14.魔術授業……②

「魔術は単なる力ではない。それは世界の理を理解し、操る術だ。特に火系統魔術にとっては重要な事だ」


 ハッタリ―の声がAクラスの教室に響き、シェリルは熱心にノートを取っていた。

 しかし、彼の言葉を聞くにつれ、彼女の眉間に皺が寄り始めた。


「魔術の根幹は、術者の意志とイメージだ。強い意志と鮮明なイメージがあれば、どんな魔術でも可能となる」


 この言葉に、シェリルは違和感を覚えた。

 ウーラニアー村で、彼女の師であるレイモンドから学んだ理論とは、少し違う。彼女の中で疑問が膨らんでいく。

 周りを見渡すと、生徒達は熱心に講義を聞いている。隣のステファニーは、自信に満ちた表情で、時折頷いている。

 その隣のセラフィーナも、目を輝かせながらノートを取っていた。


「魔力量は確かに重要だ。しかし、それ以上に大切なのは、魔力をどう扱うかだ」


 ハッタリ―の言葉が続く。


「イメージが曖昧であれば、どれだけ魔力があっても無駄になる。イメージこそ重要であり、そのために呪文は存在する。つまりこんな感じだ」


 ハッタリ―が指先を軽く動かし「風よ、我が力に寄り添いて文字を記せ」と唱えると、魔術で操られたチョークが黒板に文字を書き始めた。

 教室全体が感嘆の空気に静まり返り、教師の声が響く。


「ここは重要なので繰り返すが、魔術は術者のイメージ力によって成果が大きく変わるものだ。イメージ力が強ければ魔術の発動が強く、影響も広がる。どれほど魔力量があっても、イメージという燃料がなければ魔術は発動しない」


 シェリルはノートを取りながらも、どこか引っかかるような違和感を覚えていた。

 魔術の『燃料』がイメージ力だとハッタリ―は言うが、師であるレイモンドから教わったものとは少し異なっているように思えた。

 しかし、その理由がすぐには判らず、もやもやとした感覚が残ったままだ。


 上級魔術師アークマジシャンであるレイモンドからは、魔力こそが主役で、イメージはそれを導く道具に過ぎないと教わった。


――あれって、どういう意味だったっけ……?


 漠然とした疑問を抱きながら、シェリルは手を挙げそうになる。

 しかし、周りの反応を見て、彼女は手を下ろした。


――そんなこと考えるのは、わたしだけか……


 これは自分自身の解釈問題だと自分自身に言い聞かせた。


「何か質問かね、ユーリアラス君?」


 突然名前を呼ばれ、シェリルは驚いて顔を上げた。ハッタリ―が、長い髭をしごきながら彼女を見つめている。クラス全員の視線が、一斉に彼女に向けられた。


「あ、いえ……その……」


 言葉が詰まる。


「魔力とイメージの関係について……もう少し……詳しく聞きたいと……思いまして……」

「そうかそうか、では説明して進ぜよう。魔力とイメージは、車輪と馬のようなものだ。どちらが欠けても、馬車は進まない。すなわち……」


 ハッタリ―は眉を上げて満足そうに話し続ける。

 この説明に、生徒達は聞き漏らすまいとペンを走らせていく。

 しかし、シェリルの中では依然として疑問が渦巻いていた。



                        ◆◆◆◆


 授業が終わり、ハッタリ―が出ていくと、教室内は賑やかになってきた。

 思い思いに談笑するAクラスの生徒達の中を抜け、Sクラスの教室に向かいながら、シェリルは考え込んでいた。

 前からステファニーとセラフィーナの弾む声が飛び込んでくる。


「今日の授業は本当に為になったわ。イメージする力の重要性が改めて分かった気がしますもの」

「そうですわね、もっとイメージ力を鍛えなくては……って、思いましたわ」


 ステファニーが興奮した様子で話し、セラフィーナも同意する。

 この二人の会話を耳にし、シェリルはようやく違和感の正体に気づいた。


 彼女の頭に浮かんだのは、上級魔術師アークマジシャンレイモンドから教わった魔術理論だった。

 彼の教えは、魔術を物理学の『梃子てこの原理』で説明するものだった。


梃子てこには支点、力点、作用点がある」


 レイモンドはこの事を熱心に語っていた。


「支点は梃子てこの中心であり、力点は力を加える場所、

 作用点は力が働く場所だ。魔術も同じように考えることができる。

 支点は発動する魔術の種類、

 力点は魔術を発動させるための魔力、

 作用点は魔術の発動する場所を意味するんだ」


 レイモンドはさらに説明を続けた。


「魔術の燃料はあくまでも魔力で、イメージ力はそれを補助する役割だ。

 イメージ力は支点をしっかりと支え、力点に必要な魔力量を測るためのもの。

 詠唱はそのために存在し、魔術を安定させるための助けになるんだ」


 この説明を受けた時、シェリルはまだ幼く、レイモンドの説明を十分に理解できていなかった。

 しかし、今日の授業で、イメージ力の重要性が強調され、まるでそれが魔力そのものと同等のものとして扱われているように思えた。

 これがシェリルの違和感の原因だった。


――どちらが正しいのだろうか、それとも両方とも一部は正しいのだろうか?


 この疑問は、この先5年間、彼女に付き纏っていくことになるのだが、今のシェリルには知る由もなかった。


 Sクラスに戻り、自席でシェリルが考え込んでいると、セラフィーナがBクラスで授業を受けていたレイコと一緒に近づいてきた。


「シェリル様、どうなさったの?」

「何かお気になさることでもございまして?」


 セラフィーナが優しく声をかけ、レイコも心配そうに見つめながら尋ねた。

 シェリルは少し躊躇したが、ゆっくりと口を開いた。


「今日の授業で教わったこと……魔術の師匠から……学んだ事と少し違ってて……」


 シェリルは、レイモンドが語ったことを二人に伝えた。

 魔術を物理の原理として説明してくれたこと。魔力が燃料で、イメージ力はその補助的な役割であり、正確に作動させるために呪文詠唱が必要なのだと。


 セラフィーナは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに興味深げに頷いた。


「それは面白い考え方ですわね。でも、魔術の見方や教え方には色々あるのかもしれないですわ」


 その時、突然ステファニーが会話に割り込んできた。


特別生イレギュラーズ、貴女はハッタリ―先生の教えに反論するつもりなの?」


 ステファニーの声には冷ややかな敵意が込められていた。

 シェリルは戸惑い、言葉を詰まらせた。


「別に反論するつもりは……ない……ただ、教わった事……少し違っているように……」

「そんな事を気にしてどうするの?」


 ステファニーは苛立った様子で続けた。


「だいいち生徒が、先生の教えを疑うなんて、生意気じゃなくて?」


 シェリルは反論しようとしたが、どう言葉にしていいか判らなかった。

 自分の考えを持つことが悪いとは思わなかったが、それを表現するのは難しい。すると、クラリスの声が突然響いた。


「次は体育の時間ですわ。皆さん、着替えましょう」


 その声で、教室の緊張した空気が一変した。

 生徒達は次の授業の準備を始め、シェリルもその流れに乗り、更衣室へと向かっていった。

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