第3話 魔族領へようこそ!なにもないけどゆっくりしてってね!

「痛ったぁ…誰じゃ!人がせっかく死のうと覚悟を決めたのに邪魔するやつは!」


 落ちた時に腰をうったのか、背中をさすりながらこちらを睨みつける。やっぱり自殺するつもりだったようだ。


「…って、本当に誰じゃお前?まったく記憶にないぞ」


「俺はわけあって今はソロで冒険者やってるリオルって言うものだ。ちなみにちょっと前まではちゃんとパーティを組んでいたので、決して友達がいないとか、仲間も作れない寂しい奴とか、他人と会話ができないコミュ障というわけではない」


「誰もそこまで聞いておらぬが?ただ、そうじゃのう、ひどく面倒そうな奴じゃなというのはよくわかった」


「それで…」魔王ルイフォールスはため息をつき、魔王とは思えないぐらい覇気もやる気もない態度で問いかける。「何用じゃ?」


「あのー、ここになんか世界を滅ぼそうとしてるヤベー魔王がいるって聞いてきたんですけど、そういう人に心あたりあります?」


「それは初代魔王のことじゃな。生憎、既に故人じゃ。もう死んでおるぞ」


「あー、そうなんですかー。ちなみにあのー、あなたはそういう感じの魔王なんですか?」


「ふむ?あー、そういうことか…」


 まるで合点が言ったといわんばかりの態度の魔王。どうやら頭の中で勝手に納得したようだ。


 いや、まだ質問終わってないんですけど?


 こちらの問いかけに応えることなく、魔王ルイフォールスはいまだに首にかかっていたロープを外すと、のろのろと玉座へ上がり、力なく腰掛ける。ひどく疲れているように見えた。


 生気のカケラも感じない視線をこちらに送る。「妾を殺しに来たのか、小僧?」


「ならば好きにせい。もう妾にお前ら人間どもと戦う意思も気力もない。魔族は敗北した。お前に魔王殺しの栄誉を授けようぞ。この命、自由に取るがよい」


 ぐったりと、脱力した状態で玉座に腰掛ける魔王の姿は、まさに隙だらけ。たとえ勇者の力がない凡人であっても今なら楽に刺し殺してしまえそうだった。


 罠…ではない。嘘をついているようにも感じない。となるとこの魔王、本気で俺に命を差し出すつもりなのだろう。でもなんで?


「あのー、なんか悩みでもあるんですか?話ぐらいなら聞きますよ?」


「フッ。悩みか。そんなものはもうない。お前、ここに来るまでに魔族に遭ったか?」


「いや、誰もいなかったですね」


「そうじゃろう。当然じゃ。魔族はもう誰もおらん。妾が最後の魔族じゃ。だから言ったじゃろ?お前たちの勝ちじゃと。魔族はもう再興できない。魔族という種は世界から消えてなくなる。良かったのう。嫌いな奴が消えてせいせいするじゃろ?」


「いや、別に俺、そこまで嫌ってないんだけど?」


 俺の質問がなにか気に障ったのか、眉根を寄せてこちらを睨む。もしかしたら怒ったのかもしれない。だがその怒りもすぐに消えて元の生気のない、無機質な顔に戻る。


「そんなわけなかろう。嫌いでなければ、憎んでなければ、なぜここまで攻める?魔族を追い詰める?お前たち人間は魔族を根絶させるつもりなのだろう?百年前に妾たち同族がお前たちにしたように。いってみればこれは因果応報という奴じゃろう。すまなかった人間どもよ、お前たちを滅ぼそうとしてしまって。もうお前たちを滅ぼすつもりはない。だから許してくれないか?」


「うん?若そうに見えましたけど、百年以上生きてるんですか?」


「そんなわけなかろう。魔族は人間より長命なものもあるが、妾はまだそんなに生きておらん。せいぜい五十年そこらじゃ」


 いや、見た目どう見ても十代後半から二十代前半くらいなんですけど?


 俺はあらためて魔王を見る。疲れているような態度のせいで貫禄こそ感じるが、十代のような艶のある肌に、すらりとした長身の美女。ただ成長するところはしっかり成長しているようで、服の上からでも形がわかるほど大きな胸をしている。


 切れ長の鋭い瞳は彼女の髪と同じ蒼い色の輝きをしており、その透き通るような眼差しがただでさえ綺麗な顔立ちをより強く輝かせている。


 とても五十歳超えには見えないよな。いや、そんなことより…


「じゃあ百年前の魔族の所業とは関係ないんですか?」


「当然じゃろ。当時を知る者はもうおらん。みんな死んでしまったからな」


 ――もうおらん、誰もおらんのじゃ。


「この地には、ろくな食べ物がない。いるのは強大なモンスターばかりで魔物を狩ることもままならぬ。唯一食べられるものといえば、不味くてたいした栄養にもならない黒草くらいじゃ。あまりにも飢えるあまり、土を食う魔族もいたほどじゃぞ」


 かっかっか、とやけに皮肉気味に笑う魔王。もしかして冗談ではなく、本当にそれぐらいの飢饉に襲われていたのだろうか?


「それでも我慢したんじゃ。先祖が犯した過ちを償う意味でも、このなにもない大地で生きようと、人間とは関わらないように生きようとしてきた。でも無理じゃった。十年前、三百万の魔族全員を引きつれて、生活できる地を求めて人類の土地を侵略した」


 ――わかるか?あの魔族の軍勢はな、あれがすべてなのじゃよ。


「もう後がない。こんな土地で生きられるわけがない。ここで勝たなければ、我々魔族の種は尽きる。だから必死にみんな戦った。だが無理じゃった。終わったのじゃよ、我々魔族は。完敗じゃ。もうなにもできん。これ以上犠牲者を出さないように必死にここまで逃げてきたが、妾たちにはもう生きる術が断たれた。戦争で傷ついたものたちを癒すこともできず、ただ死ぬだけの時間が続いた」


 ――十日前、最後の魔族が死んだ。


「そいつは、なんとか魔族を再興させようと頑張っておったわ。でも先の戦争で心の支えが折れてしまったのじゃろうな。まさか人族にあれほど強い奴がおるとはのぉ。あんな化け物がおる限り、魔族の再興など土台不可能じゃったわ。戦争を起こす前はまだ希望をもっていたが、ここに戻って以降はやる気を完全に消失してのう。食う気力も無くしてしまったようで、みるみるやせ細っていってな、死んだわ」


 ――魔族は終わったのじゃ。


「妾は強さには自信があるがの。でもそれだけじゃ。同胞がおらねばどうにもならん。ここまで聞けばもう十分じゃろう?早く妾を殺して、楽にしてくれないか?」


 ――妾は疲れたのじゃ。楽になりたい。


「侵略戦争はあくまで自分たちの食い扶持を確保するためだった、ってことですか?」


「うん?まあ、そうじゃな?」


「じゃあ安定した生活ができるなら、別に人類を滅ぼすとか、そういうつもりは無かったってこと?」


「当たり前じゃろ。だいたいそんなことして妾に何の得があるんじゃ?」


 まあ、そうだよね。それにしてもどうしようか。


 今ここでこの人殺したら、俺確実に悪役じゃん。


 おっかしいなあ。勇者っぽいことしたくて魔王城に乗り込んだはずなのに、なんか思った以上に魔族…ていうか魔王の状況が深刻なんだけど。


 なんか、弱い者いじめをしているみたいだな。


 侵略行為はさすがに褒められないけど、けどそれいったら人類側だって侵略戦争いまだにやってるしなあ。むしろ南方の大帝国の方がえげつないことしてるしなあ。


 なんか、思ってたのと違うな。


「じゃあ、いいや。魔王を倒すの、止めるわ」


 俺は魔王を倒すのを止めることにした。そんな俺に怪訝そうな表情を向ける。


「なんじゃ?殺さんのか?おぬしら、妾たちを恨んでおるんじゃろ?」


「でもずーっと我慢してたんだろ?じゃあいいよ。許すよ」


 あれ?こういうのって俺個人で決めて良いのか?うーん、まあいいか。


「え?許してれるのか?」


「うん、いいよ。許すよ」


「そう…か。許してくれるか。その、ありがとうなのじゃ」


 魔王ルイフォールスは、それだけ言うと口を閉ざした。なんだか、今までのしかかっいたなにか重いものが、ふっと外れて楽になったような、そんな気がした。

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