ネコを追うより何とやら

「ネコのやつ、普段何してるか気にならんか?」

 二人きりの作戦部に、ぼやっとしたアタシの声が響く。

 七世さんは会議があるとか言って所在不明。従って、もうひとりは無駄に突っかかってくる岬なわけだけど、

「確かに。何ならどこに住んでるかも知らないですし」

 珍しく意見が合ったらしい、むう、とか唸って腕を組む。手応えあり。

「まず岬よ、プライベートでネコ見かけたことある?」

「ないですねえ。本部からはきっちり17時で帰ってるですが」

「まあ諜報部の仕事なんざ終業ないようなもんだとは思うけど」

「っていうか天こそダウンタウンで顔合わせてたんなら知らないんです?」

 知らないんだな、これが。マジで神出鬼没。だいたいクリニックの受け取り以外で何してるか知らんし。ラッキーとかスロ屋にも顔は出すけど、そこまで深い仲でもなかったし。

 すると岬はふーむ、と口元に手を当てて考え込み、壁の掛け時計をちらっと見て、

「センパイってもう帰ってくるですかね?」

「出てって1時間してないからな。たぶんもうちょいかかるとは思うが」

「岬たちが帰っても怒らないですかね?」

「いやぁ、そろそろアガってもいい時間だろ……」

 窓の外、西の空は橙に染まりつつある。アタシらの事務仕事なんざほぼ終わってて、定時までは残り15分。うん、よし。

「今から先回りすりゃあ玄関で待てるんじゃねえか?」

「決まりです。速攻で着替えるですよ!」

 アタシらは30秒で支度して制服をロッカーにぶち込み、ダッシュで一階まで走り下り。

 入口を観葉植物の陰に隠れて見張ってると、終業のチャイムと同時、奴さん姿を現した。

「よしよし、予定通り。いくぞ」

「了解です。向こうも手練、慎重に、ですよ」

 こそこそ頭を下げてカードを通してると、警備員がなんじゃこいつ、みたいな目で見てた。気にしないことにする。

 ネコは薄手のウインドブレーカーを肩で着て、下はぴったりしたレギンス。アタシもそうだけど、有事に備えた格好って感じだ。

 電柱に隠れた岬が威嚇する小動物みたいに唸って、

「よくあんだけ身体のライン出せますよね」

「それアタシに言う?」

「天はハナから露出狂じゃないですか。やべーやつに何か言っても仕方ないです」

「テメエ……」

 とか言い合ってる間にもネコはスタスタ歩いてく。大して身長も高くないし、せかせかしてる感じもないのに気づいたら先のほうまで行ってるのは何かの才能なのか。

 けど幸い、ネコのとったルートはそこまで難しくはなかった。ヤツはセントラル方面からアーコロジーに隣接するファッションビルに入っていき、

「おぉ、ランジェリーショップです」

 ブランドショップの並ぶ一角、ちょっと大人っぽい海外ブランドの店に入っていった。岬は隣で目を瞬かせて、

「外で買うの恥ずかしくないですか?」

「いや、アタシはそうでも……オマエあんまし来ない?」

「ですねえ、岬は通販です。センパイがこれいいかもって言ったやつ買ってるので」

「……さいで」

 そうか、七世さんは岬のブラ選んだりしてんのか。そうか。……いや、他意はねえけど。 それにそっちのノロケ聞きにきたわけじゃねえしな。アタシたちも追って店に足を踏み入れ、棚に隠れてネコを見てると、スポーツブラ系は素通り、ナイトブラも無視したから割と勝負用でも買いに来たか。

 岬が目を輝かせうずうずと、

「大して胸ないくせにどんなの買うんすかね! たいしてないくせに!」

「それは親近感なのか、それともネタにしたいのか?」

 ネコはあれこれと品定めしてる。ためすがめつ、いくつかを持って試着室に入った。徹底してんね。アタシはだいたいで買うからなぁ。

 しばらく待ってるとネコはひとつだけ、薄い紫のをレジに持ってった。上はハーフカップで下は紐のTバック。やるやん?

 はえー、と岬は目を丸くして、

「うわー、あんな凄いの買うんですねえ」

「……あ、あぁ。そうな……」

 言えねえ、アタシも動きやすいからって結構似たようなの持ってるなんて。や、そんな可愛いタイプじゃないけど。ホント実用性だから。いやマジで。

「天? なによそ向いてるですか?」

「な、なんでもねえよ! それより行くぞ、これじゃ全然尻尾つかめてねえ!」

 会計を終えたネコの足取りは相変わらず迷いがない。ぶらぶら行くっていうよりは目的があるっぽい。エスカレーターを降りてビルを出て、今度はイーストサイド方面へ向かってる。高架下をずんずん歩いていくんだけど、メイン通りだから人が多い。小さい岬なんか「わぷっ!」とか言って人にぶつかってるし。

 だからアタシがほぼ一人で尾けて尾けて到着したのは、書店ばかりが入ってるビル。

「あ、岬よくここのラーメン屋来るですよ。濃いめにするのがよくて……」

「オマエの飯談義に付き合ってる場合じゃねえんだっつの!」

 取るものもとりあえず階段を駆け上がる。どこの店に入ったかぐらいは確認しねえと。っていうか何の本買う気なんだアイツ。

「天、見つけたですよ!」

 と、行き過ぎかけたアタシを岬が止める。ネコの白いジャケットが3階の本屋、その端あたりに見えた。よっしゃ岬、よくやった!

 アタシらは勢い込んで突入し(店員は目ぇ丸くしてた)、さらに奥へ行こうとするネコの背中を捉え、

「おい岬、あそこのコーナーは……」

「み、岬はよくわからない……ですね……」

 なんてとぼけてみせたのもわからなくはない。なにせそこにはでかでかと『Rー18』って描かれた黒い暖簾。まごうことなくエロコーナーである。

 アタシたちは思わず顔を見合わせ、

「どうする? ここまで来たら」

「毒を喰らわばなんとかです! 覚悟決めるですよ!」

 討ち入るぞ、ってアタシらは吉良上野介邸を囲んだ赤穂浪士ばりに気合を入れたのだが、後ろからかかる無情な声、

「お客様、未成年の方は……」

 って店員につかまる岬。違うです、岬はいい年ですよ、なんて叫んでたがすまん、オマエはそこで犠牲になってくれ。

 アタシは暖簾のすぐ傍に靴が見えないのを確認し、そろり、足音を殺して入ったけど、

「……あれ?」

 ほんの棚にして5列ほど、そうそう見逃すはずはない。アタシはぐるり、エロ漫画やらローションやらを眺めながら――いや違う、人の気配を探りながら歩いて、やっぱりネコの姿はなく。

「ち、こりゃ撒かれたか……」

 思わず舌打ちして、エログッズの間に立ち尽くしたのだった。


 店を出て、岬は悄然と肩を落とし、

「はぁ……。岬はラーメン食って帰るです。天は?」

「いや、アタシはいいかな。ダイエット中だし」

 さいですか、ともはや元気を失った岬と別れ、アタシは来た道をぶらぶら戻り始める。

 ……まあでも、成果なしではないか。ネコが来る店が読めたのなら、今度はここからスタートすりゃアイツの家もわかる。そんなこと考えてると、

「天ちゃーん、人のこと尾けるなんて趣味良ぃないで?」

 ふふふ、と後ろから聞こえてくる薄い微笑。まさか、と振り返ればそこにはネコ、

「お、おぉ! こんなところで奇遇っすね!」

 一応とぼけてみせる。カマかもしんねえし。

 するとネコは、ふーん、と

「プライベート用のPC、デスクトップにある『新しいフォルダ』の中、『No.7』ってやつがあるやんかー?」

「っ!? ちょ、なんでそれ……!?」

 ネコはウインクして、

「あんまりウチのこと詮索するとぽろっと口から出てまうかもしれへんなー、特に七世はんがおる時に」

「そ、それは……!」

 ニヤニヤ笑いながら、ネコは手を挙げて歩き出し、

「ま、ほどほどにしいや。それに」

「それに?」

「わざとここに寄ったん、天ちゃんが興味あるかなーって思ったからやで」

「……っ! 馬鹿! くたばれ!」

 はははー、なんて笑いながら、人波に消えていくネコ。

 ……気づいたけどさ。下手すると、SIA一番の難敵って、アイツなんじゃなかろうか。

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