11.Sクラスの聖女……③

「こんなもの!」


 ステファニーは咄嗟に魔術杖ワンドを構えて火炎魔術を繰り出した。


「炎で照らし出してあげるわっ!」


 彼女の手から放たれた炎は、一瞬周囲を明るく照らす。

 しかしその効果は刹那的なもので、すぐに闇に飲み込まれてしまった。


「ちぃっ!」


 ステファニーが舌打ちする。貴族令嬢と育てられてはいても、やはり辺境伯令嬢であり、武門の家として名を馳せている家の血筋は色濃く受け継いでいる。負けん気の強さは父親譲りだ。

 クラリスの足元の床面には突如氷が広がり、彼女はバランスを崩して転びそうになる。


「まあっ!」


 彼女の困惑した声が漏れる。クラリスは冷静さを保ちつつも、困惑の色を隠せない。彼女は水晶を取り出し、簡単な魔術を唱える。

 暗闇の中、相手が見えない状況では、水系統魔術で何かしらの影響を与えられるとはクラリス自身思ってはいない。欲しいのは魔術円マジックサークルの光だ。

 それを水晶で増幅させつつ光を屈折させようとした。


「あら、考えたわね」


 マリオンの感心した声だけが響く。

 が、残念ながら効果はなかった。


「これは単なる闇ではありませんわね。魔術具マジックアイテムが効きませんわ」


 飄々とした声で言い放つが、クラリスも焦りを覚えた。

 レイコとセラフィーナは互いの気配を頼りに手を取り合い、小さな光の球を作り出そうとするが、その光も闇に吸収されていく。


「どうしましょう……?」

「手立てが思いつきませんわ」


 お互いの不安を減らそうと手を繋ぎ合う二人の声が震えている。


「ええい、ここで怯んでは我が家名の名折れ!」

「よくぞ申された、我も加勢するぞ!」


 Sクラスの男子生徒は二人。魔術剣の使い手である『トーマス・スコット・レキシントン』と土系統魔術で突出した力を示した『ハサン・イブン・ターヒル』だ。


 トーマスは、放出系の魔術より、体内に魔力を巡らせて身体強化を行ったり、武器に魔力を纏わせたりすることに秀でている。

 彼の実家であるレキシントン家は、シェリルが育った地『エルスワース辺境伯領』にて、領主であるシェフィールド家の管領かんれいを務めている。


 王家から見れば直臣じきしんではなく、陪臣ばいしんではあったが、戦場での数々の功績から、エルスワース領に隣接する未開地を『エンデバー男爵領』として拝領している。文字通り武門の家柄だ。


 そしてハサンは褐色の肌と銀色の髪を持っている。

 その特徴はマリオンによく似ていているが、マリオンが風精族エルフに対してハサンは人間族ヒュームだ。


 かつてノイルフェール神を信奉する民が暮らしていた南方のイオタ島だったが、豊かな資源があるが故に、度々アニマ神を奉じるフィルツブルグ聖皇国やその衛星国である南方公国連合に攻め込まれ、幾度となく干戈を交えた。また、武力による実効支配を受けた事もある。


 そんな戦火が絶えないイオタ島を奪還し、強力な防御態勢を敷いたのが約300年前であり、それを主導したのがこの地に住んでいたターヒル一族だ。

 王宮は『アニマ』の勢力から島を奪還した功績により『イオタ男爵』に叙任し、今に至っている。こちらも南方系の勇猛果敢な一族だ。


「せいっ!」


 トーマスは魔術剣を振るい、剣先から光の筋を放った。

 しかしそれはクラリスの時と同じように闇はその光をも飲み込んでしまう。


「くそっ、こんな闇があるのかよ!?」


 トーマスの悪態だけが虚しく響く。

 ハサンは大地の力を借りようと床に手をつくが、闇は彼の感覚をも狂わせ、魔力の流れを掴めない。


「何だこれは? ただの闇じゃないぞ」


 Sクラスの生徒達は、次々と別の魔術を繰り出すが、どの試みも闇を晴らすには至らない。彼等の焦りと不安が、教室内に充満していく。


――光学的な要素ではダメ……これはあくまでも魔術……

  視覚に囚われず意識を別の場所に……


 シェリルは静かに目を閉じ、内なる光に意識を向けていた。

 彼女を包むように僅かな光が漂い始めるが、それは朧気で、まだ闇を打ち払うほどの力はなかった。


「そんな事して何になるのよ!? バカなの? 遊んでないで、あんたも攻撃しなさいよ!」


 焦るあまり、すっかりがでてしまったステファニーが、苛立ちを隠そうとせずシェリルに言い放つ。


「あらぁ、お下品ですわよ。スカーロイ辺境伯令嬢!」


 嘲笑うようにマリオンの声が再び響き、彼女はハッとなって口を押えた。


「さて、どなたかこの闇を打ち払うことができるでしょうか?

 これがSクラスあなた方の現状です。

 常識では太刀打ちできない事態に、どう対処するか……

 先生にそれを見せてください

 これは実力試験テストです」


 緊張に高まる教室の中で、生徒達は自らの無力さに愕然としながらも、何とかこの状況を打開しようと必死に思考を巡らせ、次々と試行錯誤を重ねていた。


 ステファニーの炎、クラリスの水と氷、レイコとセラフィーナの光の球、トムの魔術剣、ハサンの大地の力。

 しかし、どの魔術も闇を払うには至らなかった。


「何でしょう? 何かが私たちの魔術を吸収しているような気がしますわ」


 クラリスが冷静に分析する。


「何ですって? じゃあ魔術を出しても無駄って事……なので……すか?」


 地が出そうになり、言いにくそうに尋ねるステファニーに、クラリスが「そのようですね」と応えると、彼女は忌々しそうに再び舌打ちした。


「ええいっ!」

――ここままじゃ埒が明かない!


 この状況を打破しようと、意を決したトーマスが口を開いた。


「みんな、力を合わせてみないか? 個々の力で対処できないなら、全員の力で!」

「そうね」

「賛成よ、それしかないわ」


 レイコが同意し、セラフィーナも頷く。

 生徒達は互いの気配を頼りに円陣を組み始める。しかし、闇の中では正確な位置を把握するのは難しく、何度も躓いてしまう。


「ちょっとあんた!」


 とうとう開き直ったのか、ステファニーが荒い口調のままで僅かな光を放ち続けているシェリルに声を掛けた。


「あんたを中心にして陣形フォーメーション組むから動かないでよっ!」

「……了……」


 口にこそ出さないが、この暗闇で、光を放っているシェリルに誰もが驚いている。それがほんの僅かな光だとしても。

 この場で光があることが何よりも助けになるし、安心できる。


「ステファニー様はシェリル様の前に! レイコ様、セラフィーナ様は後ろで横並びに! トーマス様、ハサン様は左右で警戒してください!」


 クラリスがステファニーの横に並びながら、冷静に指示を下した。


わたくしに考えがあります……」

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