10.Sクラスの聖女……②

「そうですわね……仰る通りですわ」


 絞り出すような言葉を応じた後、ステファニーの榛色はしばみいろの瞳が、再びシェリルを捉える。


「だからこそ、私は見極めさせていただきますわ。覚悟はよろしくて?」

「お好きになさってください……わたしは……逃げも隠れもしません……」


 シェリルが応じると、ステファニーは意外そうな表情を浮かべた。

 白亜の壁に囲まれ、聖騎士パラディンかしずかれた、無垢で世間知らずでひ弱な少女……そう思っていた。

 しかし、実際に言葉を交わして感じた違和感にステファニーは戸惑いを覚えた。


――どういうこと……?


 何の変哲もない黒縁の眼鏡の奥で、静かに煌めく桜色の瞳に見据えられ、咄嗟にステファニーは身構えてしまった。


 その時、教室のドアが開き、新たな生徒達が入ってきた。二人の男子生徒に二人の女子生徒。続いて彼等の後に黒いローブを羽織った女性が入ってきた。

 颯爽とした足取りで黒いヒールをカツカツと鳴らし歩く。褐色の肌に長い銀髪を後ろで束ね、シェリルのそれよりも細い縁の眼鏡を掛けた女性には、知的な雰囲気が漂っている。


「おはようございます、皆さん これより、それぞれの席を指定します」


 懐から魔法杖ワンドを取り出すと、7つの机の上にそれぞれの名前が書かれた文字が浮かび上がる。


「えっ……嘘……!?」


 シェリルが驚愕して口の前を抑えた。

 指定された席の左右は3人分の席がある。つまり丁度真ん中センターだ。


「あの……わたし……端の方が……」

「『特別生イレギュラーズ』の聖女様なのですから、当然と言えば当然ですわね」


 シェリルの言葉を遮りながら、彼女の左に腰を下ろしたクラリスがにこやかな笑顔を浮かべる。


「そうですわね、聖女・・様云々はともかく、何と言っても『特別生イレギュラーズ』様なのだから」


 シェリルの右側に腰掛けたステファニーが皮肉めいた口調で再び口を挟んだ。彼女の言葉には、これまでの努力と実績に裏打ちされた自負が透けて見えた。

 彼女の榛色はしばみいろの瞳には、明確な敵意が宿っていて、シェリルは深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

 やっぱり逃げる訳にはいかない。アルフォード大聖堂で教わった『慈愛』と『寛容』を胸に、彼女は真っ直ぐにステファニーに向き直った。


「わたしは……特別でもなんでもない……皆さんと同じように、ここで学びたいと思っているだけ……」

「何ですって?」

「まあ、ご謙遜! でも、聖女セインテス様ともあろう方が、端の席では校長先生のお計らいに瑕がつきますわ」


 いきり立つステファニーを制するクラリスの言葉は優しげでありながら、どこか不気味な響きを持っていた。その瑠璃色の瞳の奥には、得体の知れない好奇心が渦巻いているようだった。


「えっ、端の席ってそんな扱いなのか?……それでは我が家の面目が……」

「……!!っ……」


 その席・・・を指定された褐色の肌をした男子生徒が、困ったように手を上げるが、ステファニーの射るような視線を浴びて押し黙る。


特別生イレギュラーズだからって、調子に乗らないでくださいな。先生方のお決めになったことには従いなさい」

「そんなつもりは……」

「はい、議論はそこまで。皆さん着席しなさい」


 教壇に立つ女性がパンと手を叩いて彼女達の視線を集めた。シェリルも視線を向け、桜色の瞳を大きく見開いた。


――ユーリア様……!?


 目の前に立つ担任教師……彼女の銀色の髪とそこから伸びる鋭く尖った長い耳にシェリルは既視感を覚えた。肌の色こそ異なるが、その姿や放つ魔霊気オーラは、聖騎士パラディンユーリア・ミュウ・ヴェシヒイシに酷似していた。


「何か? ユーリアラス嬢」


 紫水晶アメジストの瞳が、鋭くシェリルを見据え、シェリルは「何でもありません」と応えて指定された席に座った。


「改めて皆さん、おはようございます。私がこのSクラス担任の『マリオン・ヤヌス・カロン』です。ご覧の通り私は風精族エルフです」


 簡単に自己紹介するマリオンは、魔術杖ワンドを取り出し、虚空に向けて軽く振った。すると明るかった室内は忽ち闇の帳に閉ざされた。


「このSクラスの皆さんは、この学院でも特別な存在になります。ですから、指導する教師も特筆した能力を持つ者が必要となるのです」


 いきなり暗闇に閉じ込められ不安と戸惑いに包まれた教室の中で、マリオンの声が響き、さかんに周囲を確かめようとする緑色の髪を持つ女子生徒の真横に突如彼女は朧げな光と共に顔を出した。


「ひっ!」

「このようにね、セラフィーナ嬢」


 恐怖に引き攣った表情を浮かべるセラフィーナという女子生徒の長い緑色の髪を手で弄びながら、マリオンは不敵な笑みを浮かべ、再び闇に消えた。


「きゃあ!」


 今度は隣で怯えていた黒髪の少女が悲鳴を上げた。レイコという女子生徒だ。


「いきなりで申し訳ないのだけど、これから皆さんに試練を与えます」


 レイコの頬をしなやかな指先で撫で上げて、マリオンが高らかに言い放った。これが新入生のSクラスで行われる恒例の『儀式』だ。


 魔術師マジシャンたるもの、常に冷静でいる事が何よりも求められる。ただ視界が閉ざされる……たったこれしきの事で激しく動揺したり、狼狽えたりしていては、とてもじゃないがモノにならない。その先に進んだとしても実力は高が知れてしまうだろう。


 そんな者はホーリーウェル魔導学院の『Sクラス』には必要ない。それがSクラス担任、『特級魔術師スペリオルマジシャン』たる『マリオン・ヤヌス・カロン』が最初に与えた試練だった。

 これを乗り越えられない生徒は、マリオンの権限でA~Dのクラスに強制的に変更される。この措置は学院長クランプも、他の教師達も承知している。


――さぁ、今年の『優等生ちゃん』達はどう乗り切るのでしょうね?


 戸惑いを見せる生徒達を眺めながら、マリオンは声高らかに言い放った。


「さぁ、この闇を払ってご覧なさい! どんな魔術を使っても良いわ。結界は張っているから」


 突如訪れた試練の場に、生徒達は戸惑いを隠せなかった。

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