第4話・黒服

「――動くな!」




 ――と、恫喝するような叫び声が背中越しにかけられた。


 不審者と勘違いされたのだろうか? いや、見た目は百パーセント不審者だけど。


 たかだかコスプレである。 まさかいきなり動くなはないだろう。 何か尋常ならざる雰囲気を感じる。






 一瞬の戸惑いを勇気で奮い立たせ、冷や汗が流れるのを感じながら振り返る。






 そこには黒、黒、黒。 闇においても尚も黒光りする、漆黒のスーツにグラサン。




 上等なブランド物で身体を固めた黒服の中年だ。 それが何か黒光りする凶器をこちらに向けている――あれは拳銃というものではないだろうか?




  私以上の不審者がそこにいた、どう見てもその筋の人である。


 明らかに銃刀法違反である。 不審者どころの騒ぎではなさそうだ。


 もしかして今すごくピンチ!?




「撃たないで!」




 頭の混乱を振り切って、何とか両手を挙げ降参のポーズを取る。 いきなりの急展開で冷静な判断力など皆無だったけど、何とか両腕を高く掲げる。






「よし、対象の無力化を確認、捕獲しろ!」


 背の高いマフィアらしき黒服が叫ぶと、公園のあちこちからおそろいの黒服達がわらわらと姿を現わす。 映画の中でしかお目にかかれない非現実的な光景だ。


 その上、手にはお約束のように銃器が握られている。


 いうまでもなくすごく怖い、何が目的なんだか?


 捕獲とか言ったてことは、明確な害意があると考えてまず間違いないだろう。




 そういえば近づいてくる数人の男が手に持っているのは、ロープ、手錠、スタンガンとかそういった、相手を誘拐するときに使うものばかりだ。 ひぃいいぃ! こわい!


  北の工作員? それともこの人達もコスプレしているのだろうか。




 どちらにしてもこのままではまずい。 いや、コスプレ集団なら別にまずくもない、のか!?


 とにかくこのままでは捕獲というか、誘拐されてしまう!?




 反射的に助けを求めポケットに手を伸ばす、ケータイで警察に連絡しようと思ったのだ。




 普通この状況で動けば撃たれるかもしれないが、恐怖で冷静さを失っていた私はとっさにポケットを探していた。 だが、私の着ている服は例のゴスロリ服でポケットらしきものが見当たらない。




 というかポケットあるのかこの服? そんなこんなでぞもぞと動いていたのがまずかった。 ようやく隠しポケットの中にあるケータイ端末をつかんだところで――




「うごくなというのが、わからないのか、てめぇ!」


 逆上した黒服がいきなり発砲した。 予告なしに撃つなんて、ちょっと気が短か過ぎる!




 やばい、死んだ! と思った瞬間……


 黒服の持つ銃から発射された弾丸は、なぜか私を殺すことはなかった。




 確かに、それは飛んでくるけど、スローモーションのように見える。


 これは極限態になると、すべてがスローモーション感じるというやつだろうか?




 ゆっくりと進む弾丸を反射的に避ける。


 発砲された以上、見てからでは絶対に避けられないはずの弾丸は、先程までいた空間を素通りし、背後に回り込んでいた別の黒服に着弾した。




 弾丸が命中した黒服は銃創から血を吹き出しながら、口からも血を吐いている。


 結論……これは夢だ!? だって弾丸なんて躱せるはずない。




 夢じゃなければ、BB弾か何かか!?


(仮にBB弾だったとしても私にはよけられなかっただろうけど)


 見た感じ本物に見えたけど、それ自体が信じがたいと思った。(現実逃避)




「貴様、よくも仲間を!」




 いや、私がやったんじゃないよね。 何、この理不尽さは。




 逆上した黒服達がいきり立って、銃を向けて来る。


 が、なぜか発砲はしない。




 そこで私は周りを取り囲んでいる黒服達が、先程のような同士討ちを恐れて発砲できないのだと気づいた。


 うん、賢明な判断だ。 だから撃たないでくれると助かる。




 そのうち逆上した男の一人がナイフを取り出し斬りかかってくる。


 その動きはやはり緩慢で、冷静さを取り戻した私は、反射的反撃する。




  クリーンヒット! 反撃に繰り出したパンチが見事に相手の鳩尾にめり込む。


 驚いたことにそれを受けた黒服は、数メートルも吹っ飛んで昏倒した。




  自分がやったこととはいえ、何がどうなっているんだろう?


 もしかしてこいつらすごく弱い?


  いや、弱いのではなく私が強いのだ。


 何がどうなってるのか分からないけど、


  今の私はものすごく強いらしい。 まるで私じゃないみたい。


  (見た目完全に別人わけだし)




 たぶん夢の中だからだろう。 夢の中だと自分の動きがすごくスローになることの方が多いんだけど……




  しかし、一つ疑問なのは夢にしてはやけに感覚がリアルだということだ。


 こんなリアルな夢は視たことがない気がする。


 だからといって、今は気にしている場合ではない。




 何とかこの状況を乗り切らなければならない、たとえ夢だったとしても死にたくはない。




 もし夢じゃなかったらどうなる? 誰だってそう思うでしょ?


 とにかく何であれ死にたくない、ならば結論は一つ、反撃あるのみだ。




 男たちはいきりたって、一斉に斬りかかってくる。、それぞれがナイフを構えている。


 その動きは緩慢で、先程のようにカウンターを全てに決める。




 反撃にあった黒服は次々と昏倒し、先程まで30人ほどいた黒服はすでに半分ほどになっている。




 やばい、なんかすごい爽快だ。 よし、何人でもまとめて相手してやると、調子にのったところで、一人の黒服がわめいた。




「間違いない。こいつヴァリキリーだ。うかつに近づくな、離れて銃器で仕留めろ」




 最初に発砲したリーダー格らしい黒服が指示を飛ばす。




 すると黒服達は一様に私から距離を取りそれぞれが拳銃を構え直す。


 そしてリーダーらしい男が何かごついトランシーバーのようなものを取り出した。


 そのとき頭の中から声が響いた。




 『応援を呼ばれるのはまずい。 あの男を止めろ!』




 低く、そして、どこか頼れる、暖かみのある――どこか父親を思い出させる声だった。


 それは黒服の声はと違った響きを帯びていた。




 ヘッドホンなどをしている時のような独特の響き、頭の中でのみの反響音、それが実際の音ではないことを教えてくれる。




 理屈はわからないけど、私だけに聞こえる声だった。


 それが証拠に黒服たちはにはその声に対する様子がない。




 頭に響く声を信じるならば、どうやっても黒服を止めなければならない。


 そう判断して一直線にトランシーバーを持った男に向かって跳び蹴りを放つ。




 私の足は信じられない異様な跳躍力を発揮した。




 瞬時に数メートルを跳躍し、繰り出した蹴りは常識では到底不可能なものだった。


 それを受けた黒服リーダーが、10メートル以上吹っ飛ばされる。




 なんか、死んだんじゃないだろうかあれ? 身体の関節所々あり得ない方向へと曲がっている。




 『大丈夫だ、この仮想世界では人が死ぬことはない。


 本来死ぬような衝撃を受けた場合、体が消滅し現実世界に強制的に戻されるだけだ。


遠慮することはない』




 その言葉通り黒服の体が文字通り消滅していく。 見れば先程から何人か倒した相手もすでに姿がない。 さっきまでは地面で寝転がっていたはずなのに。




 頭の中に再び響いた声について考える。 姿は見えないけど、黒服よりは信じるに値すると、直感的に思った。 声に向かって、問いかける。




『そういうあなたは何者よ? そんな指示を飛ばすぐらいだから、いまがどう言う状況なのか知ってると考えていいのよね?』




『ああ、知っている。 だが、今は説明よりも目の前の敵を排除することこそ優先すべき事項だとおもうがね。 その辺君はどう思う?』




 予想を超えてもったいつけた声が返ってきた。言い回しがすこしかっこつけすぎだと思う。




『フン、気障なヤツね。 だとしてもアンタのいうとおり、ゆっくりおしゃべりとは行かないみたいね』




『物わかりがいいようで安心したよ。 だが、もう少し淑やかにしゃべってはどうかね。


 そんなことでは君の女性としての品格が問われると思うのだが?』




 そんな返答に頭の中で血管が浮き出た。 気が強いのは生まれつきだ!




『余計なお世話よ! 手伝ってくれないなら、黙って見てなさい!』




 実際に声に出したわけでなく頭の中だけで会話する。




 頭の中に響くのは落ち着いた成人男性の声だが、威厳を感じると同時にまだ壮年には至らない若さも感じることができる。




 先程父親のような声と感じたのは心細さ故だろう。


 とにかく心に響く声質だった。




 冷静に考えればひどく不可解な状況だ。 今更という感じもするんだけど。




『今はそんなことより敵を倒すのが先だ。 逃がすと後々やっかいになる。 一人も逃がすな』




『そう何度も言われなくても――』




 確かに雑談していられる状況ではない、リーダー格がやられて逆上した黒服達が次々に発砲する。




 普段なら絶対にできないであろう敏速な動きで、その銃弾の雨をかいくぐる。


 先程から感じていたことだが、銃弾が遅く感じられるのではなく私の方の反応速度が異常に速いからだ。




 何も相手が遅く動いているわけではない。


 これは相手が遅いのではなく、私が速いというわけだ。




 オタクという性質上、ゲームが好きで、女の子としては人一倍闘争本能がある方だと思うのだ。


 負けず嫌いと言い換えてもいいかもしれない。




 だから、気分は至極爽快、こんなスーパーマンもかくやという体験、そうそうできる物ではない。 あいてはマフィアでしかも死なないのならば、確かに遠慮する必要はないと思うのだ。




 飛躍的に向上した身体能力を思う存分に発揮し、黒服達を次々と殴り倒していった。 まさに死屍累々、といってもすぐに消えてしまうので山になったりはしないんだけどね。 気づけば周囲から人の気配が消えていた。




『まあまあ、の実力といったところか、こんな雑魚相手ならば当然の結果だが、初めてにしては悪くない動きだった』




 上から目線にすこしイラッとするものを感じつつ、答える。




『ずいぶんないいぐさね、自分は視ていただけの癖に、いい加減姿を現したら?』




 やっとの事で黒服から解放されたところで、謎の声の主を挑発する。






『そんなことよりも、今の騒ぎでここにも人が集まってくるだろう?


 その前に移動したらどうだね。 後々面倒なことになるとおもうのだが』




 『結局そうやって煙に巻く分けね。 ちょっとわかったわ、あんたのこと』




 確かにかなり大騒ぎしてしまったので、近所の人に通報されていないか心配だった。




 しかし、それよりも早く視界に新たな人影が止まる。 先程まで何もいなかったはずの視界上の方――電柱の上に確かに人影がッ立っていた。

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