4.暗礁公路……④

 ジール王国の民にとって、今や『勇者マックス一行』の活躍は誇りでもある。


「流石は我等がジールの勇者だ!」


 船長が誇らしげに言うと、船乗り達も大きく同意するように頷いた。


 困難や混乱の中では、人々はしばしば未来への希望を見失いなってしまう。

 そんな打ち続く混迷した世界に、絶望する人々に光を灯す存在として『勇者』は存在する。

『勇者』と呼ばれし者の行動や、戦いに勝利する姿は人々に明日への活力と生きる希望をもたらしていく。

 たとえ敵がどんなに圧倒的に強大であっても『勇者』の存在は「状況を変えられる可能性がある」という信念を象徴している。


 当時17歳の少年マックスが、ジール王国宰相たるカール・グスタフ・フォン・ラウレンツと、その主人にして志尊の冠を頂くレオポルド18世により勇者に認定されたのは、今から3年前の事だ。

 それはマーキュリー王国暦で1780年。折しもマーキュリー王国では、孤児のシェリルがホーリーウェル魔導学院の特別生イレギュラーズとして迎えられ、寒村ウーラニアー村を離れた時のことだ。


 ジール王国は、マーキュリー王国同様、領主貴族による封建制を用いていたが、『貴族』と『新貴族』と呼ばれる『土豪ユンカー』勢力との対立が激化し、国を二つに分かっての内乱が起きていた。

 マックスの住まう村も、この内乱に巻き込まれ滅ぼされてしまった。


 一度は親に促され、遠くの海へと脱出したマックスだったが、そこで出逢った人魚族マーメイドの少女ナディアともに再び故郷へと戻る旅をする。

 しかし村は跡形もなく滅ぼされ、彼はこの忌まわしい世界を呪い、この世界から争いを奪うために勇者になる道を選んだのだ。


 こうして辺境に住まう一介の刃物鍛冶に過ぎなかった青年が、仲間達と共に数々の危機から人々を救っている。その噂は国境を越え、遂にはフィルツブルグ聖皇国をも動かすことになる。

 彼等は海を渡り、遥か東方のフィルツブルク聖皇国へと向かっていた。


「あの使節が来たときは驚いたな」


 船室に戻り、勇者パーティーの5人だけになると、ゲルハルトが静かに呟いた。


「まさか、あの教皇・・・・が、マックスを『聖なる・・・勇者』認定するなんて言い出すとはな」


 マックスは黙って頷いた。

 フィルツブルグ聖皇国から派遣された使節団が、ジールの王都アイヒシュテットに現れたのは6ヶ月ほど前のことだ。

 敵対する異教徒国マーキュリー王国を挟んで向かい合う両国は、同じアニマ教を信仰する隣国とはいえ、その関係は極めて冷ややかなものだった。


 世にある様々な宗教に宗派があるように、この惑星『アナトリア』に広まるアニマ教徒にも、複数の宗派があり、解釈の違いや細かい分派などが存在する。

 伝統と教皇の権威を重視する『フィルツブルゲン派』と、形式にこだわらず聖典の教義を重んじる『グロイビゲン派』が、国政を支配する両者は、長い歴史の中で幾度となく対立を繰り返している。


 共通の敵であるマーキュリー王国の存在が、辛うじて両国の武力衝突を回避させているが、教義の違いがここまで世界の情勢を支配している。

 逆に言えば、マーキュリー王国の政治力こそがバランサーとなり、両国間の緊張状態を維持させているのだろう。


 ともあれ、フィルツブルク聖皇国とジール王国の関係はお世辞にも良好とは言えない。マーキュリー王国が『敵対国』ならば、お互いは『仮想敵国』と言ってもおかしくはない。

 それが突然、マックスを『聖なる・・・勇者』として認定すると言い出したのだ。

 もちろん彼等の故国ジール王国では、マックスは既に『勇者』として認められている。


「やっぱり胡散臭いな」


 船室で静かに語り出したのは、細身の遊撃士コンラートだった。彼の鋭い目は、遠くの海平線を見据えながら、状況を冷静に分析していた。


「俺達グロイビゲン派に、フィルツブルゲン派の教皇様が、このタイミングでマックスを『聖勇者』として認定するなんて、当然の事なんだが、単純に喜んで良いものじゃない」

「政治的な意図があるって言いたいの?」

「ああ」


 ヨゼフィーネが訊ねると、コンラートは静かに頷いた。


「私もそう思う。でなければ私のような人間族ヒュームでない者を教皇様が認める訳ないから」


 ナディアも同意した。彼女は人間族ヒュームではなく、精人魚族ローレライだ。心理状態を読み解くのに長けており、今回の出来事を政治的な駆け引きと判断しているし、鋭い洞察力を持っていた。


「フィルツブルグ聖皇国は、グロイビゲン派が支配するジール王国に、何らかの政治的メッセージを送りたいのかもしれないわ」


 マックスは黙って仲間達の会話に耳を傾けていた。

 彼自身、この突然の『聖勇者』認定の真意に疑問を抱いている。

 ヨゼフィーネが静かに言った。


「結局、ジール王国も、マーキュリーの脅威には危機感を抱いているんですから……」

「確かにな。マーキュリー王国の力が、だんだん強くなっているって、各地で噂になっていたし」


 マックスが呟くと、ナディアが「そう言えば」と言って彼に応じた。


「マーキュリーの魔導研究は独特な方向性を持っているって聞いたことがあるわ。機械と魔法を組み合わせた兵器の開発に力を入れているって……本当かしら?」

「そうそう、商人から聞いた話だと、マーキュリーの南部で、魔力で動く馬車が走っているとか」


 コンラートが腰に下げた短剣を軽く叩きながら言う。が、ゲルハルトには想像がつかないらしく首を盛んに傾げていた。


「馬に強化魔術でも施しているのか?」

「いや……どうやら馬が無くても走るらしいと……」

「馬がない馬車って? それは馬車とは呼ばないのでは?」

「俺も見たことがないから何とも言えん……」

「じゃあ馬車じゃないだろう?」

「しかし、見た奴が言うにはな、馬が引くような車両コーチらしいんだ」

「だったら、それ馬車じゃないか?」

「でも、馬がないって言うから……」


 コンラートとゲルハルトが繰り返す不毛な言葉なキャッチボールを、傍らにいるヨゼフィーネは、極めて冷ややかに見守っている。その手にハリセンを握りしめて……


「まあ、噂話の類かもしれないけど、とにかく只者じゃないってことだけは確かね。私達も警戒しないと……」


 ナディアの言葉に一同が黙り込む。

 宰相ラウレンツの深謀遠慮を考えると、この認定には複雑な政治的意図が隠されているに違いない。

 単純に彼の功績を称えるだけではない、何か別の思惑が見え隠れしていた。


 フィルツブルク聖皇国は、マックスを通じてジール王国に何を企んでいるのか。そして、宰相ラウレンツはその意図を見抜いているのだろうか?

 海は依然として静かだった。

 しかし、その静けさの奥には、政治的な緊張と未知の力が潜んでいるかのようだった。

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