第19話・目覚め

私は弱いよシルフ……。


 戦士としての技術も、そして人間としての心も、怖いのよ、このままただ殺されるのを待つだけだなんて』




「あの、少しいいですか?」




 うつむいてシルフと会話ならぬ念話していると坂崎が割り込んできた。


 もちろん坂崎には、私の頭の中で響く脳内音声は聞こえていない。




「なに!? まだ何か用、私と関わると、死ぬことになると言ったはずだけど」




「あの、なんて言ったらいいか分からないんですけど、あまり落ち込まない方がいいですよ」




 図星を指されたためか、ムッとする。 あんたに何が分かるっていうのよ。




「放っておいてよ! あなたが口出しすることじゃないわ」




「……でしたら何も言いません。 それでですけど、僕の部屋が廃屋に……」




 彼の言うとおり、部屋はそこら中に銃創が穿たれ、家具や壁紙果ては壁の一部に大穴が空き、所々消し炭と化している。  まさに煉獄のような有様だ、よく崩れ落ちないものよね。




 確かにこれが自分の部屋であれば、平常心ではいられないと思うわ。




「それだったら心配ないわ。 これは夢よ、明日になれば、はい元通り、信じられないかもしれないけど、あなたが心配することじゃないわよ」




「そうなんですか? だったらいいんですけど。 本当ににこれ全部夢なんですか。


 こんなリアルな夢、なんだか僕いまだに信じられ無くて……」




「しつこいわね。 これは夢ったら、夢なの! 現実にこんなでたらめなことが起こるはずないでしょ!? とにかく明日なれば分かるから。 じゃあね、そういうことで」




 とにかくこれ以上コイツと関わり合いにならないのが吉、色々とややこしいことになるのが目に見えている。 変な髪型というか髪色? してるわけだし。




「あの、三奈坂さん?」




 いきなり本名を呼ばれギクリと肩を振るわせる。


 そういえば戦闘中こいつの姿が見えなかったと思ったら、隠れてイグニスとの会話聞いてやがったな。 てっきり逃げるなり失神なりしてると思っていたんだけど、命知らずなヤツ。




「やっぱりそうなんですね。 クラスメイトの坂崎です。 いやあ、イグニスでしたっけ? さっきの人が言うまで、全然気が付きませんでした」




 私の無言を肯定と受け取ったのか、坂崎は場違いこの上なくヘラヘラとした笑みで気楽に話しかけてくる。 そんな受け答えができるほどに親しい関係じゃないはずだけど。




「……ナンノコトデスカ? 私は美奈坂なんて名前じゃありませんよ」


 もちろんすっとぼける、ここはやり過ごすのが一番賢い。




 あまりに動揺しすぎて返答が棒読みになってしまった。 しかし、気にしていられる状況ではない。 そう、私よ取り乱すな! 平常心、平常心、平常心!




「いやだなあ、とぼけないでくださいよ。 クラスメイトの三奈坂七瀬さんですよね?」




「ち、ちがうわよ! な、何を勘違いしてるのか知らないけど、私はヴァルキリー・シルフィードよ。 神に仕える戦乙女よ、とっても偉いんだからね。 三奈坂なにがしさんとはいかなる関係にも当あたらないわ!


 だいたい、あっ、あなたのことなんか全然全く、知らないんだからねっ!」




 焦りのあまり口調が乱れまくっているが、もはや後の祭り、どうにでもなれ。


 とにかくごまかし切れればそれでいい。




「そのヴァルキリーってなんなんですか、三奈坂さん?」




「その質問には黙秘権を行使するわ。 後、三奈坂って言うな! 何度も言うけど私はヴァルキリー・シルフィードよ それ以上でもそれ以下でもないわ」




 本当にしつこいやつだ。 当然ながら何も教えてやる気などない。


 1回助けてもらったわけだけど、なんか調子に乗ってるんじゃないか、コイツ。


 そのまま無視して返ろうとすると、いきなり携帯のシャッターを切りやがった。




「三奈坂さんの秘密ゲットだぜー!」




「この野郎、人が下手に出れば、調子に乗りやがって」




 瞬時にサブマシンガンを召還――坂崎の携帯は穴あきチーズと化した。




「ひええぇ、なにするんですか!


 僕の携帯が、この機種手に入れるのに苦労したんですよ。


 弁償してくださいよ、大事なデータもたくさん入ってたんですから」




「知らないわよそんなこと。 それに、いきなり撮影するあんたの方が悪いわ。


 知ってる、世の中には肖像権ってものがあるのよ。


 盗撮よ、盗撮、 それとデータが大事ならバックアップぐらいとっときなさいよね」




「うっ、確かにその通りだけど、何もここまでしなくても……」




 さっきまでは携帯だった残骸を手に、涙ぐみ始める坂崎。


 残念ながら、その姿に同情する気は微塵もない。 自業自得だわ。


 ケータイにしても明日になれば元通りになっているはずだし、気に病む必要などないと思う。




「待ってください! 僕はクラスメイト坂崎令ですよ。 あまり目立たないから覚えてないかもしれないですけど……」




 そう言いながら、家の外へ出ようとする私の手首を掴んで踏みとどまらせようとする。


 思ったより強引なヤツだ。 仕方がないので、再度言い訳をする。




「しつこいようだけど、私はあなたのクラスメイトでも三奈坂でもなんでもないわ!


 だいたいその三奈坂って女は、私のようなかわいい顔してるわけ?」




 確かに変身前はかわいくないが、言ってて悲しくなってくる。


 これでは変身前の自分をけなしているようではないか、まあ確かに普段は地味だけどね。




「ううっ、確かに三奈坂さんって普段は地味だったような気がするけど……


三つ編みメガネの文学少女でしたっけ?


 そりゃあ普段は目立たないかもしれないですけど……


でも、ほら、メガネ外せばこんなにかわいいですし、もう少し自信持った方がいいですよ」


 なんだか途中から尻すぼみになってくる坂崎、自慢じゃないがかわいいなどと言われたのは初めてなので、ちょっぴり動揺してしまった。




 だが、私は断じてめがねで三つ編みの文学少女ではない。


 たぶんこいつの頭の中では、よく少女漫画にでもあるメガネと髪型を変えると美少女、みたいなシンデレラストーリーが展開されているに違いない。 流石少女文庫愛読者。




 しかし、それは大いなる誤解というものである。


 そういえば体のあちこちがいたいし、無理して歩いて帰ろうなどと考えずに。


 さっさとログアウトすればいいんじゃなかろうか? いきなり消え去った私にあっけにとられる坂崎。 想像するだけでちょっといい気味だ。




 頭の中でログアウトプロセスを起動する。 瞬時に視界がデジタル信号の波へと変換され意識が仮想から現実へと引き戻されるのを感じ取っていく。




 目が覚めると自宅のパソコンの前で机に寄りかかっていた。


 やはりヴァーチャル・ソサイエティにいる間は、本体は眠っている状態になるわけね。


 パソコンモニターはいつもどおり、デスクトップ画面を表示している。




 体を確認してみると、やはりあちこちにできていた火傷は嘘のように消えていた。


 現在時刻は午前二時、二時間ほど向こうにいた計算になるが、体は眠っていたのでそれなりに疲れはとれている。




 夢の中ではあれだけ動き回っていたというのに不思議なものだ。


 いくら身体が眠っているとは言っても、脳は活発に思考していたのだからもっと疲れていそうなものなんだけどな。

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