第20話・人質

夢の中ではあれだけ動き回っていたというのに不思議なものだ。


 いくら身体が眠っているとは言っても、脳は活発に思考していたのだからもっと疲れていそうなものなんだけどな。




「あーっ! やっと起きたんだお姉ちゃん」


 後ろを振り向くとベッドの上で、携帯電話を手に持った妹の綾瀬が、ケータイの電源を落とすところだった。


 その顔はやたらにやけていて子供っぽい。 普段とはえらい違いだ。




「人の部屋でなにやってんの? 子供はもう寝る時間でしょう。 綾瀬」




 ばつの悪い場面を目撃されてしまった私は、普段よりつっけんどんに対応する。




「酷い、お姉ちゃんがパソコンやりながら眠ってるし、いくら起こしても起きないから心配になって様子見てたんだよ。 だいたいお姉ちゃんだってまだ子供じゃない」




 そういえば私の身体から毛布がずり落ちている。 綾瀬がかけてくれたんだろう。




「そうだったんだ。 ちょっとお姉ちゃん最近パソコンの前で眠っちゃうこと多くって、感謝する。 ごめん、綾瀬」




 間違っても仮想世界云々の話はしない。 家族をあんな訳のわからないことに巻き込みたくはない。


「ううん。 分かってくれたならいいんだけど、お姉ちゃんもパソコンのやり過ぎには注意しなよ。 あんまり無茶なことしてると、身体壊すんだから」




「分かってるって、そうゆう綾瀬こそケータイはほどほどにね」




 それにしても妹のスマフォ通信料っていくらぐらいなんだろう? 聞くのが怖い……


これだから最近の女子中学生は。




 基本的に我が家庭は親と姉が厳しいので、夜更かしや過度の浪費は厳禁と言うことになっている。


 そう考えれば常識の範囲は守っているということなのかな?




「えへへ、水瀬お姉ちゃん達には今日のことは内緒だよ」




 あらためて微笑をたたえる妹の顔を凝視する。 やっぱりいつものかわいい妹だ。


 あの残忍なイグニスとは似ても似つかない。




 私はイグニス=綾瀬説を改めて否定する。 こんなかわいい妹があの男装女のわけがない。


 えっ? なんか姉バカ入ってないかって? 自慢じゃないがこう見えても私は少しシスコン気味なのだ。 悪いか!




「それじゃあ私もそろそろ寝るから、綾瀬も自分の部屋へ帰ってお休み」




「えーっ、せっかくだから、久しぶりに一緒に寝ようよ。


 私お姉ちゃんが全然起きないからとっても心配したんだから。


 ねえ、いいでしょ、お姉ちゃん」




 そう言いながら上目使いに見上げてくる。 妹のかわいさはもはや犯罪級と言ってもいいくらいだ。


 元はといえば甘やかしすぎる私に原因があるのかも知れないが、とにかく綾瀬は私と二人に時はデレデレになる。 決して常時こんな甘えんぼ全開な妹ではない。




 もし私が男だったら、いけない気持ちにでもなってしまいそうなくらいだ。


 姉バカすぎる? ああそうだよ、なんとでも言うがいいわよ。




「もうしょうがないなあ綾瀬は、じゃあ今日だけだからね」




 もはや妹の虜になってしまった私は、簡単に承諾する。




「えへへ、一緒に眠るの久しぶり、じゃあ、お休みなさい。 お姉ちゃん」




 そう言って妹が電気を消す。




「じゃあね、お休み綾瀬」




 お休みの挨拶を済ませて私も後からベッドに潜り込む。




 暗くなった部屋で私のベッドで二人横になる、綾瀬が腕を絡めてくる。




 本当に甘えたなんだからこの子は。 それにしても甘えられるのは嬉しいのだが、私に対する綾瀬の仕草は少し子共っぽすぎるきらいがある。 普段はどこに出しても恥ずかしくない完璧な妹なのだが。




 学校ではいじめられたりしていないだろうか? ケータイで話しているときはちゃんと年相応のしゃべり方をしているし。 その点は心配なさそうだけどさ。


 友達も少なそうには見えない。 知らないけどさ。




 そのときスマフォの着信メロディーが鳴り響いた。 綾瀬には少しまってもらって、スマフォを開く、とそこには――




『おまえの妹は預かった仮想で妹の姿を見かけることはない。


 これから毎晩妹は悪夢に苦しむことになるだろう。byイグニス』




の文字、そして拘束される綾瀬、そして、それを見下ろすイグニスの姿、瞬間頭が沸騰する。




 これはどういうことだ? 綾瀬なら、既に寝息をたてている。 今この部屋にいるのだ。


 ならばこれはイタズラか、しかし、一つの可能性へと至る。




 仮想都市での綾瀬のアバターはどこにいる? イグニスが写っている以上、これは仮想都市での映像だと考えられる。




「ねえ、綾瀬、怖い夢を見たらお姉ちゃんに言うんだよ」




 しかし、妹からの返事はない。 既に寝息をたてている。




 私は再び仮想都市へとダイブする。 一通り探してみたのだが、結局綾瀬を発見することはできなかった。 間違いない人質を取られた。




 これで何が何でもイグニスを探し当てなくてはならなくなった。




 例えアバターが拉致されただけとはいえ、その先に待っているのが悲惨な経験ならば、それは悪夢として深層意識を埋め尽くし、いずれはトラウマとなってしまう。


 それだけは避けねばならない。 イグニスとの決戦が是が非にでも避けられなくなってきた。




 夜に帳が降りる、闇が覆い尽くし、私もまた夢の深淵へと溶けていくのかもしれない。




「……お姉ちゃん、ねえ、お姉ちゃん起きて」




 綾瀬の声が聞こえる。 心地よい響きに眠りから目覚めさせられる。


 朝日の眩しい光がまぶたを焦がし、さわやかな朝の到来を予感させる。


 顔を上げれば隣に満面の笑みを浮かべたかわいい妹が――




 そんな朝の風景……これで私が男だったら、それなんてエ○ゲって感じだ。


 それでも、あいにくと私は女の子である。


 断っておくとアブノーマルな性癖でもないのであしからず。




 寝ぼけ眼と、まだ鈍い体を起こし、軽く体を伸ばす。 相変わらず朝は辛い。




「ん、おはよう綾瀬」




「おはよう、お姉ちゃん」




「そういえば今朝は悪い夢になかった? 紅い鎧姿の騎士にいじめられるとか?」




「ううん、別にそんな夢は見なかったよ、あっ、でも確かに紅い騎士の人は出てきたような?」




「――っ、どんな夢だったか詳しく話して、その騎士との関係とかを」




「そんなこと言われても、よく思い出せないよ。 夢の記憶ってどこかぼーっとしていて、思い出し づらいでしょ? そういえばどこかの洋館にいたようなきがするけど……


どうしてそんなこと聞くの?」




「いや、別に何でもないのよ、わすれてくれていいわよ」




「それじゃあ、朝の支度、はじめちゃいましょう」




 綾瀬に朝の挨拶をして、朝のして支度をはじめる。 動きが亀のように鈍いのはご愛敬。


 早起きの綾瀬に会わせて起きたので、昨日に続きいつもの登校時間までかなりの時間的余裕がある。




 綾瀬と一緒に玄関を出て、分かれ道までの道のりを一緒に歩く。




 今朝も食卓を囲んだのは母と妹の二人だ。


 社会人である父と姉とは平日は帰宅するまで顔を合わせないことが多い。




『ねえ、綾瀬がイグニスのことを覚えていないってことはどうなるの?』




『さほど酷い目に遭わなかったということだろうな。しかし、話を聞く限り君の妹がイグニスにとらわれている可能性は高いぞ、人質のつもりだろう。


 君が戦わなければ、妹の未来も保証できんな』




 やっぱりそうなるのか、こうなったら四の五のいってないでなにがなんでも、イグニスに勝つ方法を考え出さなければならない。 妹の人生がかかってると言っても過言ではないのだ。




 そういえばイグニスって結局誰なんだろう? 坂崎じゃなかったわけだし。




「どうしたの、お姉ちゃん?」




「いや、ちょっとした考え事よ」




「悩み事? 私で良ければ相談に乗るよ」




「いや、それほど悩んでるわけじゃないからいいのよ。 心配してくれてありがとう」




 申し出を断ると、妹は多少不満な表情をしている。


 しかし、こればっかりはいか既に巻き込んでしまってる、とはいえ話すわけにはいかない。


 そもそも説明したところで信じてもらえないと思うわけで……




「お姉ちゃん、私はどんなときでもお姉ちゃんの味方だよ。 だから悩み事があるんだったら迷わず相談してね。


 さっきから真剣な表情をしてるし心配になるよ。 私はお姉ちゃんのったったひとりの妹なんだから」




 いや、姉がまだ一人いるわけですが……




 それにしても私はそんなに深刻そうな顔しているのだろうか、一応普段通りによそおえているとおもっているのだがけど。




「あ、じゃあ私こっちだから、じゃあね」




「それじゃあ、お姉ちゃん、またね」




 分かれた後は一人きりでの登校、昨日に引き続き時刻が早いため、まだ人通りは少ない。


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