第4話 たとえ世界を敵にまわしても…そんなカッコイイ台詞、言ってみたいよね

 どれくらい時間が経っただろう?おそらく、それほど時間は経っていないと思う。そいつは唐突に現れた。


「ん?誰か来たか、なッ――」


 バアアアアンという破壊音が静寂な空気を破る。その音の方向を見れば大広間の扉が破壊されていた。


 扉が床に倒れ落ちてガンッと派手な倒壊音がする。その倒れた扉の上を歩いてこちらにやって来るのは、白い服装に身を包んだ男だった。


「ふむ、ここにいたか。既に魔族の仲間もいないだろうに、逃げも隠れもしないとは、クソの魔族の分際とはいえ、そのいさぎの良さだけは評価すべきか?」


 扉を壊した時に埃が舞ったからだろうか、男は肩についたゴミを払う仕草をする。必要以上にパンパンと払っているような気もするが。そんなにたくさんゴミがついていたのか?


「いや、無理だな。いつまでもいつまでも現世に留まりやりがって。魔族というのはウジ虫のようにしつこい奴らだ。お前らに褒めるところなどなに一つない。人類にとって害こそあれ有益なところがまるで見当たらない。病原菌にも劣る害悪だ。今日、ここでお前ら薄汚い魔族の種を根絶させようぞ」


 ――これで終わりにしてやるよ、男はそう言って腰に手をやり、剣を抜いた。


「誰ですか、あの劇的なセリフを吐く男は?」


「勇者じゃよ。それも帝国のな。あいつら、たまに魔族領に侵入しては魔族を襲って殺しまわってるのじゃよ。奴らのせいでおちおち飯も食えないのじゃ」


――奴らさえいなければ。それは憎しみや怨嗟、悲しみ、怒り、負の感情の篭った一言だった。


 ああ、食料難だけが魔族滅亡の原因じゃなかったのか。


 まあ、それもそうか。いくら食料が足りないからって、それでも百年は生きていたんだ。まったく食料が無いわけではないのだろう。それがここに来て急に命が消えていった。


 食料が無いというのも勿論原因の一つなのだろうが、そこにとどめを刺しに来た奴がいる。それがあいつなのだろう。


「さて、残るはお前ひとり。なにか言い残すことはあるか?…二人いるな?」


 あ、今まで視界に入って無かったのか。


「うん?お前、魔族じゃないな。人間か。…なぜ人種がここにいる?貴様まさか、魔族に加担しているのか?だとしたら、お前も同罪だな」


「いや、ちが…」


「魔族に加担するものはたとえ人種であろうと万死に値する。死ね!」


「いや、人の話聞こうぜ」


 マジかよこいつ。思い込みだけで俺のこと殺そうとしてるんですけど?


「お前、逃げた方がいいぞ。いや、もう手遅れじゃの。あいつ、妾たちを殺すつもりじゃのお」


「え、マジで?ていうか、なんでそんな余裕なんですか?あ、魔王は勇者ぐらい簡単に倒せるってことっすか?流石魔王様っすね!」


「妾はもう疲れた。ここで殺されて楽になるのも一興じゃのぉ」


 あ、ダメだこの人。もう諦めてるわ。


「魔王もろとろ死ね!」


 いくら同じ室内とはいえ、ここは大広間。勇者のいる位置と玉座との間にはそれなりの距離があった。それなのに、勇者が地面を蹴れば、一瞬で距離が詰まる。気づけば勇者は眼前に肉薄しており、俺に向かって右手の剣を振り下ろそうとしていた。


「消え失せぐばあッ!」


「だから人の話聞けって」


 そのまま剣を振り下ろされたら、まあ死なないにしても痛そうだったので勇者の腹に蹴りをいれることにした。


 もしかしたら力を入れすぎたかもしれない。腹を蹴られた勇者はその衝撃で、盛大に後ろに吹っ飛び、そのまま大広間を抜けて外の廊下へ。勇者は成す術なく壁に激突。ドンッという衝撃音がこちらまで響いた。


 やっべ。ちょっと強すぎたかもしれん。


 勇者は壁にめり込むようにして埋まっており、壊れた壁からパラパラと欠片が落ちていた。体はぴくぴくと痙攣しているので死んではいないだろう。ただ白目を向く姿はあまりにも無様だった。おそらく失神してるな。


「ふぇ?え、えー?」


 その光景を見ていたであろう、魔王はパチパチと瞬きをし、目をごしごしと手で拭って、再度壁に埋め込まれた勇者を見た。


「ええええええ!お、お前、なにしとるんじゃ!」


「いや、あの違うんですよ。今のはほら、あいつが人の話を聞かずに襲ってくるから、つい蹴りをいれてしまったわけで。まあ言ってみればアレですね。正当防衛?そうだよ、正当防衛だよ!こっちは襲われてるんですけど!やり返してなにが悪いんですか!」


「なぜちょっとキレ気味なんじゃ?いや、別にそこは責めておらんぞ」


「そうじゃなくて」と魔王は続ける。「あいつ勇者じゃぞ?」


「一応、この世界で魔王並みに強いと呼ばれてる、この世界で最上級の強さを持つ連中の一人じゃぞ?なんでそんな強い奴を倒せるんじゃ?おかしいじゃろ。お前、何者じゃ?」


「別におかしくないっすよ。俺だって勇者の力、持ってますもん」


「ああ、そうなんじゃ。じゃあおかしくないかのう?………いやおかしいじゃろ。なんでただの冒険者がそんな力持ってるんじゃ!」


「知らないよ。なんか昔、夢に現れた神様的な人が、暇だから最強の力あげるってお告げがあったんですよ。たぶんそれっすよ」


「そんな簡単にくれるわけないじゃろ!お前、魔王を舐めとるのか!謝れ!妾と神に謝れ!」


「舐めてねーし。そういえば小さいころ、疲れてるお母さんの肩を揉んで癒してあげたことがある。たぶんその時の善行が評価されたんですよ」


「その程度の善行、他にもやってるやつおるじゃろ!」


「いいや、いないね。確かにいそうだけど、実際問題、現実としてそこまでやってくれるキッズなんてそうはいないね。だいたい他にもやってる奴がいるって証拠あんのかよ。ないだろ?証拠あんなら出してみろよ」


「くっ…なんて嫌な奴じゃ」


 ふふ、どうやら魔王を論破してしまったようだ。俺は力だけではない、頭脳においても優れた知能を有しているのだ。力だけの脳筋ではないのだ。それが今、この優れた頭脳によって証明されたようだな。


「はあ、もうええわ。アホみたいな理由じゃが、それでもお主が勇者並みの力があるのは本当みたいじゃな。それで?これからどうするんじゃ?お主、妾には手をかけないと言ったな?」


 どうやら信用してくれたようだ。


「うん、言ったね」


「勇者のくせに魔王を殺しもせぬ。あまつさえ同じ勇者を蹴り飛ばす。お主、こんなことをしたら人類を敵に回すことになるぞ」


「…え?マジで?」


 俺はもしかして、とんでもないことをしでかしたか?


「今からでも遅くはないぞ。ほれ、抵抗はせん。妾の首を切り落としたらどうじゃ?」


「やだよ。そんなことしたら弱い者いじめみたいじゃん。どこの世界にそんな卑劣な勇者がいんだよ」


「ふむ。そこの壁に埋もれてるおるやつが今さっき…うん?あいつどこじゃ?」


 振り向けば、先ほどまで壁に埋め込まれていた勇者が消えていた。


「なんだ?もしかしたらもう目を覚ましたのか?」


 さっきまで白目むいて気絶してたんだけどなあ。


「だとしたら、逃げたのじゃろうな。どうする?追わんのか?」


「え、なんで?」


「だって逃がしたら、確実にあいつ、お主のことを帝国に報告するじゃろ。そしたらお主、魔王と組んだ人類の裏切り者の烙印押されるじゃろうな」


「…それって、すごくマズくない?」


「そうじゃな。お主、世界が敵になるぞ」


 …

 …

 …

 …

 …やッべええええええ!あの勇者早く見つけないとどうにかしないと、俺が、俺が、俺がとんでもないことになる!

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