12.Sクラスの聖女……④

 落ち着いて全員に指示を飛ばすクラリスの様子を真横で見ながらステファニーは、彼女の的確な指示に内心驚いていた。


――ただのお姫様ひいさまかと思っていたけど……アタシもまだまだってことね!


 暗闇の中で、彼等は移動し、シェリルを中心とした輪形陣が出来上がる。


「さぁ、皆さん! 魔力・・を一点に集中させますわよ」

「魔力を?」


 ハサンが戸惑うようにクラリスに訊ねた。魔術を発動したことはあっても、魔力そのものを放出した経験はない。

 クラリスは優しく微笑んで説明を始めた。


「ええ、魔力・・ですわ。魔術・・ではなく、純粋な魔力そのものを放出しますの」


 彼女は自身の掌を上に向け、そこに白い光を宿した。それはこの暗闇の中では蝋燭の炎のような淡く朧気なものではあったが、確かに光を放っている。


「ご覧なさって! これが純粋な魔力の形ですわ」


 淡い光に照らされ、クラリスは端正な顔に笑みを浮かべていた。


「皆さんは、これを様々な魔術に変換して使用していらっしゃいます。でも今回は、この状態のまま放出しましょう」


 ステファニーは目を輝かせながら、クラリスの説明に聞き入っていた。


「へぇ、そんなことができるんだ!」


 クラリスは頷いて続けた。


「ええ。魔力をこのまま放出することで、より柔軟に状況に対応できますわ。今回の場合、私達全員の魔力を一点に集中させることで、強力な光源を作り出せる……そう考えますが、如何かしら?」


 ハサンは少し困惑した表情を浮かべながらも、ゆっくりと理解し始めた様子だった。


「なるほど……魔術ではなく、魔力そのものを……」

「つまりこういう事か?」


 日頃から魔力を身に纏わせる事に慣れているトーマスが、掌に光を点らせる。その光はクラリスのものより大きく、明るかった。


「さすがはエンデバー卿ですわね」


 クラリスが笑顔を見せると、トーマスは満更でもない表情を浮かべる。その様子をセラフィーナは、静かに見つめていた。


――ああやって、殿方を振るい立たせるのですわね……勉強になりますわ!


 セラフィーナもシェリルに負けず劣らず本好きの少女だ。それでも彼女は心の何処かで割り切っている。


――私も貴族の娘……平民とは違うもの


 そう思っている。大好きな本で描かれる物語のように、燃えるような恋愛など経験することなく、いつかは婚姻し誰かの家に嫁ぐ事になるのだろう。そう思うと、男子生徒を褒め協力させるクラリスが、大人の女性に見えた。


――いけない……今は余計な事を考えずに……


 彼女は自分の掌を見つめ、集中し始めた。すると、かすかに緑がかった光が現れ始めた。

 クラリスは満足げに頷いた。


「その調子よ、セラフィーナ様。皆さん、自分の魔力を感じて、それを外に出してくださいませ」


 全員が集中し、それぞれの色合いを持つ魔力の光が彼等の掌に宿り始めた。暗闇の中で、その光は幻想的な美しさを放っていた。

 シェリルは輪の中心で静かに目を閉じ、周囲の魔力の流れを感じ取っていた。


「さぁ、準備ができたら、わたくしの合図で一斉に魔力を放出してくださいませ。この光で、進むべき道を照らし出しましょう!」


 クラリスの声に、全員が緊張しながらも決意に満ちた表情で頷いた。

 全員が、自身の持つ魔力を解放し、中心に向けて送り込む。

 しかし、予想に反して効果は薄い。集めた魔力は闇に飲み込まれ、わずかな光を放つだけだった。


「クッ! これでもダメか!」


 ハサンが落胆の声を漏らす。


「この闇、我等の魔力そのものを吸収している!」


 トーマスが悔しそうにうめき、絶望感が教室を覆い始める中、シェリルの周りの光が急激に強くなる。彼女は目を開け、静かに立ち上がった。


「みんな……」


 シェリルの声が響く。


「この闇……この魔術……わたし達から漏れ出る『魔素エーテル』……その中の恐れ……不安……それを糧にしている……」

「何ですって!?」


 ステファニーが驚いた声を上げる。


「わたし達一人一人の中に……光はある……でも、それを恐れ……不安が覆い隠している。その恐れを手放せば……あるいは……」


 シェリルは深呼吸をし、レイモンドから学んだことを思い出した。

 彼女はゆっくりと目を閉じ、心の中で光を思い描いた。


「光よ、我が心に宿れ」


 シェリルの囁きとともに、彼女の身体からを纏う朧気な白い光が、青白いものへと変わっていく。それは徐々に強くなり、やがて教室全体を包み込むほどの輝きとなった。

 その光は温かく、心地良いもので、闇を少しずつ押し返していく。


「そういうことですか……」


 クラリスが瑠璃色るりいろの瞳を見開いた。


「これは単なる魔術の試験ではなく、わたし達の心の在り方を問うている……ということなのですね」


 シェリルの光に触発され、他の生徒達も自身の内なる光を探し始める。

 トムが剣を下ろし、レイコとセラフィーナが手を取り合い、ハサンが目を閉じて深呼吸をする。ステファニーは歯噛みしながらも、その光の美しさに目を奪われている。


「ふん!」


 やがてステファニーは、ついに観念したように目を閉じた。


「まさか、あんたに教えられるなんてね!」


 しかし、その言葉には以前のような敵意はなかった。

 徐々に、生徒達の一人一人から光が放たれ始める。それぞれの光は、個性豊かな色彩を放っていた。赤、緑、紫、橙、青、黄……それらの光が混ざり合い、教室を満たしていく。


 マリオンの声が再び響く。


「まぁ、素晴らしい。これこそが、真の魔術師の姿です」


 マリオンは驚きの表情を浮かべた。

 シェリル達の放った光は、単に闇を払うだけでなく、マリオンの姿を浮かび上がらせた。教室の隅に隠れていた彼女の姿が、まるで霧が晴れるように現れた。


「闇は恐れるものじゃない……でも、闇は光ある所に必ず現る……光と闇は常にわたし達の中に……」


 マリオンは満足気に微笑んだ。


「見事です、皆さん」


 やがて、闇は消え去り、教室内に明るさが戻ると、彼等はそれぞれにお互いの顔を見合わせて、健闘を称え始めた。

 この試練を乗り越えたことで、彼等には小さな自信が芽生えたことだろう。

 レイコはセラフィーナと、トーマスはハサンと、クラリスはステファニーと……しかしシェリルは、誰とも目を合わすことが出来ず、静かに前だけを見つめていた。


――これは、マリオン先生の悪戯みたいなもの……小手調べ……


 シェリルの桜色の瞳を見つめ返して、教卓にいるマリオンの紫水晶アメジストの瞳が妖しく煌めき、彼女の思いを肯定する。

 これはまだ始まりに過ぎないことも、彼女は理解していた。

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