッやらかした!!!


 なんでJINMUあっち基準で敵の行動パターン予測してんだよ!

 ここはチュートリアルから初見殺し仕掛けてくるユートピアとは違う、本当に至って普通なファンタジーの世界だろうが!


 開発会社が一緒だからって、最初に戦うことになる小鬼でさえ戦闘開始直後に礫を投げつけてくるような——しかも、下手すりゃ心臓に突き刺さって一撃でデスするようなエグいやつ——ゲームと一緒にして考えるな。


 改めて思うけどチュートリアルでそんなことされたら、そりゃ人によってはクソゲー扱いするのも当然だよなあ。

 ……って、呑気にそんなこと思い出している場合じゃねえ。


「うっわ、初っ端からやらかした…!! ガチで恥ずかしいんだけど」


 ふと周りに視線をやると、遺跡から出てアトロポシアに向かう他のプレイヤー達がクスクスと失笑しながら俺を見てきている。

 ついでに言うと、近くでは明らかにゲーム初心者って動きのプレイヤーがサクッとスライムを倒していた。


「わー、倒せた! やったー!」


 そりゃそうだよな。

 道端でスライムとガチの睨めっこしてる臨戦態勢の奴がいたら俺だって笑うわ。


「もういっそのこと、わざとやられてデスポーンしようかな……」


 いや、それはそれでスライムに負けたやつって周りに見られる事になるのか。

 というか、寧ろそっちの方がメンタルにくるな。


 あ、あの人チュートリアルエリアでスライムに負けた人だー、なんて後ろ指差されたらそれこそもう堂々と街中を歩けねえよ……。


「……クソッ、さっさと倒してダッシュで街に行こう」


 硬く決意して、俺はスライムに向かって一気に距離を詰める。


 スライムも迎え撃つように俺へ突っ込んでくる。

 念の為、何か特殊なステップを交えてくるんじゃないかと警戒こそしたが、本当にただ真っ直ぐ突っ込むだけの単純な挙動だった。


 互いに間合いに入ったところで、スライムが勢いよく体当たりを仕掛けてくる。

 俺はそれをギリギリのところで回避すると同時にダガーで斬りつけてから、畳み掛けるように盾を思い切りスライムに叩きつける。


 盾で殴ってもダメージ判定があるかの実験でもあったが、どうやら攻撃に使っても特に問題はないらしい。

 うん、これならJINMUでやってた時の戦闘スタイルをそのまま流用できそうだ。


 それと今の盾殴りでスライムのHPを削り切ったのだろう。


「ピギャアッ!!」


 スライムは断末魔を上げると、そのまま光の粒子となって消滅していった。


「はい、撃破ぁ!」




————————————


【RESULT】

 EXP 2

 GAL 2

 TIME 00’45”16

 DROP -


————————————




「よし、それじゃあさっさと離脱!」


 目の前に出現したバトルリザルトを流し見しつつ、俺は全速力でこの場を離れるのだった。

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