第1章「始まりの夢」
鳴り響く騒音。僕はこの音がいつまでたっても気に入らないが目を覚ますのには最適だろう。
スマートフォンに手を伸ばしその音を止める。時刻は午前6時30分を表示していた。今日も何気ない一日が始まる。僕は起き上がってカーテンを開けると眩しい光が目を刺した。
一日の始まりを告げる光だ。意識は混濁しているが、洗面所に向かい顔を洗い鏡に映る自分を見つめる。
「ニキビ、、、」
いつもどうでもいいことだけ気になってしまう悪い性格だ。とても直したいがなかなか人間直るものではない、仕方ないのだ。
ぼうっとしながら適当なことを考えているうちに時計の針は7時を迎える。都内の大学に通う僕にとっては急がなければいけない時間だった。昨日のうちに買っておいたコンビニのパンを急いで胃の中に流し込む。少し嫌悪感はあるが急ぐからには仕方がない。気持ちを必死に抑えながらいつもの通りに足早にバス停まで向かう。
僕の住んでる町は駅までのバスが少ないのだ。何回か講義に遅刻したこともある。二度と御免だ。
バス停に着いた直後からそんなことを考えているうちにバスが来た。ICカードを翳してバスに乗り込む。今日はやけにがら空きだった。
2人分の椅子に1人で腰をかける。僕はこの余計な物に囚われない空白の時間が大好きだ。誰にも邪魔されず1人で考え事ができるこの時間が。この時間に考えていることと言えば大抵は彼女の事だった。
これは余計なことかもしれないが僕には気になってる人がいる。大学で一緒に授業を受けている鈴本 月(すずもと ゆえ)だ。大衆的に言えば僕は彼女に恋をしているのだろう。実を言えば何回かはデートらしきものはしている。カフェに誘ったことが何回かだけだが、2人きりの時間は過ごしたことがある。そんな彼女に僕は恋をしている。
知り合った切っ掛けというのも大学でのことだ。たまたま講義で知り合ってから恋に落ちるには時間は感じられなかった。
今日も彼女に会えるのを楽しみにしているとバスが終点に着いた。再びICカードを翳してバスから降りる。ここから大学は歩いて20分程度で行ける。講義には間に合いそうだ。
僕の通っている大学は至って普通。偏差値もそこまで高くない。ただ楽がしたくて入った、それだけだ。サークルや同好会などには入らず予定がなければそのまま帰る。毎日がそうだ。アルバイトも特にはしてない。母と父から送られてくる仕送りで貯金をしながら一人暮らしをしている。
大学の門の前に着くといつもどこかの誰か分からない人が出入りしている。当たり前かもしれないが僕にとっては非日常のようなものだ。人と関わりが少ない僕にとっては誰かを覚えるなんて到底できない。
門を通りそのまま直進すれば入口が見える。そこから入り2階の講義室が今日の講義が行われる場所だ。
扉を開けると彼女の姿が見えた。他に頼りになる人がいないため、僕は彼女の隣に少し空間を開けて座る。
「おはよっ!」
元気な声が右側から聞こえてくる。彼女が鈴本だ。
「おはよう鈴本さん。」
素っ気ない挨拶で返す。彼女はかなり活発な女の子だが僕と同じくサークルなどには入っていないらしい。
「そんな反応つまんないよー!もっと元気に!」
「おはよう!」
「それでよし」
すこし声のキーを上げて挨拶を返したら彼女は納得がいったらしい。にこにこした顔でそう言った。僕が今日この席に座ったのは「彼女の隣に居ないと寂しい。」などではない。デートに誘うためだ。
女性経験のない僕にとってはハードルが高かったが何回も誘ったとなれば口に出すまで時間はかからなかった。
「ねえ、今日の午後予定あるかな。」
「特にないけど、どうしたの?」
「駅前に新しいカフェが出来たんだけど、一緒にどう?」
「それってどんなとこ?見せて!」
僕はポケットからスマホを取りだしカフェが写ってる写真を彼女に見せる。
「ここ知ってる!行ってみたかったんだよねー」
「ほんとに?よかったらどう?」
「是非!ご一緒させていただきます!」
今日はかなり乗り気だった。
4時間の講義を終えて別々で昼食を摂ってから午後2時に、駅前に集合するという約束でカフェに行くことになった。少し早く来すぎてしまったのだろう。彼女の姿は見当たらずスマホの時刻表示は午後1時40分となっていた。
僕は特にやることが無いが、駅前の風景を見るだけで十分時間潰しになった。少ししたところで彼女が横断歩道越しにこちらに手を振っているのが見えた。
信号が青に変わる。その時僕は見た、いや、見えた。赤信号のはずの道から車がこちらに向かって速度を上げて突っ込んで来ているのが。その時彼女は車の存在に気がついていない。思わず口から言葉が出た。
「危ない!」
「えっ、、」
しばらく時が止まったような感覚のあと、目の前の現実を受け入れられなくなる。
何か大切なものが崩れる音がした。壊れる音がした。消え去る音がした。僕の体が崩れ落ちる感覚がした。
目の前の景色が信じられないまま、僕は自分を恨んだ、心の底から恨んだ。
「なんで動かなかったんだよ、」
「なんで、、」
目の前のことが信じられず赤い溜まりに体が崩れる。頬が赤い溜まりに接触する感覚と同時に僕の意識は闇へと消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます