9.Sクラスの聖女……①
入学の式典も終わり、寮での部屋割りも決まった翌日。
新入生達は、金の帯が入った真新しい濃紺の制服に身を包み、それぞれ自分の教室へと向かっていった。
ホーリーウェル魔導学院では、学生はそれぞれの適性や能力に応じて学級に分けられることになっている。
魔術の基本である『火』『水』『風』『土』の四つの属性に基づき、それぞれAからDまでの学級が存在する。そして、生徒達はその中で自身の魔術属性に合ったクラスに配属されるのだ。
しかし、特に際立った才能を持つ者だけは、別格の『S』クラスに振り分けられる。
Sクラスは、この学院でも極めて限られた生徒しか入れない特別なクラスだ。今年の新入生は63名だが、その中でSクラスに配属されたのはわずか7名。
その少数精鋭の一員として、クラリス、ステファニー、そしてシェリルの三人も名を連ねていた。
クラリスは、生まれながらの才女と呼ばれるほどの強大な魔力を持ち、特に『水属性魔術』において類まれな才能を発揮していた。幼い頃から家庭教師によって魔術の訓練を受けており、その技術はすでに多くの一流の魔術師たちをも凌ぐと評されている。彼女の冷静で落ち着いた性格は、水の魔術の特性を体現しているかのようだった。
ステファニーは逆に、『火属性魔術』において誰にも負けない自信を持つ生徒だ。彼女の情熱的な性格と魔術の能力はまさに火のように燃え上がる力強さを感じさせる。学院に入学する前から、その炎を操る技術で周囲を驚かせていた。
そしてシェリルは、彼女の師であるレイモンドによる丁寧な指導が功を奏し、驚くべきことに全ての魔術への潜在適性が認められた。この結果には学院の教師達も目を見張った。
特に『風属性魔術』は
こうして、魔術学院の新入生達は、それぞれ自分の道を歩み始める。特別な学級であるSクラスに選ばれた7人が、今後どのように学院で成長していくのか、そしてどんな物語が彼らを待っているのかは、まだ誰にもわからない。
昨日と同じ、青と白の制服に身を包んだシェリルは、静かに廊下を歩いた。
廊下や教室で思い思いに談笑している濃紺の制服を身に纏う生徒達は、意匠が異なる制服を着た彼女の存在に気づくとすぐに道を開け、作法に従い、恭しく一礼をする。
あくまでも儀礼的に。
「えっと……」
Aクラスの隣、他の教室に比べ豪華だが、小ぢんまりとした部屋が彼女の教室だった。Sクラスの人数は他のクラスの半分以下だ。
「ここで……良いんだよね……?」
確認するように
「おはようございます。ユーリアラス嬢」
すると背後から声が掛かり、シェリルは「ヒッ」と小さく声を出し、身震いした。
恐る恐る振り返ると、出入口に佇む豪奢な金髪の少女がいた。大きく縦に巻いた長い髪、貴族然とした容姿。それは昨日の入学式で新入生代表の挨拶をした、圧倒的な存在。
その彼女が、他の令嬢達を従わせ、シェリルの前に立っている。その存在感に平民……それも最下層……のシェリルは圧倒された。
「……おはよう……ございます……えっと……高貴なる方のお言葉……恐縮……」
「よろしいのですわ。ここは学び舎、そのような世俗の儀礼は無用に願います」
挨拶しようとしたシェリルを遮りながら、手に持った扇子を軽く前に翳して、令嬢は応え、
「
付き従う令嬢達に自身の教室に向かうように告げると、クラリスは笑顔を向ける。
その瑠璃色の瞳には、どこか底知れない不気味さが潜んでいるようにシェリルには思えた。
「シェリル・ユーリアラスです……マルムストローム公爵令嬢……貴族の作法は不案内ですので、ご無礼ございましたらご容赦ください」
シェリルは応えた。これもユーリアとさんざん特訓したものだ。
「いえいえ。聖女様なのですから、そのような俗事などお気になさらないで下さいまし」
微笑みを絶やさないその優美さ、人を惹きつけてやまない魅力に、底知れない
「おはようございます、クラリス様」
その時、別の声が耳に届いた。
二つある出入口の反対側から教室に入ってきたステファニーが、クラリスとシェリルに視線を向けている。
「朝から賑やかですわね」
笑顔を浮かべてはいるが、ステファニーの
「ここは貴族の子女のための学び舎。平民風情が、公爵令嬢たるクラリス様と親しげに話すなんて、身の程を
「あ、あの……わたし……そんなつもりは……」
シェリルは慌てて言葉を紡ごうとしたが、ステファニーの威圧的な態度に言葉が詰まってしまう。
「ステファニー様」
クラリスが静かに口を開いた。
「ユーリアラス嬢は
「礼儀ですって?」
ステファニーは嘲笑うように言った。
「お事ですがクラリス様、まだ何も証明していない平民に、どうして辺境伯令嬢たる私が礼儀を尽くさなければならないというのでしょう?」
シェリルは震える手で制服のスカートを握りしめながら、ゆっくりと顔を上げた。昨日の決意を思い出しながら。
「わたしは……確かに平民です。でも、この学院で学ぶ資格は、大聖堂によって認められました」
「あら、今度は大聖堂を持ち出されるなんて……さすがは
扇子を口の前に翳して「ホホホッ」と笑うステファニーの挑戦的な視線に、シェリルは真っ直ぐに向き合った。
教室の空気が一段と張り詰める。
「そうですわね……彼女はまだ何も証明していない」
クラリスが静かに頷いた。
「しかし、近衛騎士にも匹敵する
シェリルが身に纏う、青い
「それは……」
言い掛けて、ステファニーは反論の言葉を飲み込んだ。
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