第十六話: 神すら殺すケツデカ

※暴力的、グロテスク的、センシティブ的な要素あり、注意要




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 ファンタジー世界でも、王族を始めとして、ごく一部の特権階級を守る為の設備は存在する。



 例えば、王城だ。



 王都は別として、王族(あとは、王城に居る貴族たち等)を生かす為に、城には様々な対策が秘密裏に施されている場合が多い。


 任意で発動するバリアに加えて、衝撃を受けると発動する類の魔法。逆に、特定の範囲では魔法の一切が使えなくなるようにする魔法、等々。


 城の外壁などにはドラゴンの炎にも耐える特殊な材質を混ぜ込んでいたり、あるいは軍隊の攻撃を受けても耐えられる強固な造りにしていたり、逃走用の経路が地下に作られていたり、等々。


 両手の指では足りない数の対策が成されていた。


 その中には、毒ガス……言い換えれば、毒霧や魔法的なガスを中和し無効化する類の処置も施されており、それが結果的に……城の者たちの寿命を少しばかり伸ばしたのである。



「──な、何が起きているのだ!? いったいどうしたのだ!?」



 とはいえ、それだけだ。


 対策によって、内部の者たちに起こった変化はほとんどない。


 だから、実感しにくい。


 故に、城の内部で、そのような驚きの声をあげたのは……誰が最初だったか……まあ、仕方がない事だろう。


 なにせ、城の対策とは……あくまでも、常識の範囲内における外敵を想定した、対策であるからだ。


 だから、城に居た者たちは……いや、誰しもが、何が起きたのかを理解出来ていなかった。



 それも、当然だろう。


 何せ、城は王都の中心にある。



 そして、諜報などを警戒しているがゆえに、城を囲う内壁が二つ設置されている。


 緊急時では迅速な連絡が行えるようにしてはいるだろうが、それでも最低限の手続きを行う必要がある、


 それが、連絡の致命的な遅れを招いた。


 緊急時とはいっても、それはあくまでも王城へ連絡出来るだけの余裕がある状況に限られる。


 言い換えれば、それが出来ないような状況になれば……そう、城に居る尊き者たちは、情報的に孤立してしまうのだ。


 実際、倍々に増えてゆく加害者と被害者、爆発的な勢いで膨れ上がる死傷者によって、現場の指揮も秩序も完全に崩壊し、命令系統は途絶えていた。


 おかげで、城下町にて起こっている惨事に、城の者たちが気付いたのは、王都の住民の3分の1が死に絶えたあたり。


 何処からともなく現れ始めた火災によって、夜の城の中からでも異変を目視出来る……そんな状況にまで至ってしまった頃であった。


 もう、この時点で……既に、全てが手遅れであった。


 何故なら、情報を収集しようにも、既に現場の指揮は崩壊。加害者が誰で、被害者が誰で、外の兵士や衛兵たちが何処で何をしているのかすら、全く分かっていない。



 なので、早急に知る必要がある。


 だが、それをするわけにはいかなかった。



 何故なら、城の敷地内には近衛兵を始めとして、武装した兵士が常勤しているが……その人数は、百人と少しといった程度の戦力しかないのだ。


 とてもではないが、人数を割くわけにはいかなかった。


 これが仮に敵の陽動作戦であったならば、ここで人数を割くのは敵の策に自ら飛び込むも同然であるからだ。


 故に……城の者たちが取った行動は……立てこもり、すなわち籠城ろうじょうであった。


 下手に賊の侵入を許せば、それこそ一大事。かといって、貴重な戦力を割くわけにもいかない。



 その板挟みに結論を出せない結果、城の者たちは消極的な決断を下した。



 地下の隠し通路で逃げるにしても、最低限身の回りを警護する者を連れて行く必要がある。守りの無い王族なんぞ、陸に打ち上げられた魚も同然。


 故に、城の者たちは内壁の扉を全て閉じて静観する……という行動を取ったのであった。



 ……まあ、それを責めるのは酷というものだ。



 対策というのは、基本的に許容範囲を定めたうえで行うからだ。


 災害や外敵に対して事前に無限の食糧や燃料を用意出来る事なんて、不可能であると同じく、対策にも限界というものがある。


 どれだけ厳重かつ綿密な対策を用意したとしても、必ずどこかに穴がある。そこを突かれれば、どれだけ強固な守りであっても、容易く崩壊してしまう。


 そして、城を襲った此度の怪物は……不運なことに、そんな小さな穴を根こそぎ見つけ出し、そこから攻撃を行う知性と能力を持っていた。






 ……。


 ……。


 …………まず、犠牲になったのは、外に出ている者たち。剥き出しの大地と接している兵士たちであった。



 地中より出現した、大きな枝葉と巨大な実。その数は、瞬く間に50を超えた。


 あまりに想定外の状況に面食らった兵士たちは、それでもなお、己の職務を果たす為に剣を抜いた──が、遅かった。


 次の瞬間、パカリと実が割れて、内部より姿を見せた……『アリアドネ・ケット』の姿を見て……誰しもが、行動不能に陥った。


 兵士たちは、既に犠牲になった者たちと同じく、『ケット』に愛されたいが為に互いを殺し合った。


 そこには、一切の躊躇もない。つい先程まで仲良くしていた同僚を、満面の笑みで殺し……殺され、ものの数分で兵士の7割が死んだ。




 次に犠牲になったのは、主に魔法使いである。




 この魔法使いというのは、ケットのような魔法使いではない。いわゆる、学校に通って魔法を習得した、正道を経て魔法使いの役職に就いた者たちである。


 それ故に、彼ら彼女らはケットのような不老ではない。代々『魔法の素養』があるだけの、優秀かつ平凡な魔法使いである。


 しかし、平凡であろうが、魔法的な防御は行えるし、魔法的な治療も行える。


 おかげで、彼ら彼女らは……『ケット』が放つ絶望的な『美しさ補正+++』にも、その身より放たれる『香り』も、ある程度は耐える事が出来た。


 だが、少しばかり耐えただけだ。何故なら、それが出来たところで決定的な戦力の差を覆す事が出来ないのだから。


 魔法使いたちは、敵がドライアドの一種であることを瞬時に悟り、有効的とされている『火の魔法』を放った。



 そこまでは、正しかった。



 実際、『ドライアド・ケット』には火が弱点であったからで、最初の一体、二体、三体は即死させる事が出来た。


 しかし、見誤った。何故なら、『ケット』たちは所詮、触手の一端でしかないから。


 いくら弱点魔法で応戦したとしても、魔力という名の燃料タンクに限りがある魔法使い。体力的な消耗も、避けられない。


 対して、『ケット』の戦力は事実上無尽蔵だ。


 地中より燃料を補給するだけでなく、地上にて仕留めた者たちからも燃料を取り込む。つまり、『ケット』にダメージは無い。


 最初は一気呵成いっきかせいに戦況を覆そうとしていた魔法使いたちも、次から次に送り込まれる増援に顔色を失くし……20分と経たないうちに、全員が物言わぬむくろとなった。


 そうなれば、もう……抵抗できる者など、1人もいない。


 城の敷地内にいた者たちは、一部を除いて全員が『ケット』の餌食になった。骸より生えた花を鮮やかに、気付けば……城の中には、隙間風の乾いた音しかしなくなっていた。



「な、何故だ、何故に我らの国を襲った」



 ……いや、一つ訂正。



「答えろ、化け物め!!!」



 まだ、生き残っている者がいた。


 場所は、非難用の地下通路へと続く、秘密の部屋。そこには王家と、側近たちと、近衛兵3名だけが居た。


 詳細に述べるならば、国王と王妃、その子供が3人と、宰相(さいしょう)と、文官が2名。たまたま来ていた貴族が2名と、近衛兵3名の……13名。


 室内は、ある種の欲望を抑制する効果に特化した、鎮静作用のある香りが充満している。


 どうしてそんな事をしているのかと言えば、単純に……己を暗殺しようとした計画犯を、後悔させたい……それに尽きた。



 そして、今しがた、真っ赤な顔で唾を飛ばして怒声を張り上げたのは、国王だ。



 だが、第三者が仮にその場を画面越しに目撃していたならば、誰一人として、その男を国王とは思わなかっただろう。


 着の身着のままと言わんばかりの寝間着に、防寒対策と思われる豪奢なマント。顔中に脂汗を浮かべていて、恐怖か寒気か、目に見えて分かるぐらいに震えている。



 威厳など、欠片もない。死の恐怖に怯える、哀れな中年男性でしかなかった。



 そしてそれは、王妃も同様で。どうする事も出来ない状況に王子と王女たちを抱き締めて震えるばかりで、その姿は母であると同時に……無力な中年女性でしかなかった。



 ……王家だけではない。



 側近たちも、貴族たちも、近衛兵たちも……間もなく訪れる死を前に、ただただ怯える事しか出来なかった。


 何故なら……頼みの綱の『地下通路』へと続く、出入り口が……完全に、枝葉によって覆われ、通れなくなってしまっているから。


 中まで確認しなくても、分かる。既に、地下通路は『ケット』たちに占領されてしまった。


 ここを突破するというのはすなわち、『ケット』の胃袋の中に自ら入って突破しろという、蛇に飲み込まれた卵も同然の状況なのである。


 せめて、魔法使いが生き残っていたのであれば……いや、無理か。


 たとえ、全魔法使いが生き残っていたとしても、突破は不可能である。何故なら、『ケット』の触手は王都の外にまで伸びているし、既に外の出入り口付近にも待ち伏せを置いているから。


 それ以前に、抜ける前に酸欠で全員死ぬだろう。


 狭い通路の中で『ケット』を即死させるだけの『火の魔法』なんぞ使えば、待っているのは自滅。つまり、助からないのは確定しているわけであった。


 そんな中、国王は吠えた。


 どうせ、殺される未来は決まっている。ならば、どうしてこの国を襲ったのか、どうして我らは殺されるのか……その理由だけは、知っておきたかった。



『……宰相、お前が原因だ。お前は、私を殺そうとした。だから、返り討ちにした……それだけだ』



 それを察した『ケット』は、代表する形で一体が前に出て答えた。


 途端、その場に居る全員の視線が……宰相へと向けられる。驚いた宰相は、違うと言わんばかりに首を横に振って……ハッ、と目を見開いた。



「まさか……お前、『大森林の魔女』か!? お前が、かの伝説の魔女、ケット・スディカなのか!?」



 問われた『ケット』は、答えなかった。



 この様子だと、ケットを狙ったのは事実のようだ。


 ……まあ、グエンの大脳より引きずり出した情報だけでなく、既にこの国の者たちの情報を集めた後なので、改めて確証など得る必要はない。


 グエンによるケット襲撃の真相は、宰相を始めとしたお偉方の奸計かんけいであった。



 ……もともと、この国は他の国に比べて土地が痩せている。



 長年の努力によって、天災による飢饉さえ訪れなければ、おおよそ飢え死ぬ者が出ない程度には国を回せているが……それでも、余裕はなかった。


 そこで、宰相たちは考えた。どうにかして、他国の国力を落とす事は出来ないか……と。


 戦争を起こすつもりはない。ただ、何かしらの騒動を起こして国力を落とし、パワーバランスを揃えようと考えたのである。


 その相手として、色々と調査をして選ばれたのが……ローゼリッテたちが統治する『ホクウォー国』である。



 しかし、最初の作戦は失敗した。



 向こうのお仲間と秘密裏に結託し、良いところまでは計画も進められたのだが……想定外の邪魔が入り、みすみす逃してしまう結果となった。


 本来であれば、警戒が強まった事も有って、そこで『ホクウォー国』へのちょっかいは止める予定だったのだが……そうはならなかった。


 宰相たちは、グエンがケットに対して並々ならぬ情念を抱いている事を知った。


 まあ、正確に言うのであれば、知ったというよりは、耳に入って来たという方が……いちいち語る必要はないだろう。


 とにかく、渡りに船と言わんばかりに宰相たちはグエンの動向を探るついでに調査を行い……ついでに接触を図りもした。


 そして、グエンが王都を強制的に離されたということを知り……後はもう、簡単であった。


 接触した当初は警戒心を見せていたが、『ケットの古い友人』だと諜報員の女が名乗れば、それだけでグエンは信用してくれた。


 いや、信用というよりは、ケットの事を少しでも知りたいあまり、信用できる相手だと思い込んだのか……まあ、どちらでもよい。


 重要なのは、グエンの思考を如何に誘導出来るか、ということで……幸いにも誘導は容易かった。


 表面上こそ落ち着いているように見えたグエンだが、その内心は常に暴風雨が吹き荒れていた。


 ちょいと、嫉妬心を煽ればもう、如何様にも掌で転がすことが出来た。後は、同じ王家の者がケットにお見合いさせようとしていると囁けば……後はもう、語る必要などなかった。



 ……。



 ……。



 …………で、それらを既に知り得ていた『ケット』は……今更、彼らと問答をするつもりは欠片もなかった。


 意味深に笑みを浮かべ……合わせて、室内全てを侵食するかのように伸びていた枝葉や根が、ざわざわと動き始める。



『やったら、やり返される……それが全てだ』

「──っ! な、ならば、何故他のやつまで殺した!?」

『……?』

「ワシ1人を殺せば良かっただろう!? 何故、何も知らない者たちまでも殺したのだ!?」

『……お前は、何を言っているのだ?』



 ただ……問答するつもりはなくとも、あまりに意味不明な言動をぶつけられてしまえば、さすがの『ケット』も……思わずといった調子で返事をした。



『何故、私がお前の言い分を察して狙う相手を選ぶ必要がある? 1人殺すも全員殺すも、こちらの勝手だろう?』

「ふ、ふざけるな!」

『ふざけてなど、いないよ。お前たちが仕掛けた戦いに、どうして狙われた私がお前たちの流儀に従う必要があるのだ?』

「なっ……!」

『だいたい、それで生かしておいたらお前たちは私をどう思う? 実行犯だけを返り討ちにしただけの、謙虚な御方だとでも周りを諌めてくれるのか? 違うだろう?』



 そこまで話した辺りで……『ケット』たちはせせら笑った。



『生かした所でお前たちは、私を一方的に恨むだけだ。ならば、全員殺した方が手っ取り早い』

「……っ、……っ」

『そうだ、全員だ。既に、お前たちの親族の記憶は読み取った。この地上に、お前たちの血筋も記憶も文化も一切残さん……明日の朝日を拝むことなく、途絶えるのだ』



 そう告げた……直後。



『どうせ、事が終われば。抵抗しなければ、痛みなく終わらせてやろうぞ──っ!!!』



 いよいよ、蠢いていた枝葉が、彼ら彼女らへと向かう。




 最初に犠牲になったのは、近衛兵。




 彼らは必死の形相で『ケット』達に切りかかったが……残念なことに、『ケット』達は己の身体を鉄のように固くすることが出来る。


 故に、二度、三度と甲高い打突音が響いた辺りで剣にヒビが入り、十度目を境に、全員の剣が砕けて半ばより消失してしまった。


 そうして、近衛兵たちは……抵抗空しく枝葉に貫かれ、体液を吸われてミイラに成り果て、ボロ雑巾のように投げ捨てられてしまった。


 こうなれば、もはや手足をもがれたネズミも同然。眼前にまで迫る死の予感に、誰しもが悲鳴一つ上げられないまま、恐怖に失禁を──だが、しかし。



「──キサマの、思うようにはさせん!」



 どうやら、奥の手を持っていたようだ。


 その叫びと共に、国王は……『ナニカ』を取り出すと、それを頭上へと掲げた──その瞬間、国王の体より光が放たれると、バリアのようなモノがその身より広がり始めた。



『──おお!?』



 あまりに予想外の反撃に、『ケット』たちは押し返そうとした……が、無理だった。バリアに触れた傍から『ケット』たちの身体は瞬時に炭化し、灰に変わる。



 これには、さすがの『ケット』も驚き、その場より一斉に逃走を始めた。



 光のバリアに触れた手応えからして、普通の障壁(バリア)ではない。おそらく、ローゼリッテが持っていた秘宝に匹敵する、王家に伝わるマジックアイテムなのだろう。


 ……それならば、これまで得た情報の中に、ソレが無い理由の説明がつく。


 可能性としては、王家の一部にのみ伝わる秘宝か。さすがに、そこまで秘匿された情報は知る事は出来ない。



 しかし……非常に強力な結界魔法だと、『ケット』は思った。



 少なくとも、真正面からまともにやり合えば勝ち目が無い。原理も効果も不明な魔法を相手に、数だけは多い『ケット』たちでは相性的にも不利……か。


 そうして……バリアの拡大が終わるまで逃げた『ケット』たちは、改めて……バリア越しに城を見やった。



『外敵と定めた相手のみを排除する、結界魔法か』



 ……バリアの範囲は、ちょうど城全体を覆い隠すサイズのドーム状……いや、球体だ。


 地中より触手を伸ばして接触し、大きさを確認した『ケット』はそう結論付けて……続けて、どのようなモノなのかを調べる。



 ひとまず……バリアを突破する事は、不可能。



 強度ではなく、魔法的に無理だ。当然ながら、物理的にやろうと思っても、『ケット』たちが千体居たところで無理だろう。



 また、バリアには隙間が全く見られない。



 どうやらバリアの厚さそのものは髪の毛よりも細く、ある地点より、すっぽり城がバリアの中に包み込まれているような状態のようだ。


 これを解除して中に入るには、あの男が懐より取り出した秘宝を解析するか、地道に結界を調査して解析してゆくか、その二つ……が、しかし。



 ……国王は、過信していた。



 この世には、この世全ての物質を粉砕することが可能な武器があることを……己の命を持って、知るのだ。




『──っ、──っ』




 大地が揺れ、割れて、城下町に広がっていた建物の幾つかが根元から崩れ落ち、瓦礫と化す。


 そこより出現するのは巨大な花。『デッドエンド・フラワー』の花弁が開けば、中より姿を見せるのは……真の緑の超越者である、ケットだ。


 反動で、もはや城の向こう側にある建物ぐらいしか無事ではなくなったが……構うことなく、ケットは……ぬるりと、花弁より抜け出る。



 ……こんな状況でなければ、だ。



 多少なりドライアドの特徴こそ出ているが、大まかには人の女体だ。その美しさに言葉を失くし、女神が降臨したと誰もが歓喜に涙を零したことだろう。


 そんな、女神が如き巨女は、二本の足で大地を踏みしめると。


 ずどん、と地面にクレーターを作ると同時に城の頭上へと飛んで、くるりと回転してケツを──ああ、そうだ、そうなのだ。



 ──これこそが、ケットが持つ絶対なる盾と矛。



 ケットが持つ、『美しさ補正+++』と、『ケツがデカい』の二つが組み合わさる事で生まれる、最大最強最悪の一撃。




 ──その名を、『ヒップ・ドロップ』。またの名を、『ヒップ・アタック』。




 言っておくが、見た目で馬鹿にしてはいけない。ケットの『ヒップ・ドロップ』は、直撃すればドラゴンすら即死させる力を有しているからだ。



 ……疑問に思う者もいるだろう。



 どうして、ケットのケツデカがそうなっているのか……単に、ケットが持つ『美しさ補正+++』と、『ケツがデカい』が原因である。


 というのも、ケットのケツは、『誰が見ても惚れ惚れするほどに美しいケツデカ』なのだが、このケツデカは……言うなれば、この世界より上位次元の存在によって与えられたモノ。



 すなわち、この世界の法則の外側にあるケツデカなのだ。



 法則の外側にあるがゆえに、このケツデカの前では如何なる防御も法則を無視する。鋼鉄以上に硬い鱗も、ケツデカの前ではティッシュ一枚以下となる。


 分かりやすく言い換えるならば、防御完全貫通みたいなものだ。文字通り、この世界の『神』すらも殺せる一撃なのである。



 ……そう、そうなのだ。実は、ケットがこれまで椅子などに座る時、無意識のうちにゆっくり座る理由がコレだ。



 このケツデカは、如何な状況になろうが、『美しさ補正+++』の影響を受け続けている。つまりは、如何なる手段を用いても、ケットの美しいケツデカを害する事が出来ないのだ。


 叩いて一瞬ばかり弾んでも、傷付くことは無く、青あざは当然、変形だってしない。この世界全てのエネルギーをぶつけたとしても、ケットのケツデカの前では無力なのだ。


 そして……そんなケツデカを……秘宝による結界に覆われた城に向かって、どっすんとケツデカを落とせば、どうなるか。



『──ひっぷ・どろっぷ!』



 答えは……球体のバリアで守られた城ごと地中に沈んだ、である。


 ケットのケツデカの直撃を受けても一回では破壊出来ないあたり、本当にこの世に二つとない秘宝ではあったようだ。


 しかし、バリアを破壊出来なくとも、そのバリアを支える大地は違う。そして、バリアに覆われていない周囲も違う。


 まるで、ホイップクリームに指を突き刺すが如く、城は地下数十メートルまで沈み込み……余波によって、城下町の全てが瞬時に散り散りになったのであった。



 ……。


 ……。


 …………まるで、隕石が落ちたかのような跡にはもう、何も残らなかった。



 辛うじて……そう、辛うじて球体の頂点部分が見られるそこも、ケットが身体を起こして、飛び散った土を掛ければ……分からなくなる。


 こうなってしまえば、彼らは二度と地上には出られないだろう。


 酸欠の中で死ぬか、脱水や餓死で死ぬかは分からないが……もう、二度と太陽の光を浴びる事がないのは、確実であった。



『──っ、──っ、──っ』



 そうして、何もかもを消し飛ばしたケットは……再び、大地へと語りかける。




 すると……不思議な光景が始まった。




 有り体にいえば、大地に芽が芽吹いた。ケットの花ではない。全く関係のない草木が、一つ、二つ、三つ。


 多種多様のそれらが、続々と芽吹いては成長し、花を咲かせ、種を落とし、枯れてはまた、芽吹く。その範囲は、瞬く間に広がってゆく。


 この地だけ、時間の流れが異なっているかのように。



 全てが、高速に進んでゆく。


 全てが、緑の中へ溶けてゆく。



 雑草のようなそれらは次々に樹木へと変わり、大木へと形を変え、森を形成してゆく。そうして、ものの30分も経たないうちに……王都があった場所は、森林へと姿を変えてしまった。


 全てが、無くなってしまった。


 何十年、何百年は続いていたかもしれない歴史は完全に消失し……もはや、その痕跡すら、この地上からは消え去ってしまった。



『──っ、──っ、──っ』



 だが、ケットの語り掛けは終わらない。


 ケットの意思に応じて、大地に広がる香り……それは、人々の大脳中枢に作用し、記憶を任意に消し去ると共に、新たな記憶を焼きつけてゆく。


 物理的に消えたのであれば、次に消すのは……精神的、すなわち人々の記憶。それが有る限り、本当の意味で途絶える事はないのだ。


 一切残さぬと告げた通りに、ケットは……この世界の人々の記憶より、この国を消し去り……真の意味で、彼らをこの世界より消し去ったのであった。



 ……。



 ……。



 …………そうして、全てを終えたケットは……地中へと潜り、帰る。朝日が昇る前に、眠りについている彼女の下へ、帰る。




 誰も居なくなった、そこには。




 もはや人の営みが有ったことすら分からなくなった、広大なが……静かに広がり、夜風を受けて……そよそよと揺れていた。




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