局長奇譚
「うあぁ、やっぱ反省会は猫のいる喫茶店に限るですね……飼おっかなぁ……」
岬がそんなうめき声を漏らしながら、足元の黒猫と戯れていた。
その隣では七世さんが三毛を膝に乗せて撫でつつ、
「けれど猫を飼うとモテないと言われるよ。天、キミ何匹か飼ってないかい?」
「どういう意味っすかね?」
そう、イグニスは密談(という体)でイーストタウンの猫カフェに来てるんだけど、
「なんでアタシには寄ってこないんすかね?」
「ふふん、動物は本性見抜くって言うです。よくわかってるじゃないですか」
などとほざく岬。ちぇっ、いいんだ。どうせアタシは昔っから動物にゃ好かれない性質だし。野良猫にエサやろうと思ったらひっかかれるし、近所の犬には吠えられるし。
けっ、いいんだー。ヤケクソにコーヒーを飲む。フリードリンクだからこうでもしなきゃ割に合わねえや。
「で、本題だが」
と七世さんが少し身を乗り出して、
「天、ディセンバーからの違法機関義肢、どう動いているかつかめたかい?」
「全部じゃないっすけど、ここに……」
アタシはパーカーのポケットに手を突っ込み、机の下で七世さんに手渡す。それはマッチほどの大きさだけど、実に10TBはデータの入る小型HDDだ。アタシのツテをたどって機関義肢の卸し、周囲で運び屋をやってたヤツのデータ、その他とりあえず集められただけの仕入れ記録……外に出たらまあまあ荒れる情報だ。
七世さんは軽くうなずきながらそれをジャケットの内ポケットに収め、
「解析させる。局内ではどんな人間が見ているかわからないからね」
「ごもっとも。でも、この場にいるくせに見てないヤツもいますが」
岬はどこからか猫じゃらしを持ってきて遊んでやがった。捕まえようとぴょんぴょんする猫。いいなぁ。アタシだってモフモフしたいし一緒にごろごろしたいのになぁ。
七世さんは苦笑いのような、けど保護者っぽい優しい目でそれを眺めつつ、
「猫は顎の下を撫でられると嬉しいらしいけど、キミはどこが弱いんだい?」
「アタシは……は!?」
やば、話の流れで答えそうになったじゃんか。七世さんはミルクティーで唇を濡らしながら、ほくそ笑むみたいに目を細め、
「なるほど、耳が弱いんだね。気をつけるよ」
「読まんでくださいよ! っていうより何に気をつけるんすか何に!」
思わず気色ばんで声を出しちゃって、そのせいか岬の構ってた猫が一瞬にしてタタタッと逃げ去ってった。当然、岬はジロッとアタシを睨み、
「そーいうとこです」
「うるせぇ黙ってろ、オマエなにひとつ仕事してねーだろうが。何のためにわざわざこんな片隅でやってると思ってる? 真ん中行ったらアタシだって触らしてくれるかもしんないってのによ!」
「それは」
「なにー!」
「やるですか!」
って臨戦体勢に入りかけたアタシらだけど、入口のドアがぎぃ、と軋んだ音に中断された。さすがに人前でやるほどアタシらも馬鹿じゃない。
客が大股な足取りで入ってくる。男の一人客だ。グレーのジャケットに青いジーンズ。普段よりカジュアルな服装だけど、きっちり固めたオールバック&サングラスは。
「岬、あの人見たことあるです……あ」
「ちょ、え、狩野さ……」
思わず声を掛けかけ、ぱっと後ろから口を塞がれる。そんなことするの当然七世さんで、
「ね、天。誰だって知られたくないことはあるだろう?」
ふっ、と耳にかかる息。ひゃうっ!? とかそんなアタシらしくもない声が出て、
「ちょっと!! すぐに使うんすかその情報を! っていうか声出させたいのか黙らせたいのかどっちなんすか!」
「こら、あまり騒ぐと気づかれるよ」
「なんすかその理不尽……」
怒りたいとこだけど今はそれよりあっちが気になる。猫カフェに狩野さんってその取り合わせあまりに面白すぎるでしょ。似合わないにもほどがある。
アタシらは3人並び、柱の陰に隠れて様子を伺う。
「端っこの席にしといてよかったです」
岬が小声で言う。や、こういう役立ち方するとは思ってなかったけどさ。
狩野さんは慣れた感じで店員と立ち話してる。メニューとか料金説明もしてないし。
「とりあえずいつものを持ってきてもらえるかな。うん、ブラックで」
「あれは完璧常連だね」
と七世さんはぼそぼそ言いながらこそっと携帯を取り出し、2、3枚ささっと写真を撮ってた。ぬかりねぇ……。しかも無音カメラだし。
「……違うよ、天。これは猫を撮るためだからね?」
「言い訳しなくていいっすよ」
絶対なんかやらしいことするつもりだったんだ。アタシにはわかる。
「二人とも静かにするです。ほら、局長がモフるですよ」
叱られた。でも正論ではある。再び狩野さんを見守り体勢。七世さんはちゃっかり動画を撮り始めてる。マジでこの人にだけは弱み見せらんねえな。
けど狩野さんはこっちに気づかず、優雅にソファへ腰掛けて速攻出てきたコーヒーを飲み始めた。アレ豆挽いてねえんだな。そのくせいい値段しやがって。まあいいけど。
「あ、猫近づいてきますよ」
まったく警戒もなく、狩野さんの足元に猫が群がってく。全部で、3、4匹、横に座ったり、あまつさえ足に身体をこすりつけたりするのもいて。
……さて、狩野さんはどう出るか? 普段の様子だとせいぜいが軽く撫でたりちょっと遊んでやるぐらいのものだと思うけど。
しばし、アタシたちが固唾を飲んで見守ってると、狩野さんはふっ、と妙にキザったらしく笑うと、
「にゃー? にゃにゃー? うんうん、眠いのかにゃー?」
えぇ、と岬が困惑のため息を漏らした。気持ちはわかる。七世さんでさえいくらか呆然としながら、
「ね、猫語が出たね……」
けどそれには飽き足らず、あろうことか狩野さん、ぺったり床に這いつくばって、
「どうしたんでちゅかー? 遊んで欲しいでちゅかー?」
「セ、センパイ!? アレ……」
「あ、あれは面白……いや、上級者だね……猫の目線に合わせているんだ……」
という七世さんもさすがに笑いを堪えられなくなったのか、携帯をアタシに渡して口元を抑えた。チバ・シティに睨みを利かせる我ら局長が土下座して赤ちゃん言葉はマジでキツい。アタシは何を見せられてるんだ。
「よーしよし。ぽんぽんしまちょうねー」
「七世さん、アタシこれダメっすわ」
「天、今出ていったら問答無用で見つかるぞ。それだけは避けないと」
「えぇ……」
――で。アタシらはたっぷり1時間ばかり自分の上司が猫にメロメロにされるのを見学するなんて地獄を味わったのだけど。
当の狩野さんはずいぶんスッキリした顔で、出ていく時に至ってはしゃっきりして、
「釣りは構わない、いつも世話になっているからね。取っておいてくれ」
パタン、と静かに扉が閉まる。ふぅ、とアタシらは一息つくのだけど、
「さ、キミたちわかってるね?」
と悪い顔をした七世さんが、
「天、キミは至急本部に。噂をいいだけ話してきなさい。今日子、キミは諜報部に先ほど撮った写真を転送して。もちろん秘匿回線でね」
「了解っす(しましたです!)」
……翌日。各部署のホワイトボードには猫に完全降伏する狩野さんの写真が張り出され、しばらく局長室では語尾に『にゃ』をつけるとかいう煽りが流行るんだけど、それはまた別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます