第21話・坂崎

 朝の陽気を浴びながら坂道を上ると、通い慣れた高校はもう目の前だ。




 徒歩通学というのはこれだからすばらしいと思わない? いや、楽だしね。




 さわやかな春の風が髪をなでる。 入学からそれほどの期間が経過していないというのに、クラスメイトの個性は千差万別。


 既に学校での立ち位置が、できあがってしまっている。


 そのなかでほとんど手がかりらしいものもなしに、イグニスを探し出すのは骨が折れる。


 いっそ、仮想都市で返り討ちにできれば、話も早いのだが。




 ――と言う考え事をしているうちに、教室に到着。




 今日も朝は人気が少ない。 昨日と同じ女子グループが話をしているのを見ながら私も自分の席へ着く。 相変わらず私が入り込めるような空気ではなさそうだ。


 そんなに学校が好きなのだろうか、インドア派の私には理解できない。


 朝から登校してくる子達は、みんな噂好きで流行を先取りしている。




 学園生活を精一杯先取りしていますみたいな、いかにも青春っていう感じ?


 それはいいとしても少しチャラチャラした感じの娘が多い気がする。




 ソリが合わない。 葵は噂好きで流行にも敏感ではあるけど、彼女達のようにチャラチャラした感じがない。 そのあたりの波長が私と会うのだろうか?




 暇つぶし用に持ってきている文庫本を開く、もちろんカバーがしてあり内容が分からない。 この辺りは坂崎とは違うのだよ!




 といっても別にいかがわしい内容の本を読んでいるわけではない。 単にプライバシーの問題だ。 オタクだと噂されるのも面白くないというのは勿論ある。




 そういえば我が校自慢の完璧超人―――瀬川会長が私と同じくブックカバー付きの本を開いていらっしゃる。




 流石完璧超人、プライバシーも完全防備は欠かさないわけだ。


 事情は詳しくはないが、圧倒的なカリスマと実家の経済力がなんたらとか色々な噂がある。




 実家の経済力ってアレで実家も裕福なんじゃスペックが反則過ぎる。


 言うまでもなく言い寄る男どもの数は半端ではないと聞いている。


 彼女を狙う飢えたオオカミは多いのだ。


 そういえば瀬川会長とイグニスはしゃべり方が似てたな。




 会長っていうのはあだ名。 別に生徒会長ってわけでもないんだけど、風格が圧倒的すぎることから、そう呼ばれている。


 実際来年度の生徒会長は彼女で決まりだともっぱらの噂だ。




 紅薔薇様とか言う俗称があるぐらいである。 誰も本人の前では呼ばないのだが。


 やはり会長がイグニスなのだろうか?




 彼女は文武両道、頭脳明晰、その上お嬢様。


 幼少時からありとあらゆる英才教育を受けていたらしい。




 そのため一言で言えば何でもできるのだ。 あ、容姿端麗が抜けていた。


 しかし、私ってかわいらしい娘が好みだから会長みたいな美形タイプの魅力っていまいちよく分からないのよね。




 イグニスもいかにも美形ですって感じだったし、整いすぎた顔は中性的ですらあった。


二人の容姿は酷似しているわけではないにしろ、それでも整いすぎた美形という共通点はある。


 会長は女性にしか見えないが。 対するイグニスは中性的な男装の麗人だった。






 人は自分にないものに願望を抱くっていう、元から美形な人は自身の願望にまで容姿という点での執着を見せるのだろうか?


 まあ、不細工になりたい人なんていないだろうけど。


 その上ではしゃべり方や立ち振る舞い。


 容姿とか、しゃべり方とか、しゃべり方とか……




 彼女がイグニスだというのはいかにも持って感じ、でも意外性がないので脚本的にはいまいちだと思うのは私だけなのかな?


 意外性なんて現実には何の意味もないのだけどさ。




「よっ、七瀬。 昨日に引き続き朝から、瀬川会長に熱い視線を送っちゃって、とうとうお姉様と呼んでもいいですか? 的なフラグでもったった?」




 今日は珍しく早い親友の高橋葵が、教室に入るなり声をかけてきた。


 ―――っていうかあなた、昨日の恥ずかしいやりとりを見てたわけですか、話しかけてくるのは遅かったはずなのに、さてはずっと視てたな。




 そんな親友の言葉に反応したのだろうか、瀬川会長が私達に視線を向けてくる。


 妙に熱い視線で真剣に見つめてくるので、少しドキッとしてしまったのは秘密。




「わあ、なんか七瀬のこと見つめてるよ。 向こうもその気ありなんじゃない?


 ああ、これで七瀬も私を置いて禁断のリア充になってしまうのね、よよよ」




「べっ、別に、そんなんじゃないってっ。 変な想像は止めてよね」




「そういう七瀬、顔真っ赤だよ、案外マジだったりして」




「あんたがへんな想像するからよ! いい加減にしないとホント怒るからね」




「私がどんな妄想したと思ったのかな? よかったらその辺詳しく」




「そっ、そんなこと言えるわけないでしょ!」




「ああ、恥ずかしい妄想をしたのね、口にするのもはばかられるような」




「もうそれ以上しゃべるな、鬱陶しい!」




 思わず顔を隠そうと反応してしまったが、それこそが孔明の罠であった。


 慌てる私を観察して葵がにやにや笑いをかみ殺している。 策士だなコイツ。




「あはは、ひっかかったひっかかった。 単純だなあ七瀬は」




「もうからかわないでよね 絶交だよ、絶交」




 視線を戻せば瀬川会長は手にした本に視線を戻し涼しい顔をしている。 変なところを視られてしまった。 うう、穴があったら入りたい。




「あの三奈坂さんですよね?」




「ひゃあ!?」




 いきなり後ろから第三者の声、驚いた私はその場で飛び上がる。 三センチ位の飛距離を記録したはずだ。




 振り向くと坂崎が立っていた。 隣にいた葵が表情を険しくした。


 別に男に話しかけられるのが苦手ってことはなかったはずだが、我が親友は。




「何か用!? 坂崎君だったかな? 正直あなたと話したい気分じゃないのよね」




 昨日のこともあり警戒した口調で対応してしまう。 逆に怪しいなこういうのって。


 他のクラスメイト達が野次馬根性丸出しで一斉にこちらに視線を向ける。




 坂崎はこれで結構もてるらしい、その動向に注目している女子も多いのだとか。


 顔とか、顔とか、顔とかがそこそこいいから。




「すみません、人違いでした」




 坂崎は私の顔を見るなり謝ってきた。 かなり失礼なやつだ。




「えーっと、ここ三奈坂さんの席ですよね? 三奈坂さんは……?」




「私が三奈坂七瀬ですが、何か!?」




 三つ編みメガネの文学少女じゃなくて残念でしたね。フフフ――




 意地悪く口角が上がるのが分かる。 ふふっ、馬鹿な妄想を打ち砕くのは気持ちがいい。




「本当にに三奈坂さんなんですか?」




「だから、三奈坂ですが、何か!?」




 いい加減しつこいヤツ。 現実逃避しないで昨日のことは夢だったと早く認めればいいのに。




「いいですか、ちょっと来てください!」


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