アルカディア・クエスト~死にゲーを極めたRTA廃人が駆け抜けるMMORPG『理想郷探索Any%盾使いチャート』~

蒼唯まる

プロローグ

100%Glitchless 19:58:47.3

 荒廃した地表は文字通り全てが漂白と化し、混沌蠢く闇が覆う空には漆黒の太陽が煌々と燃え盛る。

 周囲の空間の大部分は”無”に侵食され、何もかもが虚に消え行こうとしている。


 今まさに旧き世界は終焉を迎え、同時に新たな世界が誕生の刻を迎えようとしていた。


 そんな中、眼前に広がるのは、六本腕を持つ白き異形の神と数百にも及ぶ怪異共。

 誰にでも分かる絶望的な状況——だけど、自然と笑いが込み上げてくる。


「はぁ……はぁ……ハハ、ハハハッ」


 瞬間——駆ける。


 頭上から絶え間なく降り注ぐ滅却の極光を掻い潜る。

 地面が隆起すると同時、乱立する豪炎の火柱を避け続ける。


 ——屠る。


 そこかしこから襲い掛かる魍魎跋扈、魑魅魍魎の怪異共を。

 果敢に殴りつけた盾は頭蓋を砕き、撫でるように振るった刀は胴を両断し、鋭く放った蹴りは首をへし折る。


「アッハッハッ!」


 一秒……否、ほんの一瞬でも気を抜けば、俺という矮小な存在は瞬く間に滅却の極光と豪炎の火柱に呑まれ消失する。

 怒濤の如く押し寄せる数の暴力に容易く潰される。


「アーハッハッハッ! どうしたどうした、こんなもんかよ!? こちとらまだ暴れ足りねえぞ!!」


 だからこそ血肉が騒ぐ、脳髄が沸き立つ。

 溢れんばかりの熱狂が最高潮に達する。


 既に焼き切れそうになっている脳をフル回転させ、迫り来る脅威を凌ぎ、討ち倒す。


 全てはたった一秒の為。

 たかだか一秒……されど一秒をもぎ取る為。


 持てる限りの力を尽くし、全身全霊を懸けて、俺は——創生の





 

 旧き世界の破壊者であり、新たな世界の創造主テンゲンノマガツヌシの肉体は限界を迎え、全身が砂のようになって崩れ落ちていく。

 だが、これで奴が消滅することはない。


 このまま数千年の永きに渡る眠りにつくだけ。

 眠りから目覚めた後は、また新たな世界の創造主として君臨し、身勝手な世界の破壊と再生を繰り返すだけだ。


 神殺し——創造主を止める唯一の手段であり、俺に課せられた使命。

 俺はその為に、世界を駆け抜けてきた。


『何故だ、何故なのだ……!? 神である我が何故、人間如きに敗れるというのだ……!?』


 息絶え絶えに創造主が吐き出した疑問に応える必要はない。

 だけどあえて、俺はこれまでの長い旅路を思い出しながらゆっくりと口を開く。


 ……いや、自然と開いていた。


「――簡単なことだよ。……つっても、お前には理解できないだろうけどな」


 言い終えると同時、左手に持つ刀を強く握り締め、創造主へと向かって強く地面を蹴る。


 狙いは胸部から剥き出しになった魔力の核——創造主が何度でも甦ることを可能とする力の根源。

 息も付かぬほどの激闘を繰り広げた末にようやく姿を露わにしたそいつを壊せば、全ての因縁に決着がつく。


『有り得ぬ……! こんなことは、決して有り得てはならぬ……認めはせぬぞ!!』


 今際の力を振り絞り創造主は、俺から距離を取りながら手印を組む。

 頭上に膨大な魔力の奔流を生み出し、大量の光線へと変化させ放ってくる。


 それはまさに夜空に駆ける流星群。

 一つ一つが即死級の威力を誇り、僅かにでも掠めるだけで、俺の身体はたちまち塵すら残ることなく蒸発するだろう。


 神足発動——それでも俺は、微塵も臆することなく全力で駆け抜けて流星群を掻い潜り、時には右手に持つ盾で防ぎながら一気に創造主へと距離を詰めていく。


(あと少しで攻撃が届く間合いに入る……!)


『――猪口才な……滅びよ!!』


 しかし、ここで創造主は、遥か上空から空間全てを消滅させかねないほどの巨大な魔力の隕石を落としてきた。


 道連れ覚悟の決死の一撃。

 だが、創造主は核が残っている限り何度でも甦る。


 そうなれば消えるのは俺だけ。

 だからあの核だけは、何がなんでも破壊しなければならない。


「……理由は、分かってるからだよ。お前の動きは全て——何もかも! テメエがまだ大技をぶっ放す余力を残していたってことも……それが二段構えの攻撃だということもなあ!!」


 滅尽通起動——全身に聖銀の闘気を纏わせ、俺は落ちて来る隕石に真っ向から隕石を迎え撃つ。

 激しい衝突の末に一点突破で突き抜ける。


 今ので盾は完全に砕け散ってしまったが問題ない。

 ようやく射程圏内に創造主を捉えることに成功する。

 そして、今の攻撃で全ての力を出し尽くした創造主は、完全に無防備な状態になっていた。


『なっ……!?』


 これなら確実に回避も防御も間に合わない。


「なぜなら――」


 最後に両手で握り締めた刀を上段に構え、俺は創造主に引導を渡すとどめの一撃を放った。




「――テメエを倒すのは、これで千五百八十二回目だからだよオラアァァァッ!!!」




 斬り下ろした刀が創造主の胴体ごと核を粉砕した途端、俺の目の前にカウントが停止したタイマーが出現する。

 そこに表示している数字は『19:58:47.3』――瞬間、俺は胸の奥底から際限なく込み上げてくる歓喜に思わず拳を握り締め、盛大に雄叫びを上げる。


「っ……っしゃオラアァァァッ!!! 自己べ更新キタァァァーーーーッ!!!」


 平日も休日も長期休みもその殆どの時間を捧げ、気が狂うほどに走り続けたこと約一年。

 高校入学直前から始まった100%RTAの挑戦が、ようやく終わりを迎えたのだ。






 今から遡ること約四年。

 テクノハックソフトウェア社から発売されたフルダイブ型VRアクション系和風RPG『JINMU-神武-』は、太古〜戦国時代の日本をモデルとした超大作だが、大方の評価は神かクソのどちらかに二分されている。


 同時期に発売されたどのゲームよりも頭二つ以上飛び抜けた超美麗なグラフィックに、細かなところまで作り込まれた広大なフィールドを自由に行き来できるオープンワールド。

 数多くある武器種の中から好きな武器を選んでゲームを開始することができ、チュートリアル終了後から直でラスボス攻略に挑むことすらできるプレイ自由度の高さ。


 ――とまあ、良いところに関しては百二十点満点の最高なクオリティを叩き出す反面、最強装備だろうと道中の雑魚敵からラスボスまで、一発被弾すれば立て直すことができないまま、あれよあれよと倒されるデスコンボを持っているのはまだ序の口。


 分かっていても対処できない初見殺し(初見殺しとは)のオンパレード。

 プロゲーマー顔負けのフェイントやディレイを織り交ぜてくるほど高度に作り込まれたCPU。

 プレイヤーの行動から即座に対抗策を練ることができるよう搭載された自動学習AI……とかとかとか。


 つまるところ大量のゲームオーバーとリトライを前提とした——俗に死にゲーと呼ばれる激ムズ鬼畜難易度調整が、大半のユーザーからの評価を著しく下げていた。

 どれほど高難易度に設定されていたかというと、公式発表でノーマルの難易度ですらクリア率が二割を下回っているほどだった。


 ……うん、これはクソゲー認定されてもおかしくねえわ。


 だが、これほど胸が踊り、白熱とした戦闘を全身で体感できるフルダイブVRアクションは他に存在しない。

 それ故に一部のゲーマー変人達にとっては、この上ない至高のタイトルでもあった。


 かくいう俺もその魅力に取り憑かれた一人だったりするわけで。


 ストーリー攻略は当然のこと、サブイベ制覇、アイテム収集、隠し要素のクリア……etc.といったやり込み要素もとうの昔に全て制覇してある。

 何ならノーダメージ攻略や縛りプレイも一通り試して攻略してきた。


 だが、このゲームをやり尽くしたかと聞かれると、答えは否だ。

 だって俺はまだ――このゲームの最速クリアの極みに到達できていない。


 ——RTAリアルタイムアタック、もしくはスピードラン。

 コンマ一秒を削るために全身全霊を懸ける果ての無いやり込み。


 何でもありのAny%から始めて、次第にバグ技一切無しの全クリ——100%Glitchlessに手を伸ばすようになって、満足の行くタイムで完走できるようになるまで本当に長かった。


「ここまで来るのに丸々一年だもんな……」


 今、俺の中を満たしているのは、長い航海を終えて故郷に帰って来れた時のような達成感、それとテストで張ったヤマが全部的中して高得点を取れた時のような爽快感だ。

 ……けど、これで俺の挑戦が終わった訳ではない。


 まだAny%のランキング一位を取るという目標が残っている。

 100%バグなしに集中するおかげで、大分そっちのカテゴリからは離れてしまったが、そろそろAny%も本腰を入れていかないとな。


 この一年でランキングも大分変わっているようだし。

 ——本当どこまでも楽しませてくれるじゃねえか、このゲームは……!


(でも……なんだ、この感情は……?)


 まだやる事はあるというのに、完全にやり尽くしてしまったと錯覚してしまっている。

 やろうと思っているのに、いまいちモチベが上がりきらない。


「やべ……何か変だ」


 俺の中の何かがおかしくなっている。

 けれど、この場で違和感の正体が判明する事はなく、今尚侵食を続ける”無”に呑まれ、視界は真っ黒に染まるのだった。


 ——とりあえず、エンディングムービーでも観るか。

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