燃え尽きたRTA廃人と理想郷探索

燃え尽きて、誘われる理想郷への招待券

 約二十時間に及ぶJINMU100%RTAを完走した翌日。


 週明け、月曜の朝の教室で俺は、






「あ゛ー……だめだ。何もやる気が起きねぇ」






 ――反動で完全に燃え尽き症候群に陥っていた。


 原因は自分でも分かっている。

 今までずっと目標にしていたクリアタイム二十時間を切った上に、すぐに再走という単語が脳裏に過ぎらないレベルで俺に出せるものは全て出し尽くしたからだ。


 今まではどこかで大ガバをしでかしたり、チャートの見直す点が見つかったりで、すぐに次の完走に向けた対策を立てていた。

 しかし、昨日の挑戦は自分で言うのもなんだが、今の自分にできる文句無しの走りだったと自負できるものだった。


 全てのショートカットはほぼ一発で成功。

 運要素が絡む場面は、乱数の女神が俺に極上のアルカイックスマイルを振り撒いてくれた。


 おかげで、全ての区間での計測タイムが自己べを大きく上回る結果となった。


 完成度としては上出来も上出来、文句無しの百二十点満点だった。

 もう一度同じことをしろと言われたら数週間……いや数ヶ月、下手すりゃ年単位でかかるかもしれないとさえ思えてしまうほどに。


 だからこそ、これまでのモチベが維持できなくなって、もう身も心も真っ白になってしまったというわけだ。


 一応言っとくけど、決してJINMUに飽きたとかじゃない。

 まだany%のランキング更新って目標だって残っているしな。


 ただ――熱狂から醒めたことでぽっかりと胸に穴が空いたような、そんな虚無感に襲われて、思うように切り替えが出来ないってだけだ。


 それもあって、しばらくRTAは休むことにした。


 いつも配信用に使っているチャンネルのコミュニティにも『しばらく配信休止します』って投稿もしてある。

 つっても、反応は幾つかグッドボタンを押されただけで、特にコメントは来なかったんだけどな。


 自分で言うのもなんだが、底辺チャンネルだからそんなもんか。


「はあ……これからどうっすかな」


 机に頭を突っ伏したまま呟いていると、ふと誰もいなかったはずの隣の席から声が聞こえてくる。


「おはよう、蓮宗くん」

「ん? ……白城か。はよ」


 重い頭をどうにか動かして振り向けば、ショートボブの女子生徒——クラスメイトである白城しらきひじりの姿があった。


「朝からなんだか凄く疲れてそうだけど……大丈夫?」

「なんとかな。ちょっとJINMUやり込んだ反動でバーンアウトしてるだけだ」

「あはは……えっと、それは大丈夫って言わないんじゃないかな……? ほら、蓮宗くんのやり込みって普通とはかけ離れてるわけだし」


 苦笑を浮かべながら白城は言う。


 今、さらっと胸に刺さる一言も付け加えられたような気がするが、事実だから気にしないでおこう。


 ちなみに白城は、何を思ったかゲーマーでもないのにRTA配信に興味を持ち、実際に配信で俺が走っているのを見たことがある数少ない……ていうか唯一の人間だったりする。

 というか、白城にしかチャンネルを教えていないっていうのが正しいな。


 別に趣味がRTAであることを周りに隠してるってわけではない。

 教える機会があったのが白城だけだったっていう、ただそれだけの話だ。


 とはいえ、配信でやっている内容は、気分転換でany%を緩く走ったり、別ゲーのRTAを通しでやってみたりと、ガチの走者から見ればかなりヌルいものではある。

 それでも普通の人からすれば、かなりやり込んでいるように見えるのだろう。

 まあ、時々ガチで走ることはあるけど。


「もしかして……昨日、配信休みますって報告を上げてたのって、それが関係してたりする?」

「まあそんなとこ。配信するにも全くモチベが上がらないから、当分休むことにした」

「そっか……ちょっと残念だな。蓮宗くんの配信見るの楽しみにしてたから」


 言って白城は、しゅん、と少し気落ちしたような声で眉尻を下げる。


「悪いな」

「ううん、気にしないで。蓮宗くんがまた配信したいって思えるようになるまで、ゆっくりしていいと思うよ。それに今週が終われば春休みだしね。……でも、配信をしてない間は何かやったりするの?」

「それが何も思いついてねえんだよな。適当に家にあるゲームをRTA無しでやろうと思ってはいるけど、逆に何から手をつければいいのやらって感じだし」


 久しぶりにJINMUの通常攻略をしてみるってのもアリだが、丁度いい機会だし別ゲーに手を出してみるのもアリな気がしている。

 だからと言って、そんなにやり込まずにサラッと一周して終わりそうなんだよな。

 どのゲームもRTAで走ってるから、完全初見ってわけでもないし。


 などとつらつら考えていると、


「うーん……あ、そうだ! じゃあ、アルクエなんてどうかな。蓮宗くん、前にソフトだけ買って棚に眠ってるとか言ってなかったっけ?」

「アルクエ……? ああ、そういえば前に買ってそのまま放置してたな。すっかり忘れてた」


 白城に言われて思い出す。

 いつだかゲームショップに一本だけ売れ残っているのを見つけて、その時は特にやるつもりも予定も無かったけど、入手困難だしコレクションとして勢いで購入したんだった。


 そういや発売して一年近くが経つってのに、どこの店でも未だに売り切れてること多いよな、あのゲーム。


「MMORPGか。オンラインゲーなんて殆どやったことなかったけど、折角だしやってみるのもありだな」


 MMOであればRTA要素は殆どないはず。

 だとすれば、気分転換にはもってこいかもな。


「……にしても白城、よくそんなこと覚えてたな。買ったの結構前だぞ」

「そ、そうかな? えっと……多分、蓮宗くんがそういったゲームをやるイメージが無かったから印象に残ってたのかも。うん、きっとそう」

「……言われてみれば確かに。俺がやってるゲームって基本一人用のオフラインばっかだし」


 JINMUは言わずもがな、他のゲームもジャンルこそ違えど、大抵はソロプレイを前提としたものばかりだ。

 中には協力プレイや対戦といったオンライン要素が含まれてたりもするが、どのゲームも遊び方が専らRTAなものだったから、基本オフラインでのゲームライフを送っていた。


 ……けど、たまにはオンラインゲーに興じるのも悪くはないか。


「よし。んじゃまあ、帰ったら早速やってみるとするか。ありがとうな、白城」

「どういたしまして。といっても私、何もしてないけど。……それでね、蓮宗くん」

「ん、どうした?」

「……ううん、やっぱなんでもない。よかったら明日、感想聞かせてね」

「……? ああ、ばっちりレポートするから楽しみにしといてくれ」


 何か言いあぐねているように感じるけど、まあいいか。


 ともかく白城の提案のおかげで、ちょっとだけ気を持ち直すことに成功した俺は、初めてのMMORPGに胸を弾ませるのだった。

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