第18話・第三者

私は覚悟を決めた。 たとえ死んでも一矢報いてやる。




「やめろ―――!」




「―――!?」




 突如として響く静止の声――その声の主、予期せぬ第三の乱入者は坂崎だった。


 半壊し瓦礫と化した坂崎邸の主がイグニスの前に立ちふさがった。


 そういえば、こいつまだいたんだったったけ。




 坂崎の突然の乱入、これで状況が変わるとは思えない。


 被害が増えるだけだ。 私は坂崎を押しとどめようとしたが、今はそれすらもままならない。




「攻撃を止めてください。 今その力を使ったらあなたもただじゃすまないですよ」


 何のつもりかその手にはポリタンクが抱えられている。




「このポリタンクには石油がたっぷり入っています、それ以上続けるのであればあなたもただじゃすまない!」




 いかにも小賢しい少年風のしゃべり方で、イグニスを脅迫する。




「あなた、勘違いしていらっしゃるようね。 わたくしの攻撃方法はなにも炎だけではありませんことよ」




 そう言って高々と槍を掲げる。 その宣言通り先程まで渦を巻いていた炎は消滅している。




「何もあなただけが火を使えるわけじゃないでしょう。 誰でもできる簡単な方法があるじゃないですか」




 そう言ってポケットから百円ライターを取り出す。


 いつの間に準備したのだろう、見かけに似合わずたばこでも吸うんだろうか、この男は。




「さあ、どうします。 僕と一緒に爆死したくないのであれば退いてください」




 先程からの行動といい、一体あんた何者だよと言いたくなるような台詞だ。


 ただの人間であることは、既に裏がとれているような物だけど。




「勘違いしていらっしゃるようね。 わたくしは彼女を滅することが目的ではありませんのよ。 実力を試す、そう言ったはずですわ」




 イグニス臆した様子もなく、堂々と宣言する、そのたたずまいはある種の風格すら漂わせている。




「なら、もう目的は果たしたでしょう。 もう一度言いますよ、帰ってください!」




「ふふ、仕方がありませんわね。




 もう少しお遊びしたかったのですけれども、今宵はわたくしはこれにて失礼いたしますわ。


 せいぜい彼に感謝することですわね。


 それではごきげんよう。 また会いましょう、シルフィード




 これで終わったとは思わないことでしてよ、あなたを真剣にする手段なら、まだ残っているのですから」




 優雅に一礼しをするイグニス、その様は私でさえ、見とれてしまうような気品に満ちている。




 炎が彼女の体を覆い隠すと、すでにその体は消え失せていた。


 おそらく炎に紛れてログアウトしたのだろう。


 なんだかよく分からないけど助かった。




 身体から力が抜ける。 必死に構えていたサブマシンガンは床に落ちて消えた。


 脱力しきった目を坂崎に向ければ、彼もまたへなへなと床に腰を下ろす。


 その姿に先程までの勢いはもうない。 彼もまた恐怖にとらわれた上での大芝居だったのだろう。




 いくら何でも本気で自分の家を爆破できるような度胸があるとは思えない。


 坂崎自身も無事ではすまないし実行できるわけがない。




 それをイグニスが気づかないはずがないのだ。 見逃された。 そう直感する。


 最後のセリフ、私を真剣にする手段。




 つまり、次は見逃さない。 そして私には逃げることなどかなわないという布石をうったとでも言いたげだった。




 そもそもガソリンやら石油やらはこんな火の気の多い場所では、すでに爆発しているんじゃないだろうか? 詳しくないからよくわかんないけど?




 「……その、ありがとう、助かったわ」




 結果的に助けられたのだから、お礼くらいは言う。 それくらいはしないと自分が嫌になる。 結局、イグニスに大見得きってあげく、ズタボロに負けたわけだし。




「いっ、いえ、こちらこそ、初めに助けていただいたのは僕の方ですし……その、ありがとうございます」




 ぎこちない口調でお礼をまで返されてしまった。


 初めに迷惑をかけたのは、私のような気がするんですけど、脅したりとか色々。




 なんかかしこまっちゃてるし、やりづらい……いろいろな意味でため息が出る。




「あなたを助けたのは単なる偶然よ、礼を返される筋合いはないわ!


 それに、もしもの時は見捨てるつもりだったしね」




 途中から口調が厳しくなっていくのを自覚する。


 私自身イグニスに敗北したのが相当答えているらしい。




 そうだ、私はまた負けたのだ。


 今回はそれなりに戦うための準備をしたし、地形的にも有利な状況だというのに、負けたののだ。




 涙が出そうだ。 ホントに坂崎がいなければ泣き崩れていたかもしれない。




 完敗した。 その事実が今の私には重い。 ヴァルキリーとしての使命など自分には何の関係もないと思っていたのに……




 ああ、何でこんなに悔しいの?


 なんだか自覚したら、とたんに泣きたくなってきた。




『気落ちすることはない。 相手は戦闘経験において君よりも遙かに経験豊富だった。


 まだ二回目の変身では体がついてこないのは当然だ。


 はじめから勝てる見込みなどなかった。 それでも良くやった方だと思うぞ』




「勝てないってわかってたのに、粋がって挙げ句の果てに乾杯じゃ、いいわけもできないわよ。




 情けないたりゃありゃしない、泣き言の一つでも言いたくなるわよ!」




『勝負事、というのは元来そういうものだ。 だが、無力感をかみしめ、それを教訓とし、自分を磨き上げてこそ、次の勝利がある。 そう落ち込むこともあるまい』




「うるさいわね、私だってそんなことぐらいわかってるわよ、でも、負けたらそれでおしまいよ!」




『それをいうな、君はよくやった、それだけで十分だ』




「なによ、励ましてくれるって言うの、意外に優しいのね、プログラムのくせに」




『私にもそのぐらいの思考能力は備わっているさ』




 励ましの言葉が胸にしみる。 おかげで何とか涙をこらえることがでけど、


 シルフの忠告を無視したあげくがこれでは、やさしい言葉すがるわけにはいかないのよ。




『同情はよしてよ。 実戦で一回の敗北は即死に直結する。


 例外があればそれはお遊びよ。 状況次第では死んでたのよ。




 仮想の死なんてって、甘く見ていたけどすごく怖かったのよ。


 これがリアルと何が違うって言うのよ!




 私は弱いよシルフ……。


 戦士としての技術も、そして人間としての心も、怖いのよ、このままただ殺されるのを待つだけだなんて』




「あの、少しいいですか?」




 うつむいてシルフと会話ならぬ念話していると坂崎が割り込んできた。


 もちろん坂崎には、私の頭の中で響く脳内音声は聞こえていない。


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