7.聖女の入学……④   ☆

「本日、私達新入生一同は、

 このように立派な入学式を迎えることができましたこと、

 心より感謝申し上げます。

 まず、学院長をはじめとする先生方、

 そして私達を迎え入れてくださった在校生の諸先輩方、

 そして今日まで支えてくださった保護者の皆様に、

 感謝の意を表したいと思います。

 この日を迎えるにあたり、

 私達はそれぞれに多くの期待と少しの不安を抱いていますが、

 それを超える強い決意と希望を胸に抱いています」


 クラリスの透き通るようなソプラノボイスが、大広間に響く。

 ホーリーウェル魔導学院での学生生活という新たな旅が、今始まる。

 この9年間は、大きな成長の時期であり、自分自身を見つめ直し、未来に向かって一歩ずつ進む貴重な時間となる。

 学業や、さまざまな部活動、そして友人との交流を通じて、多くのことを学び、経験し、そして成長していくことだろう。


 クラリスの話す言葉は、決して形ばかりの物ではなかった。それは彼女の本心であり、それ故に聞く者の心を打っていた。

 彼女の話に、誰もが耳を傾けそして頷いた。


――さすがクラリス様……『マルムストロームの至宝』と呼ばれるだけの事はありますわね


 ステファニーは、クラリスの言葉に共感し、そして恐怖した。

 彼女の言葉は、周りの者を魅了する。その真意がどうであれ、彼女の言葉や行動を、周囲が勝手に都合の良いように解釈してしまう。そんな気がした。


「最後になりますが、私達新入生一同、

 この学院の一員としての誇りを持ち、

 全力で学び、成長していくことをここに誓います。

 そして、私達の未来が明るく、

 充実したものであるよう、日々努力してまいります。

 本日は誠にありがとうございました」


 クラリスが挨拶を終え、うやうやしく膝折礼カーテシーを行うと、大広間は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 彼女はそれに応えるように笑顔で軽く手を振って、歓呼の声に応えている。

 まさに人を惹きつける魅惑の存在。そう思えた。


――純真で善良な方のようにお見受けしますが……もしそれが歪んでしまったとしたら……?


 ステファニーは傍らに控えているフロラを呼び寄せた。


「『草莽てのもの』に、マルムストローム公爵家に関するあらゆる情報を集め、私に伝えるよう申し付けて……」


 言い掛けた直後、再びクランプが壇上に上がるのを目にして、彼女は動きを止めた。

 クランプは壇を降りようとしたクラリスをその場に留め、拍手を向け称賛して口を開いた。


「今年も素晴らしい新入生を迎えることができた事を私は嬉しく思う。

 そして、今年は『アルフォード大聖堂』から遣わされた特別な生徒も加わる……

 シェリル・ユーリアラス、こちらへ」


 クランプに紹介され、聖騎士パラディンユーリアに随伴エスコートされ、シェリルがゆっくりと進み出る。

 髪型も整えられ、それまでの粗末なワンピースではなく、アルフォード大聖堂の白い紋章エンブレムが施された青い片肩マントペリースに青と白で色分けされた制服を身に纏ったシェリルが正面を向き直ると、ざわついていた空気が水を打ったように静まり返った。


「えっ……?」

「あの衣装って……?」

「肩の紋章は……?」

「聖女……様……?」


 生徒の誰かが口を開く。

 眩く光る照明灯は、まだ壇上にいるクランプとクラリスに向けられてはいるものの、それでもシェリルの存在感に目を奪われる者が多く、お互いにそれを確かめるように口を開く。


 マーキュリー王国の貴族社会には、長い歴史の中で培われてきた数々の言い伝えがある。その中の一つが『アルフォード大聖堂の聖女セインテス』だ。


 伝説によれば、遠い昔、上級魔術師アークマジシャンの能力を持ちながら、同時に高レベルの聖魔術も扱える若い女性が存在したとされる。


 この存在は、今を生きる人間で直接目にした者は誰もいない。太古の伝説に過ぎない。それでも団結して『アニマ』の尖兵どもと戦い続けた者達の末裔である貴族の間では、今でも語り継がれている。

 実際、創建時からあるアルフォード大聖堂の正門の梁には、以下の銘文が刻まれている。


”Cum malae cogitationes in cordibus hominum exundant,

 fatum circumit, et malus deus apparet.

 Virgo sancta caeli hunc sedabit.”


 この銘文の起源や用途は不明であるが、マーキュリー王国の正式な歴史書『王国正史』にも記載されているとされる。

 そしてアルフォード大聖堂では、この銘文を以下のように解釈している。


“人ノ心ニ住マウ邪心溢レシ時、

因果ハ巡リ、邪神現ル。

天空ノ聖女、以テ是ヲ鎮メル……”


 この解釈に含まれる『聖女セインテス』という言葉は、特に信仰心の厚い者にとって強い反応を引き起こす。

 『聖女セインテス』の伝説は、ノイルフェール神の一柱『地母神ソフィー』の存在と相まって、単なる言葉以上の意味を持ち、人々の心に深く刻まれた概念となっている。


 長い月日を経たことで、意識の中からも消え去ろうとしていた『聖女セインテス』の伝説。それが今蘇ろうとしている。

 アルフォード大聖堂から派遣された生徒……シェリル・ユーリアラス……の登場により『聖女セインテス』の伝説がにわかに現実味を帯びてきた。


 彼女の特別な衣装とアルフォード大聖堂の紋章エンブレムは、多くの生徒達の注目を集め、古くから伝わる『聖女セインテス』の概念を想起させている。

 整えられた桜色の髪は燭台の朧気な光でも、なお光り輝き、端正な顔立ちを際立たせる金の髪飾りが、彼女を一層神々しく見せていた。


 12歳である少女特有の細い体躯でありながら、その佇まいには言い知れぬ神聖さえ纏っているような印象を見る者に与えている。その姿は、まさに伝承にある『聖女セインテス』であり、会場は完全な静寂に包まれていた。


 侍女のフロラに指示を下そうとしたステファニーも、壇上にいるクラリスも、予期せぬ展開に息を呑んだ。

 報告で『特別生イレギュラーズ』の入学の件は、もう耳にしている。


 そもそも『特別生イレギュラーズ』は、学院の入学資格を持たない者が、その特別な『才能』で生徒として入学を許された者を指す。

 簡単に言えば、『魔力を持っている』、『魔術適正の高い』平民が、『特別』に生徒となる事であり、過去にも同様なケースは幾つもあった。


 しかし、今回は違った。

 シェリルは『アルフォード大聖堂』が送り出した『聖女セインテス』だとは、誰も予想していなかった。



<挿絵>

特別生イレギュラーズシェリル』

https://kakuyomu.jp/users/oracion_001/news/16818093087179290436

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