第2話魔王を発見!よし、最強の風魔法で倒してやるぞ!
およそ二百年前。
魔王とその配下の軍勢が世界を支配していた。
当時の魔族は人を奴隷として扱い、完全なる服従を強いていた。人類に安息はなく、その支配は苛烈を極めていて、世界は人族にとって地獄と化していた。
かつて何十億といた人類は、魔族の過酷な支配によってその数は十分の一以下へと減少。その数が増える兆しは一向になく、魔族の支配によって人類という種はかき消されそうとしてた。
魔族は、人類をこの世界から根絶やしにしようとしていたのだ。
そんな時、勇者と呼ばれる特殊な力を持つものが現れた。
桁外れの力を持つ勇者たちは奴隷となった人類を魔族から解放し、人類軍の希望となった。
人類と魔族との生存をかけた戦いは百年以上続き、そして魔王の討伐によって勝敗は決した。
初代魔王フェルレイドを討伐した勇者は、まさに人類にとって英雄的な存在と化した。
魔王を失った魔族軍は大陸北部にあるアルド山を超えて、その先にあるゼートル半島へと逃亡。そこで残された魔族たちは再び人類に牙を向くべく、軍を立て直すことにした。
そして十年前。
第七代魔王ルイフォールスとその配下の魔族軍三百万の軍勢がアルド山を超えて再び大陸へと侵攻。
人類軍と魔王軍との戦いが再び始まった。
当初は魔王軍が優勢だったこの戦い。しかし帝国と聖堂騎士団の勇者たちの参戦によって魔族軍の勢いは止まり、やがて徐々に戦況は覆され、人類側が優位になっていった。
勇者たちの力は凄まじく、魔族軍の勢力は徐々に縮小。魔族軍の中でも特に力のある者たちが次々と討たれていった。
戦況が不利になることで魔族軍の侵攻はいよいよ不可能となり、やがて戦線を維持できなるほど魔族軍は追い詰められていく。
これ以上の継戦は不可能と見るや、七代目の魔王ルイフォールスは多くの配下を失いつつも北部へと逃亡。再びアルド山の向こうの半島へ追い込まれていった。
アルド山を挟む形で人類軍と魔王軍との戦いは現在も続いている。
もしも第七代魔王を討伐することに成功すれば、戦争は終結し、魔族からの脅威から人類を解放することができるだろう。
代七代魔王ルイフォールス。強大な魔力を有する魔族の魔術師。
現在生存が確認されている魔族軍の中でもっとも強大な力を有する、魔族の最後の王である。
その首にかけられた懸賞金は金貨百万枚。さらに帝国より高級貴族の爵位の授与。魔族の討伐に成功すれば、アルド山より北部の土地を支配する権利を帝国より認められる。
たった一人に賭けられる褒賞としては破格の扱いだった。一方で金銭で魔族を滅ぼせるならこの程度の報酬は安いものだ、そう考える者もいる。
かつて魔族に絶滅させられかけた人類の、魔族に対する憎しみは百年の月日を超えた現代にも確かに残っているのだ。
魔王の配下には十二将と呼ばれる非常に強力な魔族の戦士がいたのだが、彼らは既に帝国の勇者たちによって討伐されている。
もしまだ生きていれば、彼らにも高額の懸賞金はついていたことだろう。その懸賞金に見合うほどに彼らは強く、そしてそれ以上に勇者たちは強かった。
そんな勇者たちが唯一倒しきれなかった相手。それが七代目の現魔王、ルイフォールスその人だ。
蒼く長い髪に、黒色の角を二本頭部より生やしているその魔族の王は、今もゼートル半島にて魔族の再起を図っているのかもしれない。
もしも再び魔族軍が襲ってきたら?勇者が破れて再び人類が魔族の支配下に堕ちたら?
魔族の苛烈な支配による恐怖はいまだ根強く大陸には残っている。魔族に対する恐怖はとても強く、それ以上に強い憎しみが人類の記憶に刻まれていた。
魔族の王の終焉。それは同時に人類にとって真の平和が訪れる瞬間でもあるのだ。
「というわけで、来ちゃいました。ゼートル半島。いやー、すごい遠かったわー」
パーティをめでたく追放された俺はその後、とりあえず勇者の目標といったら魔王の討伐かな?という適当なノリでゼートル半島にやってきた。
一応戦時中なので止められたりしないかなあ、なんて警戒していたけれど、既に魔王が半島へと退却してから数年が経過しているということもあってか、あっさりアルド山を超えることができた。
しかしなんで人類は半島に侵攻に行かないのだろうと不思議に思っていたけれど、アルド山には魔王と同レベルで厄介なモンスターがわんさかいたので、攻めたくても攻められなかったのだろう。
一つ目の炎を吐く巨人とか、雷をまき散らす八本脚の巨獣とか、二十メートルくらいありそうな巨大な鳥とか、危険すぎるモンスターがこれでもかってぐらい大量にいた。そりゃ進軍なんてできないよね。魔王を倒す前にこっちがやられてしまうよ。
ていうかこんな危ない山を超えてよく魔族軍は進軍できたよなあ。…いや、できないから最後の最後まで抵抗していたのか。
聞いた話では、魔王ルイフォールスが撤退するまでに、三百万いた軍勢は一万以下まで減っていたらしい。
普通に考えたら全滅に近い敗北である。
これは決して魔族側が弱いというわけではない。勇者サイドが強すぎたのだ。
たった一人で一騎当千の力を発揮する勇者は、まさに歩く大量破壊兵器だ。
彼らが剣を振るえば大地が切り裂かれ、魔法を放てば地面にクレーターができる。
もはや戦いと呼べるものではない。一方的な殺戮だ。
魔族の十二将もかなりデタラメな強さらしいが、勇者の強さはそれを上回る。太刀打ちできるのはまさに魔王一人ぐらいだろう。
そう、勇者はまさにデタラメな強さを持っている。つまり、勇者の素質がある俺が強いのも当然だし、そんな常識外な強さを持っていたらたとえ同じパーティの仲間だろうとドン引きするのはむしろ当然なのかもしれない。
「そうだよな。たかが薬草を摘むだけのクエストに風魔法の暴風裂空斬なんて必要ないよね」
あれはまだパーティを組んでいた時の話。
なんでみんなと一緒に和気あいあいと、仲良く薬草を摘むということをせず、俺は強力な風魔法で薬草を一気に吹き飛ばしてしまうという暴挙に出たのだろう?
違うんだよ。ただみんなの前でちょっとカッコつけようと思っただけなんだよ。
でもそうだよね。確かにあの時のパーティの人たち。え、こいつなにやってんの?薬草が吹っ飛んでるんですけど?バカじゃねえの?みたいな顔してたもんね。
あのときのパーティの冷たい視線。今なら意味が痛いほどわかるよ。こんな痛み、知らなければよかった。
ちなみに吹っ飛ばした薬草は重力魔法で一ヶ所にまとめて落としたから、無駄にならずには済んだよ。
でも、うん、そうだよね。普通にやればいいことは、普通にやればよかったんだよ。こういう強すぎるチートな能力はね、帝国の勇者みたいにさ、強大な悪を相手にぶち込めば良かったんだよ。
そう、俺は力の使いどころを間違えたのだ。
だからこそ、今度は間違えない。暴風裂空斬は魔王に撃つべし。薬草には撃たないべし!
間違っても、魔王以外に強力な魔法は使わないようにしよう。
そんなことを考えつつ俺はこのなにも無い荒野を延々と歩き、ついに魔王城を発見。
っていうかここ、本当になにも無いな?かつて魔族たちが住んでいたであろう、石を組み立てて作ったボロ小屋がそこらにある以外に、これといって目立ったものはなかった。
ただ不思議に感じたのは、住居はあるのに畑とか牧場とか、生活の糧を得るための施設が見当たらないことぐらいだろうか。魔族は一体なにを食べて生活していたんだ?たまたま近くに農場が無かっただけなのだろうか?
そんな何もない場所だが、ただ魔王が住むための城だけは立派なものにしたかったのか、くたびれた荒野にぽつんと一つ、大きな城が建っていた。
城、なのだろう。というかこれ以外に城と呼べるものがない。
大きいと言ったが、見上げるほど大きいわけではない。むしろこれより大きい建物を帝国で見たことがあるくらいだ。大陸でもっとも貧しい国でも、この城より豪かな建造物があるだろう。
ただ最低限、城に見えるように頑張った、そんな素人臭さがあった。
魔族って貧乏なのかな?
魔王が住むにはやけに荒れている城門を抜け、正面から堂々と入る。もしかしたら魔族軍に見つかるかもしれないと思ったが、なんの攻撃を受けることもなく侵入できた。
あれ、妙に静かだな?魔族はどこにいるんだ?
そういえば魔族側の領土に入ってから、一度として魔族に遭ってないな?
俺が今日ここに来たのは本当に偶然の偶然が重なった結果なので、まさか待ち伏せなんてするわけがないだろうし。
正門の扉から城へと入り、やけに静まりかえった城内を歩き回る。しかしどこにも人影はなく、これといって目立つものはなかった。
人がいないのも十分に妙だが、食料まで無いのは流石におかしくない?
食堂らしき場所を見つけたが、そこに食べれそうなものはなにもなかった。なんか黒っぽい草があったが、まさかこれを食べているのか?
かといって住んでいた形跡が無いのかというそんなことはなく、ちょっと前まで誰がいたであろう形跡はあった。
たとえば窓から外を覗けば、最近になって誰かが埋められたであろう墓がある。
…魔族はここにいた。ただ、死んでしまったのかもしれない。
一階には誰もいなかったので、二階に上がる。そこでいかにも魔王がいそうな大きな扉を見つけた。
――いる。
扉の向こうに人の気配がある。こんなところにいる魔族といったらもう魔王しかいないだろう。これでまったく関係ない人がいたらショックだよ。
ようやく、だ。ようやく、勇者らしいことができる。今度こそ他人に引かれるような振る舞いは避けよう。もっと勇者らしく、勇者があるべきクエストをこなすんだい!
俺は扉を開けた。
小さく軋むような音がする。やがて扉が開かれ、魔王城の大広間が視界に入る。
かつて魔王が座っていたのであろう玉座に人がいた。
青い髪。黒い二本の角。魔族にしてはやや白い肌をした女。
七代目魔王のルイフォールスだ。
うん、玉座に魔王がいるのは良い。それは当たり前のことだし。問題は玉座であるにも関わらず、魔王が玉座の上に立っているということだろう。
玉座で普通、座るものじゃないの?魔族の世界では立つものなのだろうか?人の上に立つのが王である、だから玉座でも立つ、みたいな?
魔王は今、その両手に輪っかを作ったロープを握りしめていた。ロープの反対側は天井よりぶら下がっているようだ。
「待たせたな、皆の者。安心せい、妾も今、そっちに逝くぞ」
魔王は輪っかを首にかけ、ぴょんと玉座から飛んだ。
「ちょ、ま、あの、え、それマズイって、ぼ、暴風裂空斬!」
詠唱とともに風魔法の暴風裂空斬が発動した。一太刀の風の刃が高速で魔王の頭上へと迫り、その風刃はロープを切り裂いた。
ロープが切断されたことで魔王の首はそのまま吊られることなく落下し、お尻から地面に落ちた。「キャン!」となんだか可愛らしい悲鳴があがる。
「あ…魔王以外に暴風裂空斬やっちゃった」
なんか思うようにいかないんだよなあ。
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