第16話・紅いヴァルキリー
対照的な艶やかな蒼みがかった黒髪が夕焼けに映えている。
イグニスがいる――戦慄した、刻みつけられた恐怖はそう簡単には消えてはくれない。
咄嗟に回避行動を取ろうとして、しかし、坂崎が私の手を掴んできた。
「待ってください。 僕にはまだ聞きたいことが――」
「邪魔しないで、手を離しなさい。 危ない!」
反射的に坂崎の手を振り払い。 その体を向こうの壁まで蹴り飛ばし――
その反動を使ってこちらも、反対の壁まで飛び退く。
――直後、私達がいた地点を恒星のように燃える巨大な業火が着弾し、フローリングの床を灼熱に焦がす。 紅の業火は相変わらず圧倒的な威力を秘めている。
危なかった。 判断が遅れていたら坂崎ごと消し炭に変わっていてもおかしくなかった。
別に坂崎を助ける義理などなかったのだけど、目の前でクラスメイトが焼き殺されるのは目覚めが悪すぎる。 現実に死ぬわけではないとしても、気分のいい光景ではない。
追撃を警戒しながら窓から外を窺う。 火球の飛んできた方向――電柱の上で一人の少女が微笑んでいる。
紅い光沢を放つ紅の騎士、忘れようがない、相変わらず高いところが好きなことだ。
深紅の鎧、蒼いマントをはためかせ、手には炎で紅く染まる巨大なランス。
スレンダーな四肢に比しても、大きすぎる槍。 絶妙なバランスでそれを掲げる紅い人影。
改めてその姿を目に焼き付ける。 この女が私を殺そうとしている。
彼女の顔は絵に描いたような美形で、凛とした雰囲気を醸し出している。
それ以上に目を引くのは、その体に着込んだ西洋風の甲冑である。
中世の騎士のようなそれは、ひときわ異彩な雰囲気を醸し出している。
手に持っているランスと合わせれば、創作でしかお目にかかれない西洋の騎士そのものだ。
鋭く引き締まった顔つきと併せれば、男装の麗人といった装いに見えなくもない。
反対側の壁に視線を戻せば、坂崎が目をむいている。
そりゃ、いきなり火の玉が飛んでくれば、そうなるのが普通の反応だ。
ましてやそれを撃った相手が、西洋の騎士の格好をした女の子ならば現実逃避確実……
あれ、ここ仮想世界だったけ?
『あれがイグニスのヴァルキリーとしての戦闘装束なのだろう。
君も最初ヴァルキリーに変身した際に、渇望を具現化しただろう。
最もやつのそれは槍に注いだ分の残り、キャパシティポイントをつぎ込んでいるようだが?』
つまり、私の戦闘装束とやらはこのゴスロリ衣装のことになる。 なんか不公平のような。
「うるさい、渇望って言うな。 それはそうと私のより全然戦闘向きに見えるんですけど」
『イグニスにとってのそれが渇望の具現化だと言うことだ。
気をつけろ! 君のように脳天気な輩ではないぞ』
「誰が脳天気よ、これでも殺伐としたゲームは好きなんだからね、
それよりあれ、強さに関係するの?」
『確かに見た目は強そうだが、ヴァリキリーの戦闘装束は見た目はさほど重要なわけではない。
その衣装一つ一つが、精霊の加護により最高級の防具として作用する。
君の衣装であっても、見た目以上の防御力を発揮しているのだ。
これからは戦闘に備えて、いつでも戦闘装束で行動することをおすすめするが?」
「冗談、恥ずかしいったらありゃしないわよ!
いつまでもやらっれぱなしというのは気に食わないし、性分じゃない。
出会ってすぐ逃げるつもりだったけど、相手は相も変わらず正体不明。
ここは直接身体に問いただしてやる! この前のように行くと思わないでよね!
今度こそ仕留めてみせる――」
『やめておけ、返り討ちに遭うのは目に見えているぞ、ここは逃げろ!』
「うるさい、やられっぱなしで、やってられますか、こうなったら真の力を見せてやる!」
相手が火球を作り出すのに合わせてこちらもサブマシンガンを召還―――イグニスの火球は強力故に発車前の硬直ため時間が長い。 有効な戦闘方法は自ずと決まるはず、つまりは先手必勝!
窓際から体を乗り出し発砲――連射された弾丸がイグニスめがけて咆哮を轟かせる。
それを見て取ったイグニスは火球を保持したまま電柱から跳躍、弾丸を回避し電柱からベランダへと素早く飛び移って来る。
見事な回避運動――反転したイグニスは、再び火球の発射態勢に入る。
こちらの武器が飛び道具であることで、接近戦の方が有利だと判断したのだろう。
相手の超弩級の火球はまるでロケットーランチャーだ。 まともに喰らうとまずい。
こちらはすぐに部屋の奥――出口へと後退しながら、おまけとばかりに弾丸のシャワーをおみまいする。
相手も射撃武器ならば、遮蔽物へと逃げるのが定石だ。
デタラメに連射された弾丸をいともたやすく躱し、実力の違いを見せつけてくる。
その顔には余裕の笑みを浮かべている。 なんかむかつくわね。
坂崎は――この際どうでもいいや……
扉の影に隠れ、もう一度フルオート射撃。 この狭い部屋では、そうそう簡単には躱せないはずだ。 反動で照準が狂いまくっているが、この近距離なら外さない。
「当たった? もう炎が邪魔ね、よく見えないわ」
だが、それらは何の成果を上げることさえできずイグニスを取り巻く炎に飲み込まれていく。
火球を作り出すだけじゃなく鎧にまとうこともできるらしい。
数千度の超高温を持つであろう紅蓮の炎を前に、鉄の弾丸はぐにゃっと飴のように形を変え地面を焦がしていく。 予想外の防衛能力。
「ちょっと待ってよ! これじゃあ私の攻撃、意味ないじゃないのよ!」
不利を悟り、泣き言をいわずにいられなかった、相変わらず情けない。
『落ち着け、君の攻撃を受けてイグニスは炎を鎧に展開して対応している。
その間は、火球による攻撃はできないはずだ。
逆に言えば火球による攻撃の間は、炎による防御はできないはず。
その隙を狙えば、勝機はある。
それに鎧の隙間を狙えばカウンターでなくてもダメージは通るはずだ。
まあ、逃げることが最も賢明だと思うがね』
シルフの解説を受けて冷静さを取り戻す。
『私としてはここで逃走を勧めるが。 どう考えても君では返り討ちに遭うだけだぞ』
「冗談―――っ! ここで倒して、ギャフンと言わせてやる!」
頭に血が上ると、そのまま突進してしまいがちだが、いつもそうだというわけではない。
リベンジに燃える私は、ちょっと好戦的だった。
余裕過ぎる態度に腹が立った。
それまで乱射していたサブマシンガンから引き金を外す。
精密射撃に切り替える作戦だ。
何のつもりか、そこで私の攻撃が止まったことで、イグニスも炎の召還を止める。
だが、お互いに武器を向けるのは止めない。
視線と視線、銃口と槍の穂先が一直線上にぶつかり合う――
――イグニスが余裕の冷笑をうかべる。
細い切れ長の瞳は、相変わらず余裕の炎に燃えている。
「あなたとは一度お話をしてみたかったのですわ。 銃を下ろしていただけませんこと?」
「ふざけるな! あんたこそ、その物騒な槍をおろせ!」
「ふふ、態度も乱暴なら言葉遣いも乱暴ですのね、そういうところも好きですわよ」
「気持ち悪いわね。 その余裕、腹が立つ、本当は何が目的よ?」
口に微笑をたたえたイグニスが槍を消滅させる。
それを受けてこちらも銃を消滅させるが、サブウェポンであるナイフに意識を向けておく。
相手の様子から、ナイフに気づいた様子はない。 本気でお話とやらに興じる気などこちらにはさらさらない。
「それでお話って何なのかしら? 回りくどいのは苦手よ、さっさと目的を話したらどう」
本当にくだらないことを口走ろうものなら、即座にナイフ抜いて切りつけるつもりだ。
前回いいようにやられたのは、リベンジよ――それなりに堪えているってわけだ。
「やれやれ、怖いですわね。 話し合いたいというのは本当ですわよ。
単刀直入に言わせていただければ、あなたの実力が見たいのですわ。
その強さが本物であるならば、わたくしとパートナーになっていただきたいのです。
簡単なお話だと思いませんこと?」
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