つい手癖で出てしまう走者の性
時は流れて放課後。
速攻で帰宅RTAをかまして自室に戻り、ソフトを陳列している棚から取り出したある一つのパッケージを眺めていた。
「――まさか、俺が本当にアルクエをやる日が来るとはな」
『アルカディア・クエスト』――去年の四月に発売されたMMORPGで、売り上げ、最大同時接続プレイヤー数を共に歴代記録を大幅に塗り替えたVRゲーム界の金字塔だ。
遥か昔、神々と人間が仲良く共存していたけど、なんか知らんけどいつの間にか神様全員がもれなくどこかに姿を消してしまい、人々はそんな神様たちが去り際に残したという理想郷を探し求めて冒険を繰り広げる。
……というのがプレイヤーの目的らしい。
なんか大事な所がフワフワしてる感は否めないが、自分達で物語を開拓させる方針が逆に大衆にウケたみたいだ。
それ以外にも、一種のメタバースと化すほどサブコンテンツが充実してるっていうのも、爆発的に人気になった要因なのだろう。
「――ん、このロゴって、もしかして……? ああ、そういやアルクエの開発元ってテック社だったな」
パッケージの右下に”THS”と書かれたロゴを見てふと思い出す。
そもそもJINMU一辺倒だった俺が、アルクエに興味を持つようになったかというと、開発元がテクノハックソフトウェア社——JINMUを開発した会社だったからだ。
シナリオやシステムの完成度が高く、加えてグラフィックやらオープンワールドの精巧さで他のゲームよりも遥かに飛び抜けた技術を持っていたのにも関わらず、クソみたいな鬼畜難易度のせいで、その多くを台無しにしたJINMUの悲劇から三年。
良かった点は更に改良を施し、難易度調整に劇的な改善が見られたアルクエは、最初こそユーザーからは訝しまれたが、βテストが終わる頃にはほぼ全てのユーザーが掌を返す結果となっていた。
だけど、ごく一部の異端者共からは、あの鬼畜難易度が無くなってしまったことを惜しむ声があったとか無かったとか。
まあ俺もその気持ちはよく分からなくはないが、それじゃあユーザーが離れるだけだから致し方ない。
オンラインゲームはアクティブユーザーの数がゲーム全体の盛り上がりにも直結するわけだからな。
初心者を広く歓迎するアットホームな環境作りが大切だと俺は思う。
「……ま、取説も読み終えたことだし、そろそろ始めるとするか」
ゴーグル型のVRギアを装着し、ベッドに横たわると、俺は期待に心を弾ませながらゲームを開始することにした。
タイトル画面から新規アバター作成を選び、一瞬だけ視界が暗転したかと思うと、俺はだだっ広い草原の中に立っていた。
「うおっ!? やべえ、景色がすげえリアル」
JINMUの時もグラフィックのクオリティはかなり高かったが、今目に映る景色はそれ以上――というか現実と見紛うレベルだった。
まあ、そうだよな。JINMUが発売されてから三年も経ってるんだもんな。
グラフィックの技術が向上していてもおかしくはないか。
……にしても上がりすぎな気もしなくはないけど。
「とりあえず、まずはキャラメイクからだな」
気を取り直し、ガイドに従いながらまずはアバターの容姿を決めていく。
ゲームによってはアバター作成時間もタイム計測に入るし、そうじゃなくても再走になった時にまた作り直すのもめんどいから、デフォルトのまま終わらせることを習慣づけていたけど、今はRTAのことは忘れて普通に考えるとしよう。
「へえ、人種も選べるのか。普通の人間にエルフ、獣人……おお、竜人まであるのか。自由度たっけえな、おい。ふーん、どの種族にしてもステータスには影響はなし、と。……けどまあ、ここは無難に人間にしておくか。アバターの見た目に拘りあるわけでもないし」
とりあえず、体格は動かしやすさ重視で現実の俺と同じように合わせて、と。
顔は……まあ、考えんの面倒だし、俺をモデルにしてAIに作って貰えばいいか。
そんなこんなでサクッと完成させたアバターはというと、黒髪長身痩躯の目付きが刃物みたいに鋭い青年だった。
「うっわー……自分で言うことじゃないけど人相悪いな、俺」
特に何をしたわけでもないのに、よく子供に怖がられることが多いのだが、こうして見るとその理由がよく分かる。
酷い時なんて、たまたま泣いている子供の近くにいたら、その子の母親から泣かせた犯人扱いされたこともあったし。
……思い出したら、辛くなってきた。
いいや、キャラメイクはこれくらいにして次はジョブの設定に移ろう。
作り直すことこそ手間だし、顔は最悪装備で隠せばいいしな。
「なるほど……一括りに戦士と言っても、双剣使いとか槍使いみたいな感じで適正武器が細分化されているのか。一応、他の武器も装備できなくはないけど攻撃力に補正がかけられたりアーツスキル……習得できる技に結構影響が出てくるみたいだな」
他にも魔術士のように魔術をメインに扱うジョブであれば、杖使い:火のように適正武器の他に適正属性を設定できたり、生産職の一つである鍛治師だったら、大槌使い:強化みたいな感じに作った装備に付与できるスキルの傾向が変化するらしい。
「思い切っていつもとは違ったスタイルにするのも悪くはないけど、最初は慣れた戦い方で進めるとするか。となると……うん、これだな」
ジョブの詳細を確認しながら一覧をさらっと目を通した後、俺が選んだのは——戦士(盾使い)だ。
RTAをやってきた影響で基本的にDPSが高く、かつ機動力のある戦闘スタイルを主体にすることが多かったから、無難な前衛職にするのは既に決めてあった。
一応、もう一つの候補として手数の多い戦士(双剣使い)とどっちにするか迷いはしたが、そうしなかったのはJINMUの経験からだ。
なんかよく分からんけど、二刀で戦うよりも盾持って戦った時の方が戦闘した時の撃破タイムも安定度も上だったんだよな。
これは別に二刀が弱くて盾が強かったというわけではなく、単純に俺がその戦闘スタイルの方が肌に合っていたというだけ……要は適性の問題だ。
寧ろ理論値で見るなら二刀流で戦った方がDPS出ているし、なんならJINMUの使用武器で一番DPSが高いのは弓矢だったりする。
けどまあ、どれもそんなに大差があるわけじゃないし、最終的には使用者の腕次第だけどな。
理論値はあくまで理論値、重要なのは実戦で力を発揮できるかどうかだ。
ただ一つ問題があるとすれば、JINMUでやってた戦い方がアルクエでも再現可能かどうか、か。
「開発元同じだし大丈夫、だよな……?」
一抹の不安が脳裏を過ぎるが、気にしないようにして最後にプレイヤーネームの設定に取り掛かる。
設定画面が切り替わると、目の前に半透明なキーボードパネルが出現した。
「なるほど、これに入力しろってことか」
早速、aと入力し決定ボタンを――
「って、危ねえ! いつもの癖で名前”a”でやるところだった……!」
いつも名前入力=1文字で終わらせているから、完全に無意識だった。
今回はRTAを抜きにしてやるんだ。
せめてちゃんと名前っぽいプレイヤーネームにしないと。
とはいえ、いつも”a”とか”あ”とかで済ましているから、特にハンドルネームとか考えてないんだよな。
動画配信している時もチャンネル名『RTA配信用』だから、配信主としか呼ばれてないし。
つまり、それらしきプレイヤーネームを今ここで考えなけきゃならないわけで――
俺の本名――
はすそう、むねそう、はすし……うん、どこをどう切り取っても語呂が悪いから却下だな。
読み方変えてみる……?
れんそう、れんしゅう、つくし……どれもないわ、ボツ。
こうして暫しの間、真面目に考えた末、俺はキーボードにようやく思いついたプレイヤーネームを入力する。
「ジンム、と。はい、オーケー!」
”JINMU”からまんま名前を貰って”ジンム”。
俺を知っている人間からすればJINMU大好き過ぎマンかと思うような(まあ、事実なんだけど)安直ネームだが、他に特に思いつかなかったし、ちゃんと名前っぽいしこれでいいだろう。
それにプレイヤーネームの由来なんて言わなきゃ誰も気づくことなんて無いだろうしな。
「それじゃあ、アルクエの世界を楽しむとするか!」
最後に改めて決定ボタンをタップすると、アナウンスと共に一面が真っ白な光に包まれるのだった。
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