4.寒村の少女……②

「アニマの手を逃れたこの子は、神の加護を持っているのかもしれませんね。それにこの髪の色も珍しいです」


 エミリーは赤子を抱きながら、その特異な特徴に目を細めた。

 うっすらと生えている桜色の髪……このような髪色を持つ者はこの村にはおらず、それがこの赤子の特異性を示しているように思えた。この地では見たことがなく、文献でしかしらない木……『桜』……その花のような髪は、神秘的な輝きを放っていた。


――或いはこの子は『神の御遣様みつかいさま』なのでは……?


 咄嗟にジェームスは思い至ったが、すぐにバカバカしいと自分に言い放って首を左右に振って口を開いた。しかし、その考えは完全には消えず、心の片隅に残り続けた。


「そうだな。『ノイルフェールの使徒』と言われては、我等が育てるしかない」


 エミリーが呟くと、ジェームスは決意を固めた。

 この子を守り、育てることは、彼らの使命であり、信仰の証でもあった。同時に、この子の存在が村全体にもたらす影響についても、ジェームスは考えずにはいられなかった。


「名前を付けよう……シ……なにがしか……」

「『シェリル』は如何です? 子供達の中に同じ名前はいませんし」


『シェリル』……その名には『愛されし者』という意味があり、この子の未来への願いが込められていた。


「そうだな。今日からこの子はシェリルだ。『シェリル・ユーリアラス』……ユーリアラス孤児院の子だ」


 エミリーが提案し、ジェームスは満足気に頷いた。その瞬間、教会の中に柔らかな光が差し込んだような気がした。それは、神の祝福のようにも思えた。

 やがて、赤子の彼女は、その後に訪れる運命を知ることなくエミリーの優しい腕の中で眠りに就いた。シェリルの寝顔は穏やかで、まるで天使のようだった。エミリーは思わずその頬に優しくキスをした。


 外では雪が激しさを増し、村全体を白く覆って行く。窓越しに見える雪景色は、まるで新しい世界の始まりを告げているかのようだった。

 この雪の夜に、ウーラニアー村の、そしてマーキュリー王国の運命を大きく変える一人の少女が現れたことを、誰も知る由もなかった。


 翌朝、新しい捨て子『シェリル』の存在は村中に知れ渡った。

 多くの村人達が教会を訪れ、この不思議な赤子を一目見ようとした。珍しい桜色の髪……それは他人にあまり関心を示さない森風精族エルフ達も深い関心を示した。


 「この子には特別な運命が待っているだろう」


 森風精族エルフの長老は予言めいたことを口にした。

 彼の言葉には重みがあり、村人たちの間で様々な噂や期待が飛び交った。


                          ◆◆◆◆


 森風精族エルフの長老が発した言葉は、奇しくも現実のものとなって行きつつあった。


 と言うのもシェリルの成長は、他の子供達とは明らかに異なっていた。

 彼女の魔力は驚異的なもので、人間族ヒュームはもちろん、魔力に長けた森風精族エルフの大人達でさえ、その才能に舌を巻いた。


 シェリルがユーリアラス孤児院にきて5年の月日が流れていた。桜色の髪は長く伸び、陽の光を浴びて煌めき、可憐な少女へと成長させていく。

 しかし、その中に潜む並外れた能力は、同時に彼女を孤立させる原因にもなった。

 他の子供達は、シェリルの存在を恐れ、避けるようになっていった。シェリル自身も、自分が他の子とは違う、異質な存在であることを直感的に理解し、次第に口数も減り、他者との関わりを避けるようになっていった。


「シェリル、みんなと遊んでこないの?」

「………………」


 エミリーが優しく声をかけても、シェリルは首を横に振るだけだった。

 そんなシェリルが没頭したのは、魔術や歴史の書物を読み漁ることだった。他の子供たちが外で遊ぶ時間、シェリルは教会の書庫に籠もり、古い魔術書を読みふけっていた。

 彼女の知識欲は尽きることを知らず、次々と難解な魔術理論を吸収していった。


「シェリル、もう夜も遅いわ。もう寝なさい」

「………………」


 エミリーが心配そうに声をかけても、シェリルはただ黙々と本を読み続けた。

 そして、シェリルは理論だけでなく、実践にも励んだ。村外れの誰もいない荒地で、彼女は様々な系統の第一等級魔術の練習を繰り返した。

 時には大地を揺るがす程の魔力を解き放ち、村人達を驚かせることもあった。


「あの子は本当に恐ろしい力を持っている」

「まるで魔物のようだ」

「ひょっとしたら魔女なのかも……」


 村人達の間で、シェリルに対する恐れと不信感が広がっていった。

 彼女の存在は、村の平和な日常を揺るがす不安定要素となっていた。しかし、ジェームスとエミリーは、そんなシェリルを守り続けた。彼らにとって、シェリルは神から託された大切な子供であり、同時に自分たちの娘のような存在でもあった。


「彼女はかしこくも『ノイルフェール神』から託された子供です。私達が導いていかねばなりません」


 ジェームスは村の長老たちに説得を試みた。

”放逐などしては神罰を下される!”

 ジェームスはその一言で、シェリルに対する批判的な意見を黙らせていく。しかし、彼の心の中には、シェリルの力に対する不安と戸惑いも存在していた。


「とは言ったものの……私とて正直、測りかねているんだ。あの子の能力を……」


 子供達が寝静まった夜、ジェームスは珍しくワインを口にして小さく呟いた。反対側に腰掛けるエミリーは、静かに司祭の顔を見つめている。彼女の目には、シェリルの未来を案じる色が浮かんでいた。


「実は、昼間……司祭様がお出掛けの間、あの子が村の子供に虐められている所を目にしました」

「何だと?」


 エミリーの言葉にジェームスは驚きを見せた。

 村長の息子は身体が大きく、村の子供達を仕切るような男児であり、刃向かう者には容赦なく暴力を振るった。その彼が、シェリルを『魔女』と呼んで、彼女の長く伸びた桜色の髪を引っ張ったのだ。


「この薄気味悪い魔女めっ! 村から出ていけっ!」


 村の大人、特に風精族エルフから特別な評価をされているシェリルを前々から苦々しく思っていたのだろう。この息子ジョアンは、事あるごとに幼いシェリルに難癖を付け、虐めを繰り返していたが、それでもシェリルが人形のように表情を変えず無視し続けていた。

 それがますますジョアンの敵愾心を買い、とうとう手下となった子供達10人でシェリルに暴行に及んでしまったのだ。

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