第3話・仮想都市で

「あー、釈然としない」




 結果から言えば私の負けなのである。 相手はゴーグルがなければ死んでいただろう。


 確実に仕留めるだけの手応えはあったのだ。




 しかし、結果から言えば、反動ダメージで自殺してしまった私の負けなのだ。




 表彰式はレイが辞退したことで、2位の私が表彰をうけることになった。


レイは、こういうのを辞退する傾向が強い。




 3位までのアバターが表彰台へと上がるけど、そこにレイの姿はない。


 一言、言ってやらなければ、腹の虫が治まらないといったところだった。




 が、ここで問題が発生する。


 現金などの賞金はない。 人気ゲームソフトであるSSO人気であるがネットで使えるゲームソフトなどの賞品がほとんどだったのである。




 中には瀬川インテリジェントシステムズの新作テストプログラムも入っており、


り、2位の賞品はこれだった。




 数本あるうちのソフトをすべて、試作段階の先行テストである。 金銭的に価値があるかは微妙なところなのだけど、ゲーマーにとっては発売前のゲームを先行で、プレイできるのはかなりの時間的価値があると思うのだ。




 レイが何をもらったのかは、悔しさのあまりに、覚えていない。


 ただ、普通の店売りのソフトを持って行ったような気がする。




 実質的な話をすればそちらの方が、金銭的な価値はあるので、すでにプロゲーマーとして名前が売れているレイにとっては、当然の価値はあるだろう。






 大会終了とともに、ログアウトプロセスが作動し、私は現実世界へと帰還する。




 PCの前で目覚めた私は即座に、ベッドに寝転がる。


 思い出されるのは今日の成果だ。 優勝こそ逃したけど――準優勝である!


 枕カバーをぎゅーっと握りしめ。 今日の大会について振りかえる。


 結果は敗北とはいえほぼ引き分け、プロゲーマーのレイに対して、ほぼ優勝を勝ち取ったようなものだ。 自分を褒めてやりたい!






 ひとしきり感激した後、今日の戦利品に思いをはせる。


 瀬川テクノロジーにアルファテスト用のゲームプログラムだ。




 いくつかのプログラムをためしたものの、開発段階のテスト品であるために、評価は難しいものも多かった。 中には可能性を感じさせるものもあったが、とりあえずは、保留するべきものが多かった。




 ふと、ひとつのプログラムが目に留まった。


 SYSTEM――ヴァルキリアと記載されている。




 言うまでもなく聞いたことのないプログラムだった。


 商品はすべてがゲームの試作品であるのに対して、これだけは、SYSTEMと表記されている。




 そういうゲームタイトルだろうか? しかしながら、システムという表記はなにかのアプリケーションを連想させる。


 試しにウイルスチェッカーを、作動させるも反応はない。




 ヘルプを確認するも、それもレビュー記事のようなあやしい文面が踊っていた――ヴァルキリアシステムをPCにインストールすると世界が変わる。 たったその一言だけだった。




 世界が変わるとはいったいどういうことだろう? と思った。


 そんなことよりもなにより、脳内を駆け巡る好奇心には逆らえなかった。




 SYSTEM――ヴァルキリアをインストール開始。 そこから先はかんがえなし――




 まあ、大会の景品であるのだ。 そんな怪しいものは混ざっていないよね?




 インストール終了後、デスクトップに表示されるヴァルキュリアのアイコンをダブルクリック――ブツ、というノイズと過負荷を示す、頭痛が脳内を駆け巡り、膨大な情報量――




――走馬灯というやつだろうか? ものすごい数の記録が頭の中へと駆け巡り、その放流が私の意識を押し流していった。




 アラートが駆け巡る―― 問題はPCから鳴り響く警報とは違い、それは私の中を駆け巡っているということだ。 PCに意識が流れ込んでいる感覚と、鳴り響くアラート、やっぱりウイルスじゃん! と思ったのを最後に、意識がブラックアウトした。






 景色がぐにゃりと音を立てて融解する感覚、新たな世界が構築される音が聞こえる。


 頭の中がデジタル情報に分解されていくような不思議な感覚意識が駆け巡り、移り変わる意識は記憶のようで、しかし、見たことがないものも多い。




 感覚は鋭くなるにつれて、現実感の薄い0と1で構成されるデジタル信号へと変わっていくのが感じられた。




 最も複雑かつシンプルであるが故にコンピューターに採用され続けている2進数。




 人間には理解できないにもかかわらず、頭に流れ込んでくるデジタル信号に、私は戸惑いを隠せなかった。




 0と1が津波のように私を押し流す。




 こんな話を聞いたことがある。 コンピューターには16進数を使うのが最も最適だと。 それを実現しない理由はひとえに過去からの負のインフラ。




 すでに2進数で構成されるデジタル信号を今更しまっては今までに使われていた。 コンピューター技術すべてを手放すに等しい。 誰かの受け売りの、怪しい話であるが、故に単純明快。




 わかりやすい2つの信号が採用されているという。




 だけど、それは同時に人間には到底認識できない意味のないデータに成り下がることを意味する。




 今目の前で起きている現象はシンプルであり同時に理解しがたい性質を帯びているといえるだろう。




 ここにいたって私は自分の選択を後悔した。 眼前に広がるデジタルの海。


 だってこれは普通じゃない。


 たしかに世界が変わっていくような気分だった。


 けれど、話が違う、現実であり得ない。


 そこに至り、私は初めて恐怖を覚えた。




 ドクン、ドクンと心臓が脈打つ、それは警告。


 世界が再構築される感覚、別世界に行くという感覚。




 未知の世界というものを理解した。 それは恐ろしいことだと、私は思った。


 今までの常識が、このデジタルの波に通用するとは到底思えないのだから……




 ゲームは好きだ。 子供の頃からずっと好きだった。


 だけど、ゲーム世界に囚われたいわけではないし、望んではいない。




生であることにどこか、諦めにも近い安心を抱いていた。


 それは諦観でもあったけど、決して居心地が悪いわけではなかった。


 それは私の大切な、日常であり、どんな理由があっても、なくしてはならないものだった。


 


 ――非日常なんて求めていなかったはずなのに……




 こんな後悔(想い)をしたのはいつ以来だろう…… 子供の頃、転校していく親友に向かって、バカと叫んでしまって以来ではないのか?




 あれはいつのことだった? 確か小学生で場所は最寄りの駅だ。 夕焼けで燃えるようような朱色を背景に、私はお別れするのがつらくて八つ当たりを――


 なぜか思い出された思考の波は、明確な映像を結ばず。 デジタルの中へと溶けていった。




 気が付けば駅のホームに立っていた。 茜色の差す夕焼けに照らし出された無人のプラットフォーム。 状況の異常さから、これが現実ではないことは理解できる、ならば夢?


 今、自分がどういう状況にいるのか曖昧だった。




  私は先程まで駅になどいなかったはずだ。


 すぐに違和感を覚える。 最後に想像した記憶は――


  確かにあかね色の駅に立っていた。 じゃあ、誰と? 思い出せない。




 だって朱色に照らされた駅はあの時の、あのままだったのだから…… 本当にここは現実なの? 夢なのだろうか、だがこんなにリアルな夢は見たことがない気がする。




 あれから十年近い月日が流れているのだから、ここが無人でもおかしくはないのだろうか?


 いや、まだ運航しているはずの駅が、この時間から完全無人であるなんてことが――




 ただ静まりかえった無人のホームが広がっているだけだった。 違和感がすごい、ふと自身の年齢を確認しようとして、とっさにそれはしてはいけないとおもった。


 あの時にもどったなどとはかんがえてはいけない。




 回帰を願っていないと、言えば嘘になるけど、前をむいて歩かなければ、足下をすくわれる。




 鏡だ。 自分がどうなってるのか確認したい。 回帰しているとしたら、もう一度やり直せるとしたら、私はどうなるのか? よくわからない欲求に突き動かされるように、洗面所へと向かった。




  鏡に向かって、息をのむ、そこには見たこともない、薄緑の美少女が立っていた。


  念のために言っておくと、私の髪の毛は緑色ではなく標準的な黒髪だ。




 長い髪をを二つ、所謂ツインテールというもので、アニメかなんかのキャラクターがよくしているアレだ。




 緑髪ツインテール――まるで電子の歌姫を思い出す。 おかしなのはそれだけではない。




 着ている洋服が、黒と白をを基調としたゴシックロリータファッション、フリフリである。


 光沢を帯びる黒い生地に、ふんだんかつ丁寧に編み上げられているそれは、コスプレ衣装ではないのだろう。




 私はオタクだけど、間違ってもこんな格好で町を歩いたりはしない。


 もちろん私服ではない。 というか恥ずかしくてこんな格好はできない。


 冷静に見直してみる。 これではなんか地元でコスプレでもしているかなりイタい女だ。




 試しにツインテールを引っ張ってみる。 痛くて痛くて、イタかった。


 正真正銘地毛らしい。 一息つく、冷静になってもう一度鏡で自分の姿を確認する。


 誰なんだろう、この女は 鏡の前には見知らぬ美少女が立っている。




 光に透ける宝石のような、エメラルドグリーンの房を両方の頭から流れるよう結わえている。




 肌は白い陶磁器の用に白く、きめの細かい。


 長い手足に均整のとれたスタイル、現実の私と最も違うのは、かわいらしい、宝玉のような大きな瞳―― それが私を見返している。




 それは偶像といえた。 女性が憧れるものとは違うだろうが、男性からすれば理想像だ。


 今の私はツインテールのかわいらしい美少女だ。




 女性の私ですら一瞬、見惚れてしまうほどで――二三回をおきにまぶたをパチパチと瞬きし、目の前に立つ少女をまじまじと見つめる。


 夢だなコレは、うん。


 とにかくあり得ないのだからそう思うしかない。 だけど目の前に写る少女こそ今の私の姿だった。






すでに街は暗い。曇天に月は隠れ、明かりのほとんどない、駅のホームは、まるで時が止まっているかのようだった。




 とりあえずここにはいつまでもいられないので、家へ帰らなければならない。


 顔が変わっているとはいえ、こんな格好をしているところを人に見られたら――考えただけで恐ろしい。




 さすがにツインテール、ゴシックロリータファッションはどんな美少女であろうと、地元でしていいファッションではないと思う。




 さて、家へ帰りたいけど、どうしようか?


 私には間違ってもこのようなアキバ系全開で地元を練り歩くような勇気はない。




 ゴシックロリータで町を練り歩く少女などさすがに視たことはない。


 コスプレオタクだと思われても仕方がないのではないだろうか?




 だからコレは夢以外あり得ない。 (現実逃避)


 夢というのは隠された願望だと言うけど、これが私の隠された願望だというのだろうか。


 嫌そんなはずない……たぶん。 確信は持てないけど。


 仕方がないので、そのまま、家に帰る事にした。




 悪目立ちしすぎるけど、あれ以上駅にいるよりはましだと思う。


 たとえ夢の中であれ、こんな恥ずかしい姿を見られたくはない。




 時折こちらに歩いてくる人から身を隠しながら、少しずつ自宅へと近づいていく。


 あまり人のいないところを通りたいので、公園を通ってショートカットすることにする。


 もちろん入り口から人がいないか確認する。 行動は慎重に―――大丈夫、無人だ。


 確認を終えると、いそいそと公園を通過する。


 広い公園の中程まで来たところで――


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