第32話・決戦

飛び出した人影は即座に跳躍し弾丸を躱す。 この速さ、ヴァルキリーだ。


 右前方に跳躍したヴァルキリーを追う、いうまでもなく相手はイグニスだ。




 もう一度バースト射撃を繰り返すが、相手は避けずに鎧に炎をに纏い防御した。


 弾丸が溶け落ちて、高そうな絨毯を焦がす。


 ホールにたたずむ炎の騎士が、私を見下ろしていた。




「これはこれは、わざわざそちらからで向いてくださるなんて、今宵も夜這いかける計画でしたのに、せっかく考えていた演出が無駄になってしまいましたわ。


 まあ、いらっしゃったのですから心ゆくまで楽しんで行く事をおすすめします。 歓迎しますわシルフィード」




 燃えさかる火炎を纏いながら恭しくお辞儀するイグニス、その仕草がワザとらしっくていちいちカンに障るわけ。 強者の余裕というやつね。




「あなたこそわざわざ出迎えてくれなくても、こちらから探し当てて前回のお礼をと思っていたのに自分から出てくるとは残念ね」




「ふふふっ、夜這いがご所望でしたの、それは残念でしたわね。


 そこまで情熱的に思っていただけるなんて、考えてもいませんでしたわ」


  


「私もできれば寝室で眠っているあなた相手に全弾をぶち込んで、蜂の巣にしてあげられたら楽で良かったんだけどね。 ホントに残念でならないわ!」




「ふふふ、でしたら逆に串刺しにして差し上げたのに残念。 その代わりというわけではありませんが、できる限りのおもてなしをして差し上げますわよっ!」




「簡単に串刺しになるなんて思わないで欲しいものねっ!」




 武装が軽い私はイグニスに対して速さでは勝っている。 ホール壁面、天井、ありとあらゆるものを踏み台にし、超高速で三角蹴り、相手をスピード翻弄する。




 だが、イグニスは動じない。 不動を決め込み炎で鎧を包み込む。


 跳ね回りながら、短機関銃を発砲するが、そのどれもが灼熱の業火の前に溶け落ちる。


 かといってイグニスの間合いに入れば一刺しのもとに撃墜される。




 いかにスピードでかき回そうとも、敵の防御能力はこちらの攻撃を意にも介さない。


 立ち止まって鎧の隙間を狙うこともできるが、止まれば的になるのはどちらか――


 駆け出す――外に出なければ坂崎からの援護を期待できない。




 止まっていては勝負にならない。 イグニスを外へ誘い出し狙撃、問題は相手にそれを悟られないための逃げ道の選択、外に出るにしても、偶然を演出しなければならない。




「あら、もう遊びは終わりですの? それとも追いかけっこがお望みなのかしら」


 当然イグニスは追ってくる。 幸いにして屋敷の中は広い、逃げる場所には事欠かない。


 追ってくるイグニスに向かって反転、弾丸をばらまき形成した弾幕を盾にする。


 当然イグニスはそれを炎で防ぐだろう。 距離を開けての銃弾では全く効果がない。


 すぐに逃走を再開し、しかし、一定の間隔を開けてターン、射撃を繰り返す。


 これでは射撃のたびに反転しなければならず、逃げる上でイグニス二対して不利になる。




 弾丸が最低限牽制の役割を果たせばいいのだが、炎を纏っているイグニスに対しては足止めにもならない。 だからといって逃げ続けるだけというのも不自然だ。 相手に狙いを感ずかせるな。 精一杯あがいて見せろ!




 思った以上に屋敷の廊下は広く長い一直線。 これではイグニスからの攻撃が届いてしまう。 その上こちらは屋敷の内部については皆目分からない。




 逃げるのも一苦労だ。 仕方がないので手榴弾ハンドグレネードを転がす。 まだ見せたことがない武器なので切り札に取っておきたかったが、そういっていられるほどの余裕はなさそうだ。




「むっ、やることが姑息ですわよ。 こんなものでわたくしから逃れることはできませんわよ!」




 叫びながら動きを止めるイグニス、流石にグレネードは炎でも無効化不可能のようだ。


 一定時間が経過し、手榴弾が爆発する。 その間イグニスは私を追うのを諦めなければならないはずだ。




 再びイグニスが走り出し足すのを見計らって、もう一度手榴弾を転がす。 


 先程私が転がしたのは投擲してから、一定時間で爆発するタイプだ。


 事実私は投げる前にピンを抜いている。


 しかし、それが爆発しないとなれば不発弾を疑うわけで……




「なんですのこれ、爆発しませんわよ? 謀りましたのねシルフィード!」


 イグニスの顔が怒りにゆがむ、いつまでたっても爆発しない手榴弾を前にに痺れを切らせ、一気に距離を詰めてくる。 基本的にヴァルキリーの武装に整備不良の概念はない。


つまりそれには意味があるのだが――




「えっ!? きゃああああああああ!」




 瞬間、手榴弾が爆発する。 流石のイグニスも吹き飛ばされたらしく後方に重い金属が転がる音が響く。 馬鹿め、その手榴弾はリモコン式だ。




 私はすでにかなりの距離を開け廊下を曲がっている。 そのため姿を見ることは不可能だが、やつが痛みと怒りに顔をゆがめる様がありありと想像できた。




 聴覚を集中させて、追ってくる足音を確認する。




「ゆっ、許しませんことよ! わたくしをこけにした罪、体で償っていただきますわっ!」




 再び追跡を開始するイグニス、彼女も聴覚を強化しているのか、すでに姿が見えないはずだが、どちらに逃げているのか分かるらしく、正確に後を追ってくる。


 再び長い廊下に出たところで、反転して手榴弾を投擲した。


 もちろんリモコン式で、イグニスが追って来るタイミングを拡大した聴覚をたよりに計る。 だが、イグニスが火球を放つ独特の音共に、手榴弾の反応が消えた



 火球で爆薬ごと消し炭に変えたってこと? っていうかなんで誘爆しないわけ、そんなのあり? 手榴弾の爆薬さえも瞬時に溶かし尽くしたとでもいうのか、あり得ない。




「ふふふ、その程度の浅知恵でわたくしから逃れられるとお思いなら、その考え根本から改めさせなければなりませんわね」




 その声にはいっそうの怒気がこもっている。 くだらない小細工に翻弄されたのがよほどプライドを傷つけたらしい。 ほら、こいつすごくプライドが高そうだし。 お嬢だし。




「その浅知恵に引っかかったのはどこの誰だったかしらん? あは、あなたって怒ると周りが見えなくなるタイプ? お嬢様が聞いてあきれるわ、優雅さの欠片もないわね」




 聞くのが困難な音量でつぶやく。 当然プライドの高いイグニス様は聴覚を拡大して私の悪口を拾おうと考えると思うのね。




 その瞬間を狙って前方へ閃光スタン発音グレネー筒ドを投げつけ、燃やされる前に即座に爆発させる。




 眩い閃光とおびただしい爆音の放流が辺りを包み子む。


 当然私は目と耳を塞いでいるが、視覚と聴覚を拡大しているイグニスはもろにその衝撃を受けたはずだ。




「ぎゃあああああ―――!」




 お嬢様らしくない悲鳴を上げながら、のたうち回るイグニス、いい気味だ。


 即座に反転して短機関銃をバースト連射、今のイグニスは銃弾を見るどころか発射音すら聞こえないはず。




 手榴弾を迎撃するために火球を作り出していたイグニスは、炎を纏っていない。 ゆえに攻撃するならば今が絶好チャンス――発射された弾丸はまっすぐにイグニスへと向かい、銃弾がヒットする。


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