メンヘラに優しくすると危険


「……眠たい」


 初ステージから翌日。俺は一睡もすることができずに、事務所にやってきた。どういうわけか、メンバーそれぞれがこれ以上やらかさないよう励ましの電話をかけて以降、ラインのメッセージが尋常じゃないほど来るようになった。


 初めはしっかりと返信していたのだが、途中から


「マネージャーって料理は彼女に作ってもらいたい派?」

「ま、マネージャーさんは……告白するならどんなところでしますか?」

「マネージャー、結婚式は和風か洋風かどっちがいい?」


 などと、アイドルとしての活動に全く関係のないことを聞き出したのでだんだんめんどくさくなり、無視するようにしたら……今度は電話ラッシュ。


「どうして出てくれないの? ねぇ、やっぱりあたしのこと見捨てるつもりなんでしょ!? そうなんでしょ!?」

「ま、マネージャーさん……返事返してください……酷いです……酷い……見捨てないで……」

「……私、そんなに長く待てないんだよね」


 深夜にも関わらずあいつらは元気よく電話をかけてくるので、仕方なく相手をしてあげたら結局寝ることは叶わなかった。おいおい……前からもしつこく連絡してくることはあったが、今回ほど酷いものはなかったぞ。


 とにかく今日は仕事をさっさと終わらせて寝よう。幸いにも、3人はステージの翌日ということで休暇。事務所にくることはないから、余計な仕事が増えることもない。


「おはようございま……え」


 途中寄ったコンビニで栄養ドリンクを買い、それを飲んでから事務所に着くと、そこにはいるはずのない3人の姿があった。


「おはようマネージャー!」

「お、おはようございます」

「おはよう」


「な、なんでお前たちがいるんだ!?」


 こいつらは仕事が休みなのだから、ここにくる必要はない。だというのに、俺と同じく寝ていないはずのこいつらは、元気いっぱいに挨拶をしてくれた。


「えー、マネージャーあたしに会えなくて寂しがるかなぁって思ったから来ちゃった! ほらほら、嬉しいでしょ〜」


「ま、マネージャーさん、きっとまだまだ私と話し足りないと思っている気がして……き、来ちゃいました」


「私がいた方がマネージャー的にいいでしょ?」


 全然そんなことは思っていないのだが、勘違いをしている3人は笑いながらそんなことをいう。いやいや、今すぐ帰ってほしいんだけど……仕事増えるし。だが、そんなことをこいつらに言えば、仕事すらできなくなるのは自明だろう。


「あ、ありがとな。うん、嬉しい嬉しい。お前らの顔を見れてとってもよかったよ。それじゃあ、俺はこれから仕事だからじゃあな」


 なので当たり障りのないことを言っておいて、こいつらに帰宅することを促した。頼む、帰ってくれ!


「えーまたまた。本当はいて欲しいくせに〜」

「ま、マネージャーさんも照れ屋さんですね」

「気持ちには正直になった方がいいよ、マネージャー」


 だがまともな人間ではないこいつらが俺の真意を察するわけがなく、結局居座られることになってしまった。……しかも、みんなずーっと俺の側から離れない。

 

「おい甲斐」


「あ、はい」


 上司から呼ばれたので、一旦3人から離れる。なんだなんだ……3人のことで怒られるのか俺?


「お前、あの3人に優しくしすぎただろ?」


「え? ま、まぁ多少は」


 怒られるのかと思ったが、上司は同情するかのような表情を俺に向けて、俺の肩にポンと手をのせる。


「……あまり、メンヘラには優しくするな。危険だからな」


「え?」


 今思えば、この時その発言の意味を俺が理解していれば……合鍵作られて、家に勝手に入られるなんて事態に陥らなかったのかもしれない。


 だが、当時の俺はそれがよくわからず頷くことしかできなかった。


――――――――――

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