第4話

まず最初に気になったのが、昼時になると必ず奥様お手製の黒い二段弁当箱を広げる福岡ひかりさん(男)だった。うつ病だった。小柄で眼鏡をかけていた。福岡県出身だったがこちらの私立大学を卒業して、そのまま住みつき、結婚して2人の男の子がいた。鉄道マニアの可愛らしい子どもさんの写真を見せてくれた。

彼はすでに前職場を退職しており、その退職金で食いつないでいた。

初めての会話内容は、大学時代に踝までのソックスを履いてアルバイトに行ったら、年配の女性の従業員から、

「足袋履いて来たんじゃね」

と言われたエピソードで、大笑いしたことはよく憶えている。

彼の口癖は、

「福岡出身の福岡です、ひかりですが男です、機能はいまひとつですが男です」

だった。


その次は、僕より2週間ほど遅く通所を開始した吉田ゆり子さん。キャリアウーマンだった。

彼女は、傷病手当金をもらっていた。

初登場は上下真っ黒のコーディネートだった。

後々伺うと、

「あの頃は暗い色しか着たくなかったの」

と当時の様子を話してくれた。

僕と同い年だったが、整った顔立ちはずっと若く見えた。

彼女は適応障害だった。

休職のきっかけになったのは上司からのパワーハラスメントだったが、そんなことより、ずっとご自身の注意の欠陥が気になっていると言っていた。

ストラテラを経てコンサータを内服するようになり、やっとブラジャーの着け忘れがなくなってきたのよ!と笑顔で教えてくれた。


そして、顔が怖くてなかなか話しかけられなかった織田有希さんにもついに声をかけた。

本当は心の優しい女の人だった。

子どもさんのいる、休職中の公務員さんだった。よく小豆色のズボンを履いていて、スタッフの東さんと気が合っていた。

彼女も傷病手当金だった。

話すようになった後、午後からのプログラム(主にビジネススキル)中にも関わらず、僕が元広島東洋カープの衣笠選手の送りバント姿を真似たら、

「全然分からない」

と、彼女は腹を抱えて笑った。

楽しさをきっかけにして、調子に乗って何回もやっていたら、さすがにスタッフの澄川さんから、

「そこ、長いよ」

と、怒られた。

昼休憩に、一緒に安いステーキも食べに行った。

そこでは、ほとんど喋らなかった。

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