3.寒村の少女……①
今に至るまで5千年。気の遠くなりそうな時を経て、人類は
それでも『悪魔の1ヶ月』は世界の混迷を告げる
『悪魔の1ヶ月』で発生した大規模な津波・地震・噴火・岩盤の崩落・土石流や火砕流は大地を大きく変容させ、
再び文明を取り戻した『ヴァストリタヴィス大陸』の豊饒な大地に、広大な領土を持つマーキュリー王国。その最前線と呼んでも良い地域に『エルスワース辺境伯』領がある。
この地は、王国の東端に位置し、常に隣国との緊張関係に晒されていた。
『ウーラニアー村』は辺境伯領とフィルツブルク聖皇国との
土地は痩せ、周辺には『魔の森』と呼ばれ、人々から恐れられる広大な大森林『ユーミルの森』がある。この森は、古来より数々の伝説や噂の舞台となってきた。
迷い込んだ者が二度と姿を現さなかったという話や、夜になると不気味な光や音が聞こえるという噂も絶えない。
村人達は、この森に対して畏怖と尊敬の念を抱きながら、その恵みにも感謝しつつ生活を営んでいた。
多くの岩山と大きな渓谷が臨む険しい地形は、外敵の侵入を困難にするが、それ故に村人達の生活も決して楽ではなかった。
しかし、彼らはこの厳しい環境に適応し、独自の文化や生活様式を築き上げていた。
100人ばかりの
それでも村人である
種族の壁を気にすることもなく、ひたすらに王国の主神でもある二柱の神『ノイルフェール』を信奉し、祈りを捧げる穏やかな日々を過ごしていた。
『ノイルフェール』は、創造と破壊、光と闇、生と死を司る二面性を持つ神であり、村人達はこの神の教えに従って、自然と調和した生活を送っていた。
村の中心には、小さいながらも荘厳な雰囲気を漂わせる石造りの教会があった。その尖塔は村で最も高い建造物であり、遠くからでもその姿を確認することができた。教会は単なる信仰の場所だけでなく、村の集会所や避難所としての役割も果たしていた。
そして災害や病気、戦争で親を失った子供達を受け容れる孤児院としても。
ウーラニアー村の日々は平穏そのものだった。しかし、その出来事は村全体に大きな衝撃を与え、やがて村の運命さえも変えることになる。
村の教会に一人の女児が打ち捨てられる前までは……
◆◆◆◆
その年も押し迫り、雪の降る王国暦1767年12月24日。
『ノイルフェール』の一柱『地母神ソフィー』の降誕を祝う『
この日は、一年で最も夜が長い冬至に近い日に設定されており、闇から光へ、死から生へと移り変わる季節の変わり目を象徴していた。
村中が祝祭の準備に忙しい中、教会では
ジェームスは40代半ばの温厚な性格の男性で、
雪が舞う寒い夜、教会の扉を叩く音が響いた。その音は、祝祭の喧噪とは明らかに異なる、切迫した響きを持っていた。
音に気づいた
赤子の泣き声が静寂を破り、ジェームスは慌てて赤子を抱き上げた。
「この祝祭の夜に……いったい誰が……?」
ジェームスは、優しく赤子を抱きしめ周囲を見回す。しかし、教会の前に降り積もった雪に足跡はなく、彼は困惑しながら、奥に向かって声を上げた。
「エミリー! 来てくれないか!」
「どうなさいましたか? 司祭様」
「捨て子だ! 急いで毛布を持ってきてくれ給え!」
「まぁっ!」
ジェームスの声には、緊迫感が滲んでおり、
ジェームスが暖炉の火勢を強め、エミリーがミルクを用意する。この教会は孤児院も兼ねている。時折このように生後間もない赤子を置かれる事は、今迄何度かあった。
しかし、今回は多少様子が違うようにジェームスには思えた。
「それにしても、こんな雪の中をどうやって……?」
エミリーの質問にジェームスも首を傾げて応えた。
「判らないんだ。外には誰もおらず、足跡もない……まるで空から降ってきたかのようだ」
「まさか? 幾らなんでも……」
突拍子もない言葉にエミリーは苦笑した。ジェームスも「考えすぎだな」と笑って答え籠の中を覗くと、そこには、銀色に光る天使を
「何々?……ノイルフェールの使徒にその身を託す……
「どうなさいました?」
「どうやら我等を頼った
ジェームスはエミリーに紙片を渡した。エミリー赤子を抱き上げながら読み進めてみるが、やはり最後の部分で目が止まってしまう。
「確かにかなり痛んでいますし、焼け焦げてますね。火事でもあったのでしょうか? それとも邪神アニマの信徒に追われていた……とかでしょうか?」
「そうだろうな……状況的に考えれば……」
ジェームスは深刻な表情で頷いた。赤子は泣き止み、一心不乱にエミリーの出した哺乳瓶からミルクを飲み続けている。
その様子を見ながら、ジェームスが腕組みをして考え込んだ。隣国で国境を接しているフィルツブルク聖皇国は、彼らの言う『邪神』である『唯一神アニマ』を絶対の正義としてみなしており、他の信仰は一切認めていない。
必然的にこの村とは敵対関係にあり、この赤子も敵の兵士に追われて逃れて来たノイルフェール信徒なのだろう。ジェームスはそう結論付けた。
しかし、そうだとすれば、この子の将来にはどのような試練が待ち受けているのだろうか? ジェームスの胸に不安が去来した。
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