17.魔術授業……⑤   ☆

「そこまで申されるのなら、披露しようではないか! 我が奥義『砂粒投射サンドブラスト』を!」


 ハサンの声に、イナバの紅玉ルビーの瞳が輝きを増した。

 兎人族ラビノイド固有技能ユニークスキルである『魅了チャーム』が、彼女の言動に自然と溶け込んでいた。


「わぁーい!」


 イナバが嬉しそうに拍手する。その動きは極めて自然で、あざとらしさは微塵も感じられない。


「じゃあー、その技をボクに向けて撃ってください、ですぅ!」

「い、いや! それはいくら何でも危険では?」


 いきなりの申し出にハサンは血色を失って手を左右に振って拒否しようとする。だが、イナバは構わずに微笑む。


「問題ないのですぅ! ボクは先生なのですぅ、君のヘッポコ魔術を防ぐことくらい造作もないのですぅ!」

「はっ?」


 戸惑っていたハサンの表情が一気に険しくなり、直後真っ赤になった。

 それまでさんざん持ち上げられていただけに、ハサンの感情は一気に反転した。忌み嫌う獣人種という事も重なり、ハサンは敬語を使うのも忘れて怒気を露わにした。


「待て、ハサン殿! これは先生の……」


 トーマスが慌てて肩を掴むが、ハサンはそれを振り払って吠えた。


「本気で言っているのか? 発言を取り消すなら今だぞ、今なら許してやる!」

御託ごたくはいいから、とっとと撃ちやがれ! なのですぅ!」


 イナバが不敵な笑みを浮かべ、両手を腰に当てて言い放つ。

 それがハサンの自尊心を刺激し、挑発的な言動にとうとうハサンは激高した。


「死んでも恨むでないぞっ!」


 ハサンの瞳が憤怒に燃えた。両手を前方に掲げ、詠唱を開始する。


「大いなる大地の精よ、聖なる風を纏いて敵を滅ぼせ!」


 魔力が周囲に渦巻き始める。空気が轟音を立て、地面から砂粒が舞い上がっていく。


「我が意のままに昇華せよ!」


 詠唱の最後で、ハサンの声が轟く。


砂粒投射サンドブラスト!」


 無数の砂粒が光の矢となって、一直線にイナバへと突き進んだ。魔術の衝撃で、周囲の空気が裂けていく。これは確実に命を奪いかねない威力を持った攻撃魔術だった。


 しかし、イナバの表情は変わらない。右手を軽く空中で円を描くと、虚空が歪んだ。


「出てくるですぅ! ボクの『魔鎚ミョルミル』!」


 歪んだ虚空が漆黒に変化し、イナバが手を突っ込むと、そこから金色こんじきに輝く巨大な槌が姿を現した。驚いたことに大槌は彼女の体格ほどもある。


「なっ!?」


 驚愕したハサンの目が大きく見開かれた。

 イナバは静かに立ち上がり、その巨大な槌を両手で構えた。生徒達の視線が一斉に彼女に集まる。


「ジャストタイミングですねぇ。さあ、次はボクの番ですぅ!」


 イナバの白い耳が前に向かって立ち、目の前の攻撃に集中する。そして、大きな槌を、まるで木切れを持つかのように軽々と振り上げる。その動作は優雅で一切の無駄がなかった。


鋼鉄風車スチールサイクロン!」


 巨大な槌が大気を切り裂き、砂粒の波を跳ね返す。その威圧感に生徒達は思わず身構えた。


「何……だと……?」


 ハサンの顔から血の気が引いた。

 自信満々に放った最大魔術が、まるで煙を払うように易々といなされたのだから無理もない。


「もう終わりなのですかぁ? まだ5秒しか経ってないですよぉ? 持続時間がまるでなってないですぅ!」


 独特の口調のイナバの声であったが、明らかに厳しい叱責が込められており、彼女の紅玉ルビー色の瞳が鋭く光る。


「まだだっ! まだ終わらんよ! もう一発っ……」


 ハサンは再び術を放とうと手を上げる。

 しかし、その瞬間、膝から力が抜けた。体が前のめりに傾ぎ、冷や汗が額を伝う。


「あれれ、やっぱり終わりなのですかぁ?」


 大槌を肩に担ぎながら、イナバが微笑む。その仕草には一片の無駄もない。


「あれだけ大口ブッ叩いて、たった一発の魔術で魔力を使い果たすなんて、超ダサいですねぇ!」


 圧倒的な力の差を見せつけられ、ハサンは両手と両膝を大地に付いて項垂れていた。


「魔術をなめるな! ですぅ!」


 強く言い放つイナバの言葉は、ハサンの心に深く突き刺さった。


「体力がなければ、どんなに強力な魔術も短時間で、それも一発で終わりなのですぅ。そんなヘッポコ魔術師が、実戦で通用しますかぁ?」


 地面に膝をつき、荒い息を吐くハサンの姿に、他の生徒達は言葉を失う。魔術の道程みちのりは、彼等が想像していた以上に険しいものなのかもしれない――その事実が、重く心に沈んでいった。


 このやり取りを静かに見守っていたシェリルは、イナバの首に緑色の光が灯っていることに気がついた。


――あれは……?


 見覚えがあった。

 イナバが首から下げていた物は、素材こそ異なっているが、冒険者が自身の等級ランクを証明するための冒険者プレートだ。


――イナバ先生は冒険者なんだ


 シェリル自身、ウーラニアー村にいた時から、近隣の森や丘で木の実や薬草を採取し、村の冒険者組合ギルドの出張所に売りに行っていただけに、あの冒険者プレートには見覚えがあった。


――少し前まで、わたしはアレを身に着けていた……


 不意に右手を首元に宛がって、感触を確かめた。

 いつも身に着けている天使をかたどった銀ペンダントが、存在を伝えるように反応を返すが、木でできた冒険者プレートの感触はなく、シェリルは小さく自分の額をコツンと叩いた。


――バカね……机の中に仕舞ってるじゃない……


 レイモンドによる魔術の修行を除くと、シェリルの日常は、日々の糧を得る事に終始していた。

 養父のジェームス司祭が運営する孤児院には、シェリル以外に8人の孤児がいたが、働ける者はそれぞれ村の各所で働いて生活の糧を得ていた。


 川へ行っての水汲みに、飼葉の入れ替えや糞尿処理に草刈りや子守り。それをすることで村人達から対価となる通貨や食料を貰い孤児院に持って帰る……そんな毎日だ。


 シェリルも同じだった。そして彼女の場合、それに加えて、冒険者登録をしていた。冒険者組合の依頼に従って薬草や木の実を採取し、報酬として通貨である『セラ』に換える。彼女は、その収入で食料や衣類を買い、孤児院に届けていた。


 あの頃のシェリルは、まだ幼くて魔物討伐などはできず、冒険者組合ギルドで得られる採取の報酬も微々たるものだった。

 しかし、報酬が僅かでも、毎日必死に働いて孤児院を支えていたのは確かだった。


<挿絵>

『イナバ・ベローウッド』

https://kakuyomu.jp/users/oracion_001/news/16818093087750554262

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