16.魔術授業……④
ステファニー達女子生徒が運動場に出ると、朝の柔らかな日差しが生徒達を迎えていた。
そこには既に女性の教師が待ち構えていた。
年齢は20代前半だろうか? 担任マリオンや
細く引き締まりながらも豊かな曲線を描く体躯は流麗で白く光り輝いている。
そして何よりも印象的だったのは、天に向かって伸びる長い耳。
彼女は間違いなく
そのような
「皆さん初めまして!
ボクはイナバ・ベローウッド、皆さんの体育を担当するですぅ!」
にっこりと微笑むイナバの姿は、人々の目を惹きつけずにはいられなかった。
裾丈の短い白いワンピースに、白銀の
その下から見える肌も上質な陶磁器のように白く、そこに一筋の血管が透けて見えることもない。
その耳が、
生徒達を穏やかに見つめる瞳の色は、深い
先に更衣室を出たシェリルと男子生徒のトーマス、ハサンは既に運動場に到着しており、イナバの傍らで待機していた。
しかし、先ほどから男子生徒達の顔が妙に赤いことに、シェリルの理解は追いつかず首を傾げてしまう。
シェリルには知る由もないが、トーマスは純粋にイナバの美貌に見惚れ、年相応の男子らしく、妙齢の『大人の女性』に興味津々といった様子だったが、ハサンは不快感からだった。
獣人族、それも弱小種族の
イナバはやってきた女子生徒達の姿を確認すると、その特徴的な白い耳をピンと立て、柔らかな微笑みを浮かべた。
「改めて、こんにちは、なのですぅ!」
その声は春風のように心地良く、しかし確かな芯の強さを感じさせた。語尾の「ですぅ」という独特の話し方は、彼女の可愛らしい印象を一層強めているが、その瞳の輝きには魔術教師としての威厳が宿っているようにシェリルには思えた。
「これからしばらくの間、皆さんには体力強化に取り組んで貰います……ですぅ!」
イナバが話す度に、その長い耳が微かに動き、感情を表現しているかのようだった。嬉しい時は耳が前を向き、真剣な話をする時は真っ直ぐ上を向く。生徒達は思わずその仕草に見入ってしまう……一人を覗いて。
「教官殿、魔術の実技訓練は行わないのですか?」
その一人である、ハサンが挙手して質問を投げかけた。イナバの表情が一瞬キョトンとしたものになる。
「そうですねぇ……やらないですねぇ……皆さんには魔術より体力強化が必要ですぅ」
「何と!?」
ハサンが挑戦的な目を向けた。
「この『魔術の学校』で魔術をやらずに体練だけとは……?」
問い返すハサンの声には明らかな侮蔑が含まれていた。
彼の目には、
資源豊かなイオタ島の貴族であるハサンにとって、度々領地を荒らす獣人族は敵であり、
――戦闘能力の低い
そう思っている。
運動場にいるセラフィーナやレイコは、それを敏感に感じ取ったのか、彼女達の口から、小さな動揺の声が漏れる。
「ふむふむ、そうですねぇ……」
イナバは長い耳をゆっくりと揺らしながら、穏やかな口調で説明を始めた。
「魔術を扱うには、イメージ力と魔力が必要なのは習いましたかぁ?」
質問に、ハサンが「もちろん」と自信満々に応えると、イナバは何回か軽く頷いてみせた。
「でもそれらは、体力と密接に関係しているのですぅ。体育の時間は、その体力を強化するためにやるのですぅ」
イナバが人差し指を上げて説明をする。が、ハサンは否定するように首を左右に振った。
「それは先生の感想ですよね?」
ハサンは腕を組み、挑戦的な態度を示す。その様子に、イナバの耳が一瞬ピクリと動いた。
それでも生徒の態度に慣れているのか、あるいは意図的に無視しているのか、ハサンの露骨な差別意識を感じさせる態度にも全く動じる様子を見せなかった。
むしろ、その挑発的な態度を教育の機会として活用しようとしているかのようだった。
「じゃあー、ハサンさんの得意魔術って何ですかぁ?」
どこまでも柔らかな口調で、イナバはハサンに訊ねた。
「我は土魔術の使い手であるので、当然土系統の魔術ですよ! 我の
大きな瞳に見つめられて、ハサンは胸を張って応える。しかし、イナバは途中で拍手をして言葉を遮った。
「それは凄いのですぅ! ぜひボクに見せてください、なのですぅ!」
関心を持ち、相手を持ち上げるその様子は、どこかのガールズバーのような様相を呈していたが、賞賛されるのは悪い気はしない。まして人生経験が僅か12年程度しかない子供の彼等には判ろう筈もなく、ハサンは気を良くしていた。
「これは我がターヒル家秘伝の技なので、そう易々と披露するものではないのであるが……どうしてもと仰るのであれば、まぁ、
「もう! ボクは見てみたいですぅ! 意地悪しないでください、ですぅ!」
愛らしく臀部の短い尻尾を軽く振るイナバに、周りの女子生徒の冷ややかな視線に気づくこともなく、ハサンは見惚れていた。
――ハサン殿……チョロ過ぎではないか?
その様子を見守っていたトーマスは頭を抱えた。
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