6.聖女の入学……③

 マーキュリー王国の貴族階級は、国王によって賦与する特権や栄典により、9段階の爵位によって定められている。

 『諸侯の封号(領主)』の証として爵位が授けられ、土地に根付いて爵位が存在する。

 日本の江戸時代における『藩』のようなものであり、その領地を治める家の者の姓と爵位名は一致しない。

 しかし時代を下るにつれ、領地を持たず身分だけが高い法服貴族も発生し、今日こんにちに至るから、貴族社会はややこしい。


 この王国では公爵と辺境伯の家格はほぼ同格だ。

 王位継承権を放棄し、王族から臣下の列に加わり貴族となった者が『公爵デューク』であり、臣下としての位は最高位だが名誉職で実権のない『侯爵マーキス)』、他国との国境を守る『辺境伯マーグレイヴ』、そして『伯爵アール』、『子爵ヴァイカウント』、『男爵バロン』、『準男爵バロネット』、『騎士爵ナイト』、平民から叙任される爵位である『田爵ジェントリ』もしくは『武勲爵エスクワイア』となる。


 そして『マルムストローム公爵家』は、いくつかある公爵家の中でも長く王権を補佐する役目を与えられている。それは万一王宮の直系が断絶した際に国王を擁立するために定められた特別な家だからだ。これも日本の徳川幕府の『御三家』に等しい。


 社交儀礼は、形式的だが、人間社会で暮らす中では非常に大切な事だ。互いに敵意はない。それを相手に知らしめるコミュニケーションの手段なのだから。

 そして今、その大貴族の令嬢二人が親交を温めていた。


「これからは、どうぞ私のことはクラリスとお呼びください」

「ありがとうございます。では私の事もステファニーと……」

「嬉しいですわ、ステファニー様」


 クラリスは扇子を下ろしてにっこり微笑んだ。

 その姿は上質な人形のような美しさを誇っており、まさに気品すら感じさせる存在であった。でられるべき自分の価値を失わない高嶺の花と呼ぶに相応しい存在……ステファニーはクラリスをそう評した。


「そう言えば、クラリス様は主席入学でございましたわね?」

「ええ、とても僭越な事とは思いましたが、栄誉ある事と受け止めております」


 クラリスは扇子で口元を隠しながらも微笑んで見せた。


「では、新入生挨拶も?」

「はい、学院からお手紙が届きまして、わたくしなりに考えてみましたの」

「楽しみですわ」


 その時、大広間の扉が開き、光り輝く礼装を身に纏った学院長のクランプや教師達が姿を現すと、全員が静かに彼等の方を向いた。


「新入生、並びにご来場の皆様、この度は、お集まりいただきありがとうございます」


 進行を進める教員が大広間の演台の前に立って口を開いた。


「これからの学院生活は、皆さんにとって、勉強だけでなく、

 友人関係や部活動、そして自己成長のための貴重な時間となるでしょう。

 この学院では、皆さんが夢を追いかけ、

 目標に向かって進むための支援を惜しみません。

 それぞれの個性を尊重し、挑戦する姿勢を大切にする

 学びの場を提供して参ります」


 手にした羊皮紙の巻物スクロールを広げ、文章を読み上げるが、その言葉は文字通り『型通りのもの』でしかなく、虚しく生徒達の耳を右から左に抜けていく。


「では、学院長にして王宮筆頭魔術師のアストリア子爵クランプ・アーレ・ハイパーソン卿より皆様にお言葉をいただきます」


 しかし、クランプが壇上に立つと、それまでの場の空気が一変した。

 その威厳ある姿に、生徒たちは息を呑む。

 他の生徒と同じように小声で談笑していたステファニーとクラリスも、驚き顔を見合わせ、緊張が高まるのを感じた。

 二人とも、この瞬間が彼女たちの未来を左右すると直感していた。


「まずは、今日この日を迎えることができた新入生の皆さんに心からお祝い申しあげる」


 クランプが口を開く。その声は低く、しかし力強く響き渡る。生徒たちは、これから始まる厳しくも充実した学院生活への期待と不安を胸に、静かに耳を傾けた。


「諸君は、ホーリーウェル魔導学院という新たなステージを得て、ここにつどっている。

 つまり『才能』によって、選ばれたことを覚えておいて欲しい」


 クランプの言葉に、多くの新入生達は、口元を綻ばせた。

『才能』を持つ者こそ、この王国を担う者であり『選ばれし者エリート』なのだ。それは、この王国に連なる貴族達の共通認識でもある。


“ジブンハトクベツナソンザイ!”


 華やかな礼装やドレスに身を包み、このホーリーウェル魔導学院の大広間にいる。誰もが期待に胸を膨らませている。自分には明るい未来が保証されていると信じて疑わない。


 しかしそこでクランプの口調が変わった。


「では、諸君に問う? 『才能』とは何か?」


 低くしかしはっきりと届く声に新入生達は驚いて身を竦ませた。


「『才能』は一つの条件に過ぎない。

 ここはかしこくも国王陛下の学び舎まなびやである。

『才能』無き者に門戸は開かれない。

 そして入った者には、王室への忠誠と、自らの研鑽を求める場だ。

 自らの『才能』におごり、研鑽を怠る者には用はない!

 王国には、家柄に甘んじ、己が才に驕る者に与える地位ポジションはない!

 心して研鑽に励んでもらいたい」


 クランプの厳しい言葉に、大広間に集まった新入生達の間に緊張が走った。

 ステファニーとクラリスも、先ほどまでの和やかな雰囲気から一転し、真剣な面持ちで学院長の言葉に耳を傾けた。


――『才能』だけでは足りない……そうおっしゃりたいのね……


 ステファニーは心の中で呟いた。クラリスも同じことを考えているようで、彼女の方を見ると、わずかに頷いているのが見えた。

 二人は目を合わせ、無言の了解を交わした。これからの学院生活では、互いに切磋琢磨し、自らの才能を磨き上げていく必要がある。

 そこでクランプは口調トーンを一気に和らげた。


「その道のりは決して平坦ではない。

 時には、困難や挫折を感じることもあるだろう。

 しかし、そういった経験こそが、諸君を成長させる糧になる。

 困難にぶつかったらならば、一人で抱え込まず、

 遠慮なく不安や悩みは申し出て欲しい。

 我等、教職員一同は、常に諸君と共にあることを覚えておいて欲しい。

 改めて、申し述べる……入学おめでとう」


 クランプの演説スピーチが終わると、大広間に静寂が広がった。

 その後、進行役の教員が再び壇上に立ち、「続いて、新入生代表の挨拶に移ります」と告げた。

 クラリスは深呼吸をし、優雅に歩を進め壇上へと向かった。

 二つの照明を受け、彼女の白金色の髪プラチナブロンドが幾重にもきらめきを放つ。その美しさに多くの者が息を飲みこんだり、溜息を吐くのをクラリスは感じた。


――わたくしも負けてられませんわ


 壇上に立ったクラリスは、凛とした姿勢で聴衆を見渡した。その瞳には、決意と期待が輝いていた。新たな挑戦への覚悟を胸に秘め、彼女は挨拶の言葉を紡ぎ始めた。

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