14.大聖堂の決断……①

 夢を見ていた。

 見た事もない場所、感じたことのない感覚に囚われ、彼女は耳に飛び込んでくる轟音と怒号に緊張を高めていく。



……

………………

…………………………

……………………………………


「敵艦隊捕捉! 針路二―九―〇、高低差一二〇〇〇。速度五九〇!」

「駆逐隊! 迎撃に迎え!」

<了解。捕捉殲滅します>

「レーダーに反応! 針路一―九―六、高低差一〇五〇〇。速度六〇〇! 数四! 急速接近中!」


ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ



「ECM作動! 対抗手段準備!」


ピ――――――――――――!


「レーダー・ロック! ロック・オンされた!」

「敵、ミサイル発射!」

「チャフ!」

「チャフ、散布します!」


「敵二番艦、射程圏内に突入してきました。続いて、四番艦!」

「くそう! 囲まれたっ!」


ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ!


「天底に下げて逃げるのよっ! 駆逐隊はっ!?」

「敵駆逐艦八隻と交戦中! 援護できません!」

「くそっ、もう少しだって言うのによっ!」

「この宙域で、なんとか撃破するのよ。それしか手はないわっ!」

「どうやって……それに『コラプス』……あんな化け物相手にどうすれば……?」

「あの小惑星帯に入り込んで! 照準を固定し、主砲を斉射するわ! アプムス隊に援護させて!」

「了解」


ピ――――――――――――!


「ミサイル群接近!」

「進路〇―四―七! どうあっても小惑星帯に近づかせない気ね!」

「敵駆逐艦、割り込んできます!なおもミサイル発射を確認!」

「フレアー射出! 囮に食いつかせてっ! 全速前進!」

「フレアー射出! ミサイル離れていきます!」

「天頂方向に敵艦! 照合! クラハーン級巡航艦! 数2!」

「アスタバーン装填! 照準、ポイント・アルファ〇―九―〇。ベータ二―三―一。撃てーっ!」


「命中! 『コラプス』が針路を変更しました!」

「急速回頭! 艦首、軸線に乗せてっ!」

「方位 X〇二七、Y〇二二、Z〇四六、宜候ようそろう!」

「第二射、準備!」


「大変です! 『アルスキール』が『コラプス』と接触! 爆発します!!」

「緊急防壁展開!」

「防御間に合いません!」

「破片群、急速接近っ!」

「総員! 何かに掴まってっ!!」


ガガガガガッ! ドンッ!!


「第一エンジン損傷!」

「出力低下 火災発生!」

「自動消火装置作動させますっ!」

「第一エンジンカット! 動力パイプ閉鎖っ! 残るエンジン出力最大! 第三惑星大気圏限界点で迎撃するわっ!」

「そんな無茶な!」

「でないと破滅よっ! ここでやられる訳にはいかないの! 何としても『コラプス』を完全粉砕するのよ!」

「りょ、了解……」

「出力そのまま。なおも増速中! 速度一二・一三・一四・一五……」

「フィールドの展開を急いでっ! 重力に押しつぶされる前にっ!」



……………………………………

…………………………

………………

……


 余りの衝撃的な光景と、強烈な息苦しさにうなされ、シェリルはベッドから身を起こした。


「何……? 今の……?」


 夢と言うには余りにも生々しい光景だった。まるでそれは記憶の一部のようであるが、たった12年の人生しか歩んでいない彼女にとっては衝撃的な内容だった。


 見たこともない場所に知らない言葉……そして押し寄せる衝撃と振動。それが一体何を意味するのか、彼女には到底理解できるものではなかった。

 それなのに、実際に体験したような生々しさがある感覚が彼女を支配している。鼓動は激しく脈を打ち、内に秘められた『アイテール(魔素マナ)』が激しく全身を駆け巡る。


――わたし……こんなの知らない!

「……怖い……怖いよ……」


 シェリルの口から零れ出る不安、そして孤独。それは漆黒の闇の帳に閉ざされた今の状態そのものではないか?

 その時、肌身離さず身に着けているペンダントが、胸元で蒼白い光を放った。


『Don't worry. I will continue to protect you. Forever.』


 蒼く輝く光はシェリルの心を包むように優しく広がり、聴いたことのない言葉が彼女の心に流れ込んでくる。

 シェリルはベッドの上で蹲り、両手でペンダントを握りしめていた。



                          ◆◆◆◆



 王都バーニシアは、この『ヴァストリタヴィス大陸』で唯一『ノイルフェール神』を国教とする国であり、かつ、東の大国『フィルツブルク聖皇国』に匹敵する版図を持つ『マーキュリー王国』の首都でもある。


 フィルツブルク聖皇国の『黄金聖都エルドラドベイヨルフ』のような絢爛けんらんさはまるでない。

 しかし、磨き上げられた白壁とプルシアンブルーの屋根、それに各所のモールに控え目に施された金箔が王城を含む全域に施されており、この白亜の都にアクセントを加えており、その美しさには多くの人間が息を呑む。


 その中心に建つ王城から北に10km。

 小高い山の山頂に、アルフォード大聖堂はバーニシア城と同じ色と佇まいで聳えている。

 バーニシア城が政治と行政の中心であるなら、アルフォード大聖堂は、国民の心の部分を引き受けている。


 その荘厳な建物の最奥の一室で、聖騎士パラディンユーリアは緊張した面持ちで立っていた。

 ごく限られた者しか入室できない部屋の中央の席に、賢者セージシルヴェスターが座し、その左右に高弟こうてい筆頭のアイリス、そして聖騎士長キャプテンパラディンのミシェルが座している。


賢者セージ』……すなわち聖属性魔術を含む、この世のありとあらゆる魔術に精通し、神の領域と呼ばれる等級の魔術までも単独で行使できる存在である。


 もちろん地上に於ける『ノイルフェール神』の代理者かつ,可見的教会の首長は『枢機卿カーディナル』ではあるが、その『枢機卿カーディナル』の上位に位置し、指示命令を下している不可見の存在が賢者セージだった。

 そして、それは長いマーキュリー王国の歴史を紐解いても一人しか存在しない。


 聖騎士パラディンとして序列3位の地位を持つ、ユーリアだが、彼等の前に立つと、どうしても緊張に包まれ鼓動が感じられるほど速くなってしまう。

 ましてアイリスは風精神族ハイエルフであり、ユーリアにとってはまさに主上の存在だ。


「聖堂内で密かに噂になっておりました『ウーラニアー村の魔女』について、調査結果をご報告いたします」


 ユーリアは深呼吸をして話し始めた。この報告は、とても重要で大切なものだという事を、彼女は自覚していた。だからこそ敬愛する者達に伝えたい。自らの口から。

 その気持ちが、今のユーリアの心を占めていた。

 その心情は、まさに神話で神々に語り掛ける物語の主人公のような気分になってしまっていた事は否めなかった。


 受け取る側がどう判断するのか?

 風の大精霊シルフィードのユーフェミアが語った事は何だったのか?


 緊張と功名心に駆られたユーリアは、この時完全に失念していた。

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