3.暗礁公路……③
ヨゼフィーネの
ナディアはその横で
船全体を張り詰めた空気が覆い、その中で、勇者マックスと仲間達はそれぞれの役割を全力で果たそうとしている。
ゲルハルトは大槌を構え、船体に巻き付いた触手を目がけて全力で振り下ろした。
その一撃は、触手の内部にまで衝撃を伝え『ゼーアドラー号』を締め付ける力を緩めた。
「よし、効いてるっ! もっと叩き込むぞ!」
「そうら、もう一発喰らいやがれっ!」
ゲハルトが続けざまに攻撃を加える間に、コンラートは弓を引き絞り、魔力を込めた矢を放った。
その矢は光の尾を引きながら飛び、
「やっぱり本体に攻撃を集中させるしかない! ナディア、どうにか中心部を露出させられるか?」
マックスが問いかけると、ナディアは小さく頷いた。
「やってみる。でも、詠唱に少し時間が掛かるから援護して!」
「了解だ」
マックスが応えるとナディアは再び長杖を振り、海水を巻き上げながら呪文を唱え始めた。彼女の周囲には紫の光が収束し、やがて巨大な水柱が海面から立ち上がった。
「これで引きずり出すわ! 『
ナディアの叫びと共に、水柱が
「今だ、マックス!」
ゲルハルトが叫ぶ。
マックスはその声に応え、全身に力を込めて剣を構えた。剣からは眩いばかりの光が放たれ、彼が『勇者』と呼ばれる
「『
光の刃が放たれ、
「やったか……?」
コンラートが弓を下ろして、船縁に進んで海を眺める。
「そんなお約束の台詞言わないでよ!」
ヨゼフィーネが声を張り上げた直後、海面が一際大きく盛り上がり、触手を失った
それは現世で言う『魚雷』のようであり、ゲルハルトとコンラートが息を飲んだ。
「アレ……やばくないか?」
「あんなの喰らったら、船が木端微塵になっちまう!」
百戦錬磨の猛者達であっても水中戦はできない相談だ。身に着けた装備や濡れて纏わり付く服が自由を奪うし、そもそも
その時、二人の前をマックスとナディアが静かに舷側へと進み出る。
「マックス! 何を……?」
「問題ない。想定内だ」
戸惑うゲルハルトに、マックスは不敵な笑みを見せると、傍らの
「詠唱している間、牽制していなくていいのか? ナディア」
「これは大丈夫。準備してた」
ナディアは、マックスに笑顔を見せて、紫色の三角帽子を被り直し、宝石を散りばめた長杖を掲げた。
左手が術式を描くように、空中で複雑な軌跡を描き始めた。彼女の周囲に魔力の環が現れ、紫色の光が渦を巻く。
詠唱が始まり、紡ぎ出される言葉が、一つ一つ確かな力を帯びて響く。
「汝、天空を統べる風よ
汝、雷霆を司る稲妻よ」
ナディアの声は透明な力に満ちていた。波しぶきを浴びながらも、その口上に一切の乱れはない。長杖の宝石が次々と輝きを放ち、彼女の周囲には幾重もの魔法陣が浮かび上がる。
「我が意志に従い、力を重ねよ
天空より降り注ぐ怒りとなれ」
魔力の渦は激しさを増していく。
紫色の稲妻が闇色の雲を作り出し、その周囲を旋回し始める。
「雷となりて敵を貫け!」
ナディアの両目が紫色に輝く。彼女の
「
詠唱の完成と共に、轟音が響き渡った。
大気が振動し、潮風が逆巻く。ナディアの魔法は、自然の力そのものを操るかのような威力で、
海面が紫色に染まる中、マックスは会心の笑みを浮かべた。これぞ
その隙を突いて、マックスは再び剣に聖なる光を宿らせた。
『
「うおおおっ!」
マックスは甲板を駆け、蹴り上げると一気に宙を舞う。
その剣筋は無駄がなく、一撃一撃に確かな狙いが込められていた。聖なる光は魔物の再生を妨げ、真っ二つに切断された胴体はもはや元に戻らない。
それは深い海から響く、底知れぬ憎悪に満ちた咆哮。それでも、マックスは怯まない。
「これでも喰らえっ!」
彼は分断した胴体を蹴り上げ、海面から姿を現した巨大な眼球に向かって剣を振り下ろした。聖なる光が海を照らし、
やがて、波は静かになり、甲板に着地したマックスは、駆け寄ってきたナディアがハイタッチを交わす。
「今度こそやったのか?」
ゲルハルトが呟くと、ナディアが微笑みながら答える。
「ええ、完全に消滅したわ。これでもう大丈夫よ。」
甲板には静けさが戻り、嵐も徐々に収まり始めていた。
しかしその静寂も束の間。今度は船内が大歓声に包まれた。乗組員達は手を取り合い、お互いを抱き締め合い歓呼の声を上げる。
「みんな、本当によくやってくれた! ありがとう」
マックスは剣を鞘に収め、仲間達に頭を下げた。
「ふん、これぐらいで感謝されても困るぜ」
「まだ航海は続くんだろ? 俺の活躍はこんなものじゃないんだぜ! 今度は特大の火炎魔術を込め……」
ゲルハルトが照れ臭そうに笑い、コンラートが自慢気に自らの胸板を叩く。
直後ヨゼフィーネのハリセンが、容赦なく彼の頭に襲い掛かってくる。
「あんたは火炎魔術を封印しておくこと! 判った?」
「いや、しかしだな。火矢の攻撃こそ一番威力が……」
「ちょーと、あっちで
力任せにコンラートの左耳を掴み、ヨゼフィーネが強引に引っ張ると、彼は堪らずに悲鳴を上げた。
「イタタタタタ! 判った、判ったって! 冗談だってばよ! ちょっとお茶目な冗談なくらい判っ……痛い痛い痛い!」
「問答無用よっ!」
それまでの緊張を解すような二人のやり取りに、甲板にいた者達に笑顔が戻る。
こうして、一行は次なる目的地であるフィルツブルク聖皇国へと再び帆を上げる。
だが、目的地である聖皇国では、さらなる試練が待ち受けていることを、まだ誰も知らなかった。
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