第15話・焔の騎士
変態を消滅させる頃には公園を何周かしていた。
銃器の扱いに多少慣れたが、それ以上の成果はない。
こんなことでは先が思いやられるわ。 イグニスに勝算があるとすればそれは属性攻撃しかないっていうのに。
練習あるのみとはいって、今夜もどこかでイグニスは私を狙っているのだ。
悠長なことはいってられない。
さて、変態さんの更正を手伝っている間に、思いのほか時間を使ってしまった。
さっさと目的地へ移動しよう。
私は会社帰りの一般人などと鉢合わせしないように坂崎邸へと移動する。
仮に見られたとしても暗くてよく分からないよね? この格好。
闇の中にたたずむありふれた一軒屋、豪奢でもなくかといって貧相ではない建物が月の光を反射し、不気味に輝いている。
当たり前というのか、これといって不振なことがあるわけじゃない。
「ねえ、相手がヴァルキリーであるかどうか判別する方法って無いの?
近づくと分かるとか、そういうの こういうバトルロイヤルにあってしかるべきだと思うんだけど」
『特にこれといった方法はない。 こればっかりは相手に問いただすしかないだろうな』
「ちょっと相手がイグニスだった場合、それって危険じゃない!?」
未だ精霊の魔力を利用した属性攻撃は使えない。
ここで坂崎本人がイグニスとして目の前に現れた場合、むしろ危険なのは私の方では無かろうか?
マシンガンを装備しているにしても力量の差は、そう簡単には覆せない。
『安心しろ、周囲にヴァルキリーらしき反応はない。 少なくとも今は坂崎は変身していない』
でも、それって結局分からないってことなんじゃないの?
坂崎本人と接触しない限り、戦闘が始まることはないだろう。
ここでうかつに飛び込むより、待ち伏せをする方が安全か?
しかし、家の前で長時間張り込むというのは性に合わないし、なにより仮想都市内では、空間跳躍っぽいこともできる。 張り込みという行為自体が望み薄ってわけ。
相手がイグニスならば想像するだけで私の家にさえ瞬間的に転移する。 よって張り込み自体無意味、出入り口を使う必要がないのよね。
よって何らかの別の手段を取る必要がある。
こちらから襲撃を決めれば、相手も対応せずにはいられないはずだが……
坂崎の部屋の具体的な位置については残念ながら不明だ。
こういう家では高校生の子供とは、二階に部屋を持つのが私の経験アニメやゲームがソースである。 私の部屋も二階だしね。
――というわけで二階の窓で電気がついている部屋を探ることにする。
二部屋あるうちそれらしいと思えるほうを覗き込む。
一方はいかにも女の子な部屋、もう一方はいかにもオタクな部屋。
……後者だろうな。 たぶん。 あれ、坂崎ってオカマだったんじゃ?
窓をのぞき込む私……なんか、自分が嫌になる絵図らだなあ。
おっ、いきなり坂崎発見、パソコンに張り付いて何かしている。
残念ながらモニターは死角になってしまい覗き見不可能だ。 だが、本人を確認した。
かなり熱中しているようで覗き込んでいる私の方を一顧だにしない。
しかし、これからどうすべきだろうか? 考えられる選択肢は多くない。
そもそもこんなところ(二階のベランダ)に張り付いてクラスメイトの男子の部屋を覗いているというこの状況。
これこそまさしくストーカーというやつではなかろうか?
フッ、私も変態さんのことを言えないわね。 と、軽い自己嫌悪に陥いる。
こんなの年頃の女の子がすることではない。
「誰っ!?」
「――!」
まずい、見つかった。
長々と自己嫌悪を発揮していたため注意力散漫になってしまったようだ。
さっきまで彼がモニターに夢中だったので、つい油断してしまったというのもある。
とにかく急いで相手の死角に隠れる。
『君は馬鹿かそれで隠れているつもりか、髪の毛がはみ出しているぞ』
「えっ!?」
シルフの警告で窓にツインテールの房がはみ出しているのに気づく。
普段こんな髪型しないから、明らかに注意を欠いていた。
ツインテールって激しく諜報に向いてないような。
誰だこんな髪型にしたやつは――!
「だっ、誰なんですか? 何してるんですか、髪の毛が見えていますよ。
そっそこにいるのは分かっているんです。 お、おとなしく出てきてください!」
甲高いわめき声があたりに響き渡る。 声質から察するに相当におびえているらしい。
逃げるべきだろうか? いや、ここまで来て手ぶらで、逃げ帰るというのは私の選択肢にはない。 何をしに来たのかわからなくなってしまう。
ここで逃げ帰れば、家に帰った後、無駄骨感にさいなまれることになりそうで嫌だ。
ここは堂々としてしかるべきだ。
私は逃げ腰になる自身を奮い立たせ、思い切って姿を現す。 相手のおびえ用からみて堂々としていれば問題はないはず。
身を乗り出せば、驚愕に目を見張る坂崎の姿か飛び込んでくる。
フッ、笑いたいなら笑うがいい。
このコスプレ姿、初見では相当にダメージが入るだろう。
そんなことはさておき、敵意がないことを伝えるために、両手を上に上げる。
「少しあなたに用があってね、監視していたのよ。
私の気配に気づくなんて、あなたなかなかやるわね。
大丈夫よ、何かしようってわけじゃないから。
ただ、あなたの様子が気になってね」
いきなり警察でも呼ばれるという事態を回避するために、努めて優しい口調で声をかける。 ついでやや大げさな口調で語りかける。
アニメだかゲームだかのキャラクターの持つ神秘性を醸し出すことで、注意を引きつけようという算段だ。 オタクならこういう精神攻撃に弱いはず?
もちろん相手がイグニスじゃなかった場合に備えての対処である。
「……初音○ク? いや、衣装が違うな、何か別のキャラクターなのか?」
私の突飛な衣装と、発言があまりに現実離れしていたためだろう。
相手の警戒心が、興味へと代わりぶつぶつと何かつぶやいている。
どうやら私が何者かを考察しているらしいが、よくこの状況でそんなことができるものだ。
窓から不審者が侵入してきたのだ。 警察に通報するなりすべきだろう。 私ならそうする。
コイツ、度胸が据わっているというのか、少し関心……してる場合じゃないないのよね。
坂崎が逃げ出さないことをいいことに、こちらから質問を投げかける。
「イグニスはどこ!? あなた彼女の居場所を知ってるんでしょ!?
知っていることを洗いざらい話してくれないかしら。 でないと少し痛い目にあってもらうわよ! あなたがイグニスとつながっていることは知っているんだからね!」
はやくもミステリアスキャラ返上、少し悪役口調で問い詰める。
それと同時に坂崎の部屋の出入り口に回り込む、逃げられるとやっかいだ。
「イグニス? 何のキャラクターですか!? これは夢なんですか、それともとうとう異世界転生!? ボクが主人公だああ?」
「考えるのは後にしてもらえる? 知っていることを全て話してほしいんだけど」
現実逃避を始めた相手に恫喝を繰り返す。
「いや、なにも知りませんよ、イグニスなんていう人はボクは何も知らないし、分かりません。
それよりあなたは何者なんですか!? その格好ただ者じゃないですねただのコスプレイヤーとは何か違う感じがします?」
散々問い詰めてみたが、なんかこいつ何も知らないっぽい?
いや、騙されるな、演技という可能性もなきにしもあらずだ。
大体坂崎がイグニスであればこういう反応をして、私の油断を誘うのは当然のはず。
断っておくと、推理が外れてやけになりかかっているわけでは断じてない。
そう、これは冷静な判断だ。 こいつはイグニスである可能性はまだ捨てきれない。
「とぼけても無駄よ! あなたがイグニスだってことは調べがついているのよ。
さっさと変身でも、何でもしてみなさい!」
詰め寄って足払いをかけマウントをとる。 もしもの反撃にそなえ、即座にサブマシンガンを召還――床に倒れた坂崎に覆い被さり、頭に銃口を突きつける。
彼の顔が初めて明確な恐怖に染まる。 銃口を前に坂崎が青ざめる。
ここにいたって自分が危機的状況にいることに気が付いたらしい。 いや気づくの遅すぎ。
私の格好から危険を感じ取れないのも無理はないのかもしれないけど、自分で言うのもなんだが、かなり危ない女だと思うのよね? いままで冷静だった坂崎が地味にすごい。
ますますイグニスらしくない態度に、なんだか私が悪いことをしているような気がして、胸がいたくなってきた。
いや、今更なんだけど、もう後に引けなくなってきているような気がするのよ。 結論に追い詰められている感じ、現実って怖い。
「変身って!? そんなことできませんよ。 僕はただの高校生でそんなゲームキャラみたいなことはできません。 おっ、お願いですから、その銃を下ろしてください。 それってモデルガンですよね。 なんか光沢とかずいぶんよくできてますけど……偽物ですよね!?」
「この本物感がわかるなんて、流石オタクね。 残念だけど本物よ」
やばい、どう見ても普通の人間? の反応だ。
普段しゃべらない坂崎のことなど知りはしないけど、イグニスが放つ圧倒的な空気感みたいなものを微塵も感じない。
私を敵視するどころか、怯え縮こまっている。 その瞳の中にかすかな憧憬が見えるのは気のせいだろうか?
「これは絶対違うわね。 直感とか推理以前の問題で私は間違えたみたい――
素直に認めようじゃないのよ、私の推理は大外れだったってわけ。 悔しい!
わかった。 あなたのいうことは信じるわ」
これ以上はやぶ蛇になるだけなので、素直に銃を消滅させて、距離をとる。
「あなたは本当になんなんですか? これはゲームによくある運命の出会いとかそういうやつですか? 美少女が、あなたの力が借りたいの、みたいなやつ。 これがボクの物語だとか。 俺が主人公だ――みたいな」
私が警戒を解いたことで、坂崎は饒舌にまくし立てる。
かなりの妄想が入った憶測を並べ立てる様は、正直怖いぐらいだ。
やばい、これ以上関わると変なこと言い出しかねない。
コイツ真性の夢見がちで妄想オタクだ。 これ以上関わると何を言い出すか分からない。
ここは適当にごまかすのが吉。
「私に出会ったことは忘れるのね。 それがあなたの為よ。 つべこべ言わずに忘れなさい。
いい、今日のことは全て夢に過ぎないの。 すぐに忘れてしまうことね、それが守れないとアンタ、死ぬことになるわよ。
素人が下手に首を突っ込んでいいことじゃないのよ」
目的も果たしたことだし、さっさと退散することにする。 ノリで余計なことを言っている気がするが気にしてはいけない。
これで夢としての記憶しか残らないはず。
「待ってください。 僕はあなたのことが知りたい。 あなたは何者なんですか、誰を捜しているんですか? イグニスに関することを手に入れれば、ボクもヒーローになれる?」
「全て夢よ、忘れなさい。 関わると死ぬわ。 あなたの為よ、知らない方がいいことも世の中にはあるのよ」
最後の決め台詞を残し、踵を返す。 まあ、実際問題夢なわけだしね。
今の外見はかっこいいより、かわいらしい感じだろうし……でも様になっていると思うのよ。
ちょっとはずかしいけどね。
――とそんなどうでもいいことを考えつつ、ふと空を見上げる。 月が紅く輝いている。
燃えるような紅い月……なわけない。 あれは炎に照らし出されているのだ。
炎ときいてすぐに連想する。 紅い夕焼け、業火によって照らし出された夜景に一人の影、凛とたたずむ紅の騎士が立っていた。
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