第9話・疑心暗鬼
『ヴァーチャル・ソサイエティで君を襲った女を覚えているか?』
突如頭の中からシルフの声が響く。
『少し黙っていてくれない。 今はそういう気分じゃないのよね』
私は不機嫌な声で答える。 もちろん頭の中であくまでも念ずるように、当たり前だが声に出してはいけない。
頭がおかしくなったと思われてしまう。 冷静に対処しなければ……
『あの女は君の名前を知っていた。 つまり、あのイグニスを名乗ったヴァルキリーはこの中にいても不思議ではないと言っている』
咄嗟の提案に私はカチンときた。 流石にその言い分はないと言いたい。
『冗談は止めてよね! だいたいあの女は見た目からして、
ここにいる誰とも違うじゃない!
そうよ、その通りよ。 なんで家族同士で殺し合わなきゃならないのよ。
アンタ頭おかしいんじゃない!』
『私としては可能性の話をしているに過ぎないのだが、まあいいだろう』
大切な家族を貶められたような気がして、腹がたって言い返す。
人には言っていいことと、悪いことがあると思うのだ。
まあ、シルフは電子プログラムであり人では無いらしいが……
この際そんなことはどうでもいい。
重要なのは私にとって知能を持つこいつは、やはり人間だということだ。
『ヴァルキリーになった者はその容姿が願望により変化する。
君も自身の姿を見ただろう。
容姿の問題は彼女達がヴァルキリーでないという確証にはならない。
彼女もヴァルキリーならば、十中八九本来の外見は別人と言っていいものだろう』
そういえばあの時の私はかなり派手な格好をしていただけではなく、容姿に関しても本来の私とかなり違うものだった。 でも、だからって――その言い分はいただけない。
『でもさ、相手はなんで私の名前を特定できたと思う?』
そう、私の見た目はおろか着ている服だって違った。
あの状況で私の正体を看破できるのはやはり話がおかしいと思う。
『容姿に関しては根本的な下地から変わるわけではない。
いかに変化していると言っても、本質的な部分で本来の外見が残るのだ。
つまりだ、よく見慣れたものならば看破することも出来るかも知れない。
それが可能なのは家族などの親しい間柄の人間だ。
そして何より声紋、つまり声に関してはヴァルキリーになる前と後でも変化しない。
これらの情報から、イグニスと君は親しい間柄の人間。 その可能性が高いということになるな』
『だったら親しい人間すべて疑えっていうの、私はそんな事はしたくないわ、疑いたくない。 だってみんな大切な家族なんだから』
『あんたのいうことは、確かにその通りなのかも知れないと思う部分もある
――が、だとしても。 それはそれよ、到底納得できない!
大切な存在が自分を殺しに来た相手だって、どうして信じられるっていうの?
プログラム体は人と人の絆がわからないとでもいうつもり、
私にとってもアンタだって、もう親しい人間よ。
アンタは私も疑う? ヴァルキリアシステムをCNTRYに売り渡してもいいのよ。
そうすればそれなりにお小遣いにはなるでしょうね』
激昂した、私の怒りはおさまらず、強い口調で言い返す。
『それに、それならなおさらあのヴァルキリーはここにはいないはずよ。
顔は変わっちゃうから断言できないけど、声に関しては長年一緒に暮らしてきた家族のものを聞き違えるわけないわ。 家族の声だったらその場で気づけるわよ』
確かに家族を疑いたくないという気持ちがあるとしても、流石に姉妹の声を聞き違えるようなことはないと思いたい。 イグニスの声は聞き覚えがあるとは思えなかった。
そんなに多くしゃべった相手ではないけど、そうはいっても彼女の声質ももうおぼろげだ。
『確かにそうかもしれんな。 君がそこまで言うのならば、そうなのだろう。
では他に思い当たる人物がいないか考慮しておくのだな。
イグニスが誰であるかわかれば対策も立てやすいというものだ』
「ちょっと、ななちゃんどうしたの?なんかぼうとしちゃって? 食欲無いの」
母親が心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。
「べ、別にそんなんじゃないの、ちょっと嫌なこと思い出しちゃって、えへへ」
「そう、なら別にいいけど、何かあるなら私にに相談しなさいね」
横から姉さんが声をかけてくる。
周りを見渡せば、みんなわたしの方を注目してるじゃないの。
そんなにぼーっとしてたんだろうか? うう、気まずい……
「もう、本当になんでもないから!」
それだけ言うと、また普段通りの食事を再会する。 それを見た家族もそれ以上気にかけることはなく、普段通りの家庭の団らんを取り戻していった。
夜は更ける。
またいつか襲撃があるとしても、具体的な対応策がない以上、時間は回るのだ。
夕食後、お風呂から出て、疲れた身体を休める。
本当に今日は一日は疲れた。 傷こそ残らないけど、仮想世界で色々動き回ったせいか、精神的な疲労が濃い。
とにかくさっさと眠ろうと布団に入り電気を消すと、よほど疲れていたのだろう、すぐに深い闇へと私の意識は沈んでいった。
仮装都市での夢、内容は思い出せないけど、確かに仮想世界での夢を見た気がする。 ヴァルキリーになったことで夢での出来事を意識できるようになったのだろうか?
だが、それでも、写しだされる映像は靄が掛かったように、正確に認識することができなかった。
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