第5話・初陣

月光を背負うように立つ人影は酷くはかなげで、まるで幽霊のようだ。 だけど、亡霊とは違う、圧倒的なきらめき、湧き上がる。 カリスマを感じ取れる。




 蒼い長髪が風で揺れる。 月光がに反射する青いアメジストの流れるような髪が、次々と反射していく。




「はじめまして、ヴァルキリー。


 今宵、そう、あなたは雲の陰りの中に降り注ぐ一筋の月光――その光の筋に目的を見つけましてよ!


 これは可愛らしい、お嬢様のような出で立ち、ようやく見つけましたわよ。


 ヴァルキリー・シルフィード」




 静寂の中で凛としたどこか刃物のような鋭さと、零便さをもった女性の声が響く。


 敵意を秘めた危うさに、気高い美しさを内包したその声は、確かな気品と気高いプライドを内包していた。




 上を見上げれば、そこに私と同じ高校生ぐらいの美少女が立ってる。




 長身だ。 何より目を引くのは全身を覆う紅いプレートメイルに長い蒼髪。


 その手に握られる長大な凶器――全長2メートルはあるだろうか? 長い長い槍ランス、紅いステンドグラスのような鋭利な光沢。




 鎧と同じ深紅をまとう騎士は、しかし、相反するように深く蒼いアメジストの長髪。


 強烈なコントラストを生み出す揺れる髪の奥には、美人という言葉すらもかすむ均整のとれた顔立ち。




 どこか大人びた、少女のようでいて中性的な容貌―――男装の麗人、いや、この場合は男装の騎士か?


 私も大概だけど、とにかく、その容貌は現在に似つかわしくない。 まさしく中世の騎士のそれだった。




 深紅の鎧と青紫のマント、浮き世離れしたその格好は―― まあ、今の私ほどじゃないだろうがイタい人であることは間違いない。




 それが電柱の上にいるのだから普通じゃないよね。 うん。


 先程の戦いで高揚によるものか、口をついて出たのは勝ち気な反論だった。




「シルフィード、何のことかしら? そういうあなたは中世の騎士のつもり? その目立つ鎧は仮装、何かのつもりなのかしら? 今はハロウィンじゃないわよね? まだ子供って感じにも見えないけど!?」




 口をついて出たのは敵意に対する反撃の皮肉。 目の前の存在がなんであれ、明らかな敵意を感じる以上、手加減などしてやる義理もない。




「あなたにいわれたくはないわ、黒ゴスとツインテールですって、今時、どこの姫君かしら。


 フフッ、時代錯誤のお姫様、その出で立ちでわたくしに意見できる資格は、あなたにはなくってよ!」




 確かにその通りだった。 あいつも相当変な格好だが、私もそれ相応に仮装をしているのだった。 だけど、負けじと言い返す。




「あら、残念だったわね、私にはあなたの方が数倍時代錯誤に感じるのだけど…… 今時鎧はないとおもうわ。 そういうあなたは何者なのかしら?」




「見れば分かるでしょう私もあなたと同じヴァルキリーよ。


 紅炎のヴァリキリーよ。 シルフィード」




 ヴァルキリーってなんだろう。 シルフィード?




 「シルフィード? ヴァリキリーって何よ!?」




「どうやら何もわからない、生まれたての素人のようですのね? いいですわ、見せて差し上げます。 わたくし達ヴァルキリーの力、とくと眼に焼き付けなさい」




 彼女が腕を掲げる、その先につながる長さ2メートル程度の巨大なランスが天を指す。


 そのまま穂先をこちらに向けると――




「何を惚けていますの? そちらから来ないようでしたら、こちらからいきますわよ!


 うけなさい、我が力!」




 ――彼女が叫ぶと槍ランスが赤く燃え上がり、炎の玉を生成する。 それは次第に火球となり……




 それは火炎と呼ぶのすら生ぬるい、超高温の熱が圧縮によって生まれる灼熱の砲弾――


 打ち出される砲弾は黒服たちとは比べるべくもない。 銃弾よりもずっと速い。




 反射的に躱そうと四肢に全力で回避を命じる。




 『まずい、よけろ!』




 頭の中から再び声が響く。




「そんなこと言われなくても分かってる!」




 とっさの判断、火球と地面の間めがけて私は頭からダイビング――




 頭から砲弾に突っ込むようになんとか避ける――砲弾が身体すれすれを通過、そのままゴロゴロと転がって火球を躱す。




 だけど完全に躱しきれず。 背中に少しかすった。


 かすっただけだというのに火傷したかのように熱い。 いったい何が何だっていうのよ! 私は心の中で毒づいた。




『ヤツは強い、今の君では相手にならない逃げろ!』




 そんなことは今の一撃で十分に理解した。 私は単に身体能力が高いだけで、あんな魔法のようなことはできない。 勝算がない――それがすぐにわかった。




「言われなくてもそうするわよ、後で状況説明してもらうからね!」




 その間にも相手は火球を二度三度と吐き出し、私はそれを必死になって躱す。


 その間中にも体中に火傷を受けるが、もはやかまってなどいられない。




 いつの間にか公園から外へと駆け抜けているものの、避けるのに必死で、もはやどこをどう走っているのかも分からない。




 背後の死神のことを考えれば、逃げる道を選んでいる余裕はない。




『君はもう少し逃げる方向をかんがえるべきではないかね?』




「うるさい、できるならそうしてる! だまってて!」




「追いつきましたわよ、シルフィード」




 気が付けば前方10メートルほどの位置に奴が立っている。




 優雅に微笑みをたたえながら、こちらに槍を突き刺してきた。 


 穂先が紅蓮の、炎の濁流を創り出す。




 あれだけの長物と、全身のプレートメイルの事を考えても、その動きは速かった。




 何とか姿勢を低くして躱す。 やばい、これはあたったら、死ぬ。


 岩を砕くような音ととともに、相手の槍が背後の壁を易々と打ち砕いた。




「遠慮しなくてもよろしくてよ。 かかってきなさいな。


 それともその派手な格好は飾りなのかしら? 反撃の一つもできないのですの?


 それでヴァルキリーのはしくれですの、笑ってしまいますわね。」




 こんな状況なのに私はカチンと来た。 生粋の負けず嫌いの性質というヤツだ。


 方向転換し、無謀にも突進をかける。




「いい加減うるさいわよ、やってやろうじゃないの! 後悔しなさいよ!」




『やめろ、今は逃走を選択しろ、今の君ではかなう相手ではないといったはずだ』




「うるさいだまれ、ここまで馬鹿にされてだまってられない、女には譲れない物があるのよ!」




 半ばやけっぱちに叫びながら、イグニスに殴りかかる。


 幸いあいては槍を突き出した姿勢のまま硬直している。 狙うは鳩尾――はずさない!




 私は懐に潜り込みがら空きの胴体に反撃を叩き込む!




 だが、完全に動きを読まれていたらしく、つきだした拳はむなしく空を切った。


 体が外側に泳がされている。 このままではまずいとっさに体制を立て直すが遅い。




「すぐに挑発に乗るのが、素人の証ですのよ。 その甘い考えたたき直してあげましてよ」




「だまれ、だまらないなら、私が黙らせてやる。 この拳でね――」




 われながら、ひどいブチ切れようである。 なんとか窮鼠をかんでやろうと、必死になっているが、空回りしている感が否めない。




 泳がされた身体に、槍側面による強烈な殴打。 刃物でないことが幸いしたが、それでも身体は数メートル吹き飛ばされる。 勢いに負けて受け身もとれず、数回バウンドして倒れ込む。




 いいようにやられているけど、おそらく相手の身体能力は私と大差ない。




 だけど、相手は戦闘慣れしている。


 槍を突き出したままの姿勢で私を挑発したのは罠だったのってわけだ。 それにつられて、どう動くかまで計算に入れていたことになる。




 情けなく倒れ伏した私の眼前に、紅の騎士が立っていた。引き戻された槍の穂先が向けられる。 すでに勝負は決していた。 死神が笑う。




 「さあ、焼き尽くしておしまい! 燃えろ業火よ」




 もはや避けられるわけがない。 ゼロ距離で発射された火球は回避すら許さない。


 槍から打ち出された火球は私を包み込んだかと思うと、爆発を起こし実に数十メートルに渡り、私を吹き飛ばした。




 身体が宙を舞い着地できず地面にたたきつけられる。 その衝撃は先程の比ではない。 新品だったゴスロリ服も所々破れすすけている。




 あの巨大な火の塊を受けて生きていることが、自分のことながら信じられないけど、その代償に体中が燃えるように熱い。 これが現実ならば全身大やけどを負って死んでいてもおかしくはない。




 しかし、身体の耐久力自体相当頑強になっているらしく、致命傷は免れている。


 だけど火傷と爆発による衝撃は、私に容赦なくダメージを蓄積していた。




 立ち上がるのが辛い。 感じたことのないような痛み、まさに現実の痛みが体中を蝕む。




「痛い、私が何をしたって言うの……」




「期待はずれですわね。 あなたヴァルキリーするのは初めてみたいですから、今回は見逃して差し上げますわ。 今後も遊んで差し上げますから、せいぜい己を磨いておくとよろしくてよ」




「冗談じゃないわ、なんで私がこんな目に遭わなきゃならないのよ」




 それまでとは違い、覇気のない言葉が口をついてはき出される。 半ば泣き叫んでいた。


 途切れ途切れに発音される自身の声をきいて、私痛みに涙を流しているのだと自覚する。




 またこんな目に遭わなきゃならないなんて、冗談じゃない。




「冗談じゃないわ、私が何をしたって言うの!?


 あなたの恨みを買うようなことをした覚えはないわ。 あなたさっきの黒服の仲間なの? 何が目的?」




「残念ながら、先ほどの方達には私のお知り合いはいませんわ。 私はイグニス、わたくしが興味があるのはシルフィードいや、三奈坂七瀬さんあなたの存在だけですわ。




 あなたのヴァルキリーとしての才能すばらしい。


 決闘するのにふさわしい相手ですわ、決して見逃しはしません。 ですが、今日はここまでのようですね、それではごきげんよう」




 彼女は炎を煙幕のように放射すると、その姿をかき消した。




聞くより先に家へと帰ることにする。


 ずいぶんと大きな騒ぎになってしまったため、これ以上公園にいるわけにはいかなかった。




 ああ、なんかひどい目に遭ったわ。 体中が熱いよう……




 道すがら近所の人と鉢合わせしないように、こそこそしながら家路を急ぐ、体中ボロボロで打撲に擦り傷、服もビリビリだ。




 今人に会ったら泣ける。 我ながら情けない。


 家に帰ってから、何とか自分の部屋にたどりつく、ボロボロになった服を脱ぎ捨て、やっとのことで人心地つく。




 シャワールームで体をあらって、部屋着に着替える。ふう、なんとかすっきりした。




 落ち着いたところで、今自分が置かれている状況をかんがえる。

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