13.魔術授業……①

 試練が終わると、ようやくマリオンによる学習指導オリエンテーションが行われた。

 この学院内での作法に、寮内での規則ルール等が、事細かに説明された。


「なお、側仕えは家門・名跡に関係なく1名のみです。学院所属および爵位が下の家の女中メイドに指図・命令するのは禁止です。ここでは身の回りの事は自身で行うのです。生活態度も習慣も成績評価に影響します」

――そうなんだ……


 アルフォード大聖堂の特別生イレギュラーズとはいえ、平民であり、ウーラニアー村から半ば追い出され身一つでやって来たシェリルには側仕えはいない。

 しかし、寮の部屋は他の生徒と同じ大きさのため、やたら広く、そして殺風景に見える。

 おまけに孤児院では、他の子達よりも率先してあらゆる家事仕事をこなしていたから、身の回りの事は自分自身で行う。それが当たり前だった。


 だから教師マリオンの言葉に思う所は何一つないが、青褪めていたり、表情を引き攣らせている外の生徒の反応を見ると、結構大変な事なのだという事を今更ながら理解した。


――お貴族様って、そんな事しないものね……


 大変だとは思うが、同情はしない。そもそも自分にはそんな余裕はない。覚える事、覚えなければならない事は、彼女達より遥かに多いのだから。


……そして……


「この学院が元は『ブルーヴァレー城』という城塞であったため、危険防止のため、いくつかの立入禁止区域エリアがあります」


 マリオンが静かに、そして真剣な表情で告げた。


「立入禁止区域エリアには、初代学院長ウェントワースの肖像画が目印と掲げられています。防護結界も張られているので無理に入ろうとしないように。もしこの区域エリアの結界を破れば退学処分となりますからそのつもりで」


 マリオンの紫水晶アメジストの瞳が、生徒達を睥睨するように見つめ、彼等は一様に息を飲んだ。


                        ◆◆◆◆



 マリオンによる初めての学習指導オリエンテーションが終わると、いよいよ授業が始まる。

 ここから先1年は、基礎的な魔術理論の座学と体力と魔力強化の運動科目を中心に進むことになる。

 魔術を行使するには、様々な術式を覚えると同時に、体力も必要になってくる。魔力を行使するという事は、自らの体力を行使するに等しいものだからだ。


 暫くは、このような基本的な授業が続くが、それでもシェリル・ユーリアラスの心臓は期待で大きく高鳴っていた。


 初めての魔術授業。

 新入生達の間には、期待と不安が交錯した空気が漂っている。


 シェリルは一度深呼吸して、自分を落ち着かせるように努めた。「きっとやれる」と自分を励まして決められた真ん中の席に座る。


 改めて室内を見回すと、教室は、想像していたよりもはるかに豪華だった。天井まで届きそうな大きな窓からは柔らかな光が差し込み、壁には複雑な魔法陣の図解が金箔で描かれていた。


 教壇の横には見たこともない奇妙な魔術器具が、宝石のように輝いている。そして、わずか七つの机と椅子は、それぞれが一流の職人によって丁寧に作られたものだとわかる。


 シェリルは、思わず椅子の肘掛けを撫でた。その滑らかな感触に、彼女は自分が今どこにいるのか、改めて実感した。


――これがSクラス……


「さて、皆さんに連絡がある」


 マリオンが口を開き、澄んだ声が教室内に響く。

 しかしその口調は、それまでの柔らかいものから一変して厳しくなっていた。


「この教室は、Sクラスの専用教室となる。しかし、初期の講習については、より多くの生徒と交流を持ち、幅広い視点を得てもらうために、属性別の合同クラスで行う」


 生徒達の間で小さなざわめきが起こった。

 シェリルは不安な瞳を浮かべて左右を見回した。ステファニーとクラリスの姿が目に入る。彼女達の表情は固く、何を感じ、何を考えているのかは判らない。


「君達は、先の試練・・で見せた魔術によって、A〜Dの4つのクラスに振り分けられる」


 マリオンは続けた。


「それから、この学院では身分に拠る待遇の変更はない。爵位名での呼び方はしないので、慣れて欲しい」


 貴族として育てられてきた彼等、彼女達にとって、それは違和感しかないものだ。家名で呼ばれる事など殆ど無いのだ。


「Aクラス。シェリル・ユーリアラス、

 ステファニー・ハンコック、セラフィーナ・グリフィン

 Bクラス。クラリス・ジャウエット、レイコ・ミヤマ、

 Cクラス。トーマス・レキシントン

 Dクラス。ハサン・ターヒル 以上だ」


 シェリルは緊張した。ステファニーの冷ややかな視線を感じたからだ。


「えっ……? 我は一人だけなのか? せめてトーマス殿と……」

「何か? ターヒル」


 不満そうに口を開くが、マリオンの射るような視線を浴びて沈黙し、身を竦めた。


「な、何でもありません。では移動します」


 ハサンに続くように、生徒達は立ち上がり廊下へ出た。

 シェリルは深呼吸をして、自分を落ち着かせた。

 Sクラスの倍はありそうな広々としたAクラスの教室に入ると、そこには既に多くの生徒たちが集まっていた。シェリルとステファニーに二人は、教室の前方に用意された席へと誘導される。


 シェリルは自分が浮いているように感じた。アルフォード大聖堂のシンボルカラーでもある白と青を基調とする制服は、デザインは同じでも、他の生徒たちの青く華やかな制服とは明らかに違っていた。


「あら、あの子が噂の特別生イレギュラーズ?」

「聖女様だって聞いたわ。本当なのかしら?」

「シーッ、聞こえちゃうわよ」


 囁き声が耳に届く。

 シェリルは顔を赤らめながらも、指定された席に向かった。

 隣の席に座ったのは、ステファニーとセラフィーナだ。ステファニーはシェリルを一瞥すると、すぐに顔を背けた。その態度に、シェリルは少し傷ついた気がした。


 教壇に立った教師は、まるで魔術書から抜け出てきたような風貌の老人だった。白髪交じりの長い髭、鷲鼻、そして鋭い眼光。彼が口を開くと、教室内の私語は瞬時に消えた。


「私はフカーシ・ハッタリ―だ。基礎魔術理論を担当する」


 彼の声は低く、しかし教室の隅々まで響き渡った。


「諸君は、これから漫然と使っていた魔術の発動理論を体系的に学習することになる。我が一族は数百年もの間、魔術の学術的研究を行っている。その基礎の基礎を諸君に授けよう。心して授業に臨むように」


――いよいよ始まるのね


 シェリルは、まだ見ぬ困難と発見が待っていることを予感していた。

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