第10話・登校

 まぶたの裏を焼け付くような陽光が照らす、朝の静寂に小鳥のさえずりが混じる。


 陽光が眩しくて私は目を覚ました。 いつもは朝の早い家族の誰かに起こされることが多い。




 恥ずかしい話だが、私は朝が弱いのだ。 寝坊もしょっちゅうである。


 遅刻の常連者になりかねない感じだ。




 ずるずるとベッドから抜け出して、念のためにかけておいた目覚まし時計をオフにする。


 そのまま洗面所まで歩き、顔を洗ってさっぱりした後、制服に着替えて台所に顔を出す。




「あ、お姉ちゃんおはよう、今日は早いね」




「おはよう、なんだか目が覚めちゃって」




 途中すれ違った妹と朝の挨拶をかわす。


 部活だかなんだかで妹の綾瀬は朝が早い。


 姉の水瀬もやり手のキャリアウーマンなので朝が早い。




 結局、遅刻しない程度の時間に母、姉、妹の誰かに起こされる。


 私はこの家庭では最も寝起きが悪い。




 それにしても妹に起こしてもらう私の立場って……何?


 朝から湧いて出た嫌な思考を振り払い、母が作った朝食を食べ始める。




 早く起きたからと言って家にいても中途半端で、特にやることもない。


 いつもより早いからってパソコンなど起動しようものなら、熱中しすぎて遅刻してしまうのがオチである。




 それならと早い時間から学校に登校する。


 今日は昨日とは違い、澄み渡るような快晴で清々しい。


 こういう日は心も晴れやかになってくる。




 だけど、今日が月曜日であることを考えると、また一週間休みなしだ。


 そのことを考えると、とたんに先程までの陽気が霞んで見えるから不思議なものだ。


 私って学校が嫌いなのだろうか?




 不意にシルフが話しかけてきた。




『昨日のヴァルキリー・イグニスの見当はついたか?』




 また、めんどくさいことを言ってくる。 確かイグニスとか名乗ってたっけ、アイツ。






『その話なんだけど、どうして私はヴァルキリーとしての使命を果たさなくちゃいけないわけ?




 なんかあんな事に時間を取られるの馬鹿馬鹿しくて嫌なんだけど、メリット特にないわけだし、戦うのが楽しくないわけじゃないんだけど、




 時間がかかる割に現実に対する対価がないのよね。 アクションゲームみたいで楽しいとはいっても、ダメージを受けると痛いのもね』




 昨日も家族から変な目で見られたし、私がそこまで必死になる必要があるのだろうか? だいたいイグニスに散々ボコられた私が、選ばれた者というのはなんか違う気がする。




『何を言っている。 君はヴァルキリーとして選ばれた以上、CNTRYの裏にある組織の野望をくじく義務があるのだ。




 昨日君を襲った黒服達を見ただろう。 あれはヴァルキリーを捕獲するためにCNTRYが組織する実戦部隊だ。 奴らだけではない連中はありとあらゆる戦闘部隊を研究している』




 なんだか物々しい話になってきたが、それならばあのヴァルキリアとか言うソフトを起動しなければいいだけの話ではないだろうか?




 世界の危機とやらに関しては実感がわかないし、私以外にもヴァルキリーがいるんなら彼等が何とかしてくれるんじゃないだろうか?


 それこそあのイグニスだっていい。




『では、一つ忠告しておくが、今の君は狙われているのだ。 あの君を襲ったヴァルキリー・イグニスから』




『ちょっと待って狙われているっているって言うのは何で?


 ヴァルキリーっていうのはCNTRYから世界を救う正義の味方なんでしょう?


 何で私が狙われなくちゃならないのよ』




『君はイグニスが去り際に言っていたことを覚えていないのか?


 理由は分からんがやつは確実に君に害意があるぞ。


 最悪ヴァルキリーである君の本名をバラされれば確実にCNTRYからの追っ手が現実社会にも訪れるぞ。




 ヴァルキリー容姿が本来のものから大幅に変化するのもそれが原因だ。 ヴァルキリーとなった者は正体を知られてはならない。 まあ、気休めに過ぎないがね。




 他にも現実世界での正体を隠すためにヴァルキリアシステムにはいろいろな工夫がされている。 その代表がヴァルキリーに与えられるコードネームで、互いを守護精霊の名前で呼び合うことになっている。




 やつは自分をイグニスと言っていたが、それはやつがインストールした精霊の名前から来ている。 そして君をシルフィードと呼ぶ理由もここまで言えば分かるだろう。




 イグニスは君を狙っている。 しかも現実での君の正体に気づいているのだ。




 ヴァリキリーとしての使命を放棄すれば、彼女はおそらく別の方法で君を狙うだろう』


『別の方法ってたとえばどんな? 引きこもってりゃ安全なんじゃないの?』




『君の家にもCNTRYの回線や家電が入り込んでいる。




 君もひとたび眠りにつけば、通常の状態でヴァーチャル・ソサイエティを夢想することになる。




 そのときを狙われるか、もしくは現実世界での直接手を下す可能性も考えられるのだぞ』




『ヴァーチャル・ソサイエティ内での襲撃と言われてもピンと来ないが、現実世界で襲撃されるのだけは避けたいところよね』




 だって、現実世界のjkが戦えるはずないわけだし。




『仮想世界は夢の中とは言っても、痛いからやだけどさ……とにかく正体不明の女に襲撃されるなんて、考えただけでも恐ろしいわ』




『じゃあ、こちらからアイツを倒さないと危険だって言うことね?』




『まず、相手の正体、真意を知る必要があるだろうな。


 君が言うとおりヴァリキリー同士は本来味方のはずなのだ。




 だが、それはヴァルキリア・システムを作り上げた創作者としての意向であり、


 ヴァルキリーとなったものが、必ずそれに従って力を行使するとは限らん。


 最悪CNTRYの過激派に寝返っている可能性もあり得る』




『確かにそれは怖いよね。 仮にヴァルキリーとして戦った場合でも、戦いの過程でかなり酷い目に遭いそうだが、現実での襲撃となれば恐ろしさは今の比ではないわ』




 最悪CNTRYに荷担したヴァルキリーに捕獲などされたら、考えたくもない




 私はガンシューティングをはじめ、アクションゲームが好きで割と好戦的な方だと思うわよ。




 でも、それはあくまでゲームの中の話で、仮想空間とはいえ痛みがあるというのは嫌だわ




『あの世界で感じる五感や痛みは、現実でのそれと全く同一よね。


 また、あんな目に遭うと思うとぞっとするわね。 ちょっと待って、それって好戦的って言うのか? 普通にびびってるよね?』




『そういえば私が倒した黒服達は、全て消滅したけどあれってその後どうなったの?』




『以前にも話したと思うが、ヴァーチャル・ソサイエティで死亡扱いになった者は二度とヴァルキリーになることができない。




 だが、普通の人間であればその限りではない。 基本的には永遠にヴァーチャル・ソサイエティへのアクセス権は失わない。




 つまり、人間としての君を捕らえればありとあらゆる拷問が――』




 いくら何でも脅しよね? 要するに連中の目的は私ではなくヴァルキリアにあるはずだし。




『わ――なんか物騒だからその話無しね、とりあえずあいつに勝つ方法を考えればいいんでしょ』




『しかし、現実世界での襲撃がそして仮想都市での無限デスがあり得る以上最低でも、あのイグニスとかいうヴァルキリーは何とかしないといけないわけね。 はあ、気が重い。 だってあいつめちゃくちゃ強いし…… 火の玉とか出すでしょ、ゴーって』




 ホントに気が重い、だけどここで引き下がるわけにはいかない理由はあるってわけだ。




『分かったわよ、分かりましたよ! とりあえずあのイグニスとかいう女を何とかすればいいんでしょ!?』




 初戦での圧倒的な戦力差を顧みれば、全く勝てそうな気がしないのが悲しいところなんだけど。 嫌だなあ、また痛い思いをするのは、誰だってそう思うはずよね。




『その活きだ。 昨日話したようにイグニスは君と近しい人間である可能性が高い。


 ヴァルキリーとして初めてヴァーチャル・ソサイエティにダイブした君の正体を、短時間で看破したのだからな。




 相手が家族でないならば、これから向かう学校にその相手がいるかもしれない。


 その可能性が最も高い。 気を引き締めておけ』

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