8.聖女の入学……⑤
「シェリル嬢は『
クランプの言葉に、再び会場がざわめいた。魔導学院に『
「シェリル嬢は、崇高なるノイルフェール神の導きにより、
アルフォード大聖堂からこの学院に遣わされた。
彼女の『才能』が卓越したものであることは、想像に難くない。
だが、諸君等と同様、更なる研鑽が必要だ。
諸君は、同級生として共に学び、
学院生としての礼を失することなく振舞うことを求む」
クランプの言葉に、会場からは拍手が起こった。しかし、その中にはぎこちない音も混じっていた。
その中の一人であるステファニーは、渋々拍手をしながら、心の中で呟いた。
――特別ですって? 才能があるですって? まだ何も証明していないじゃない!
人より違う『才能』を持った『大聖堂の
「ユーリアラス嬢。アルフォード大聖堂の代表として挨拶をしなさい」
クランプに促され、シェリルは緊張した面持ちで会場を見渡した。初めて目にする光景、初めて経験する多数の人々。シェリルは怯み今直ぐにでも控室に駆け戻りたい衝動に駆られたが、ユーリアに背中を押され、ゆっくりと前に進み出た。
「……皆様……はじめまして。
シェリル・ユーリアラスと申します
わたしは……アルフォード大聖堂から参りました。
この素晴らしい学院で学ぶ機会を与えていただいたこと……
神の
彼女の声は小さかったが、大広間の静寂の中で、はっきりと響き渡った。
「わたしは……皆様と同じように、
この学院で多くのことを学び……
成長したいと思っています。
そして、アルフォード大聖堂の教えの下……
皆様と共に歩んでいけることを願っています」
それは今日のためにユーリアとさんざん特訓した台詞だ。
口下手なシェリルが朗々と話すことは最後までなかったが、それでも今、自身の言葉として落とし込み、初めて表明することができた。
温かい拍手もあれば、冷ややかな視線もある。
彼女は深呼吸をして、自分の決意を新たにした。
これから始まる学院生活は決して平坦なものではないだろう。貴族の子女達との付き合い方、未知の魔術の習得、そして自分の
しかし、シェリルの瞳には決意の光が宿っていた。
彼女はここに来るまでに多くの困難を乗り越えてきた。そして、これからも乗り越えていく。それが彼女の使命であり、運命なのだから。
学院長クランプの講話が続く中、シェリルはステファニーと再び目が合った。
ステファニーの
――その視線には慣れてる……だから……わたしも逃げない……
今度は怯むことなく、真っ直ぐに見返した。
二人の少女の間に、目に見えない火花が散った。これから始まる学院生活は、彼女たちにとって大きな転換点となるのだろう。そして、その先にある未来は、誰にも予測できないものだった。
その様子を壇上で静かに見守りながら佇む一人の少女がいた。
クラリスだ。彼女は何も言わず、ただ微笑みを浮かべながらシェリルとステファニーの視線のやり取りを見守っていた。
表情は穏やかでありながら、どこか言い知れぬ不気味さを漂わせているかのようだ。
沸き立つ会場の中で放つ静かな存在感は、まるで凪いだ
クラリスは幼い時より『水魔術』に突出した才能を示していた。
決して、この卓越した魔術適正に引っ張られている訳ではないだろうが、彼女自身の性格も水に似ていた。
表面は穏やかで優雅だが、深く静かに流れるその底には、誰も近づけない冷たいものがある。彼女は決して自らを前面に出すことはないが、必要なときには冷静に、そして確実に行動する。
その姿は、まるで静かにすべてを飲み込む海のようだった。
「面白いですわね……」
クラリスは静かに呟いた。
彼女の目には、まるで深淵の水のような冷ややかさがあり、その目の奥に何か計り知れない感情が潜んでいることを感じさせた。
傍らに立つシェリルとステファニーが視線を交わし合う様子を、クラリスは淡々と見つめていた。
シェリルが、決意を新たにステファニーの放つ挑戦的な視線を受け止め、互いに目に見えない火花を散らし始めた瞬間、クラリスの表情がわずかに動いた。
――へぇ……意外と気が強くていらっしゃるのかしら?
静かな波紋が水面に広がるように、彼女の心に小さな変化が訪れた。
――波風が立つのは悪くないことですわ……退屈な事にはなりませんものね
クラリスの心の声は誰にも届かない。
それでもシェリルの決意、ステファニーの反発、そしてこの学院に潜む様々な感情の渦を、彼女は冷静に見つめている。
まるで自分だけが知る秘密を楽しむかのように、彼女はその場の状況を眺めていた。
「ふぅ……」
隣でシェリルが自らを落ち着けるように深呼吸をして、再び強い決意を示すのを、クラリスはじっと見つめていた。
その
「さて、これからどんな波が立つのかしら?」
クラリスは静かに壇の上から降りた。
「とても興味深い事になりそうですわね」
クラリスは微笑みながら、二人の少女に視線を送り続けた。
これからの学院生活の行方が、自身の楽しみであるかのように、冷静に、しかし深く見守り続ける。一歩引いた立場から、静かに観察しているが、その内には深い水脈が静かに流れていた。
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