夜空の果てへ交信する蛍

長月瓦礫

夜空の果てへ交信する蛍


ぽつぽつと真っ暗な天井に光が灯る。

夜空に抽象的な絵画を描くように、何度も光る。

点と点が結ばれ、一つの物語を紡ぎだす。


「あそこにあるのが木星なんだって」


「へえ」


少女が天井を指さした。月の横にひときわ大きく輝く星があった。

隣の少年も天井を見上げる。


「ねえ、イル」


「なに、ウェル」


「みんなどこに行っちゃったんだろうね」


「分からない」


この街は背の高い建物が並び、綺麗に整えられた道がずっと続いている。

寂しい大都会は、広大な砂漠のようだ。


ある日、この街の住民が消え失せた。

失踪した原因と生き残りの救出のため、イルとウェルが派遣された。


この街はとある年を繰り返しており、年末を迎えると必ず最初に戻ってしまう。

時間が進まず、何回もループしていることが判明した。


時間を操る目的とその技術に関する有力な手がかりは何も見つからず、探索と調査を続けていた。誰かがいる痕跡は見つかるのだが、生き残りは見つからない。


大型商業施設も他と同じだ。

商品やマネキンだけが取り残され、店には誰もいない。

空き店舗が並ぶ中、このプラネタリウムがひときわ目立っていた。


どうやら、娯楽施設の一つとして併設されたようだ。

クッションの利いたイスが並び、天井を見られるように背もたれが斜めに傾けられている。


季節ごとの星空がすべて自動で再生される。

心地よい声がドーム状に響き、様々な物語を語っていた。

今の時期は木星も肉眼で見ることができるらしい。


「ねえ、イル」


「なに、ウェル」


「あれ、星じゃなくない?」


「は?」


天井から流れ星が落ちてきた。

イルが受け止めると、それは一匹の蛍だった。

モーターの音をうるさく鳴らしながら、しゃかしゃかと足を懸命に動かしている。

星たちの中に紛れ込んでいたようだ。


「どうしたんだろうね、この子」


蛍は一定のリズムで光を放っている。

それが信号であり、誰かから送られたメッセージであることを即座に理解した。


「本日はご来場ありがとうございます。

ここでは見られない星空をお楽しみください……なんだそりゃ」


「生き残りの人が送ったわけじゃないのかな」


この建物に街の住民がいないのは確認済みだ。

蛍は再び点滅する。信号を発する。


「木星には衛星がいくつあるでしょうか……イオ、ガニメデ、エウロパ、カリストの4つだろ?」


イルがそういうと、天井に木星が映し出された。

各衛星の名前が順々に表示され、解説が始まった。


「ねえ、イル」


「なに、ウェル」


「木星からは月が四つに見えるのかな」


「何言ってんの?」


「残念ながら、木星から衛星を観測した記録がないので分からないのですよ。

でも、非常におもしろい発想です。いつか見られるといいですね」


長方形の白い胴体にタイヤが四つついたロボットが話しかけてきた。

液晶にはシンプルに描かれた表情があり、笑顔を見せている。


「私は当館スタッフのネクサスと申します。

どうぞ、よろしくお願いいたします」


「私はウェル、こっちはイル。

私たちはこの街が消えた理由を探してるんだけど、何か知らない?」


「申し訳ありません。よく分かりません」


「君以外に誰かいないのか?」


「私どもスタッフは、お客様に充実したサービスをお届けするために存在しております。どうぞ、お気軽にお申し付けください」


ネクサスに似たような箱型のロボットが次々と現れた。

このロボットたちはプラネタリウム以外のことは何も知らないのだろう。

記録は共有されているだろうから、誰に聞いても同じことを言うはずだ。


イルは呆れたように首を振った。話が通じないと判断したらしい。


「じゃあ、これは知ってる?」


ウェルが蛍を見せた。

蛍から発せられた光を見て、ネクサスの顔も同じように点滅する。

誰かと交信していた。


「大変失礼いたしました。お怪我はございませんか?」


「それは大丈夫なんだけど」


「上映中に申し訳ございません。

こちらはプラネタリウムの監視カメラとなっております」


「監視カメラ?」


「はい、このプラネタリウムの最高責任者である三日月が設置したものでございます。従来のカメラよりも小型化し、撮影範囲を広めたものです」


ネクサスはそう言っているが、先ほど蛍と会話していた。

カメラの機能も備わっているなら、二人のことも知っているはずだ。


「その人は今どこにいるんだ? 俺たちはその人と話がしたい」


「はい、ただいまお呼びいたしますので少々お待ちください」


再びネクサスの顔と蛍が定期的に光を発し、交信を始める。

蛍の向こう側に誰かがいる。この街のことについて、詳しく聞けるかもしれない。


「お待たせいたしました、三日月と変わります」


『……誰だ、俺のプラネタリウムにいるのは』


機械音声から不機嫌そうな男性の声に変わった。


『お前らのことは入り口からずっと見ていたんだ。

こんなところに何の用だ?』


「初めまして、三日月さん。私はウェルっていいます。

イルと一緒にこの街が消えた理由を探しに来ました」


『そんな話は聞いていない。

そもそも、結界があったはずだろ。誰も通れないようにしていたんだが』


「俺たちは人間じゃないから、そんなものは効かない。

アンタこそ隠れていないで、出てきたらどうなんだ?」


強気なイルの言葉に、マスターは意外そうな声をあげる。


『お前ら、アンドロイドか? 

そうか、ついにそういうのが来ちゃったか。なるほどねえ』


「アンタは今、どこにいるんだ? 聞きたいことが山ほどあるんだ」


『悪いんだけど、俺はこの街にいない。はるか遠い場所にいるんだ』


「木星とか?」


『そんなわけないだろ。けど、宇宙に行けたら幸せだったかもしれないな?』


三日月は軽く笑う。


『お前ら、プラネタリウムの備品には触っていないだろうな。

アレが壊れると大変なことになる。冷やかしなら出て行ってほしいんだが』


「俺たちはこの街について、知りたいだけだ。

どんなことでもいいから、教えてほしい」


しばらくの間、沈黙が降りた。

蛍とネクサスが交信し、何かを言い合っている。


『お前らに見つかってしまった以上、隠し事はもうできない。

どうしたもんかね。上の連中は知ってるのかな』


「街の人がそこにいるのか? 何をしてるんだ?」


『……何してるんだろうなあ、俺らは。よく分からないや』


ため息交じりに笑った。

何か教えられない理由でもあるのだろうか。

この街を結界に閉じ込め、時間を停止させるのはなぜだろうか。


『やまない雨はあると思うか?』


「急になんだ?」


『単なる質問だよ』


「天文学的観点で言えば、ないと答える。

天候は常に変化し続けている。

雨雲はいずれ去り、いつか晴れ間が見えるはずだ」


ウェルもうなずいた。雨は気象の一つであり、変化し続けるものだ。

人間の思考を問うような質問をした三日月の意図が分からない。


『実にアンドロイド的発想だな』


「俺たちに人間の心を理解できると思うか?」


『そうかよ。俺もお前らのことなんて分からないしな。

種族間の壁は乗り越えられないってことかね』


三日月はぼやいた。


『……貸本屋で待ってるからな』


「貸本屋?」


『詳しいことはネクサスから聞いてくれ。

この街の案内を任せることにしたから』


音声がぶつっと途切れ、ネクサスの表情が戻った。

話すだけ話し、逃げるように消えてしまった。

何も話してくれなかった。


「それでは、この街の地図をお渡しいたします。

貸本屋ブルースプリングは現在地から約5キロメートル先にございます」


地図と参考文献リストを渡してくれた。

この街にかかっている結界や時間を操る方法など、多岐にわたっている。


「どうなってんの? さっきの雨の話も関係あるのかな?」


「さっきのアレは、思考実験的なことをしたかったんだと思う」


「私たちを試してたってこと?」


「そのつもりだったのかもしれない」


この街を調査しに来た自分たちを試した。

貸本屋へ向かうように指示をしたあたり、三日月の満足のいく答えを出せたのかもしれない。


「これらの文献はあなた方の目的達成に大いに貢献できるでしょう。

いい報告を待っております」


ネクサスは笑顔で見送ってくれた。

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