第十話: 根本的に相性が悪いのかもしれない




 ──経験上、己に恋する者は二つの傾向に別れるとケットは考えている。




 一つは、何度か素顔で接しているうちに、徐々に情が移ってゆき、最終的にはそれが『恋心』に発展する方。



 これは、まだ顔を隠す事にそこまで徹底的にしていなかった頃。


 今みたいに割り切れず、どうしても人恋しさに人の営みに入ろうとしていた……そんな時期に、よく遭遇した相手である。



 これは、言うなれば『熟成型』というやつだろうか。



 雪が降り積もるように好意が溜まってゆき、ある一定のラインを越えた時点で恋に変わる。


 まあ、スタンダードな恋愛感情というやつだ。


 これに関しては、正直……よほど変に拗れない限りは、スムーズに事を終わらせることが可能である。


 というのも、こういうタイプは基本的に理性的だ。


 様々な方法や手段を用いてアプローチを仕掛けて来るが、はっきりと拒絶すれば良い。下手に曖昧な断り方をすると拗れるので、希望を持たせずフッてやればいい。


 ただし、罵倒したり中傷したり、あるいは無下に扱うのだけはダメだ。また、相手を傷付けるような言葉のチョイスも絶対に禁止だ。



 ──率直に、お前は好みじゃないから駄目だと言えばいい。



 それで、大半は諦めて身を引いてくれる。


 もちろん、中には面倒臭いやつもいる。


 君の好みに合うまで頑張るよとほざくやつもいる。



 そういう相手には……ただ一つ、それでもアタックするなら、その度に貴方を嫌いになっていくと言えばいい。



 これで、残ったやつのほとんどが身を引く。



 とはいえ、それでも頭が茹ったやつが、何を勘違いしたのか突っ込んでくる時もあるが……そうなれば、こちらも遠慮はいらない。徹底的に痛めつけてやればいい。


 まあ、こういうタイプは、だ。


 途中から、そいつの周りがドン引きし始める。


 その結果、だいたいは周囲の手で抑えられてゆくから、そこまで進むことはほとんどない。




 ……だが、問題なのは二つ目の……ケット曰く『爆発型』だ。またの名を、『一目惚れ型』とも言う。




 この『爆発型』は、非常に厄介だ。


 文字通り、爆発したかのように恋心が一気に膨れて弾け、思考回路が平時のソレではなくなっている。



 ──話を聞いているようで、話を聞いていない。



 まず、これがデフォルトだ。


 如何に言葉を選ぼうが全て自分にとって都合良く脳内にて組み換え、如何に拒絶しようが『本当は寂しがっているだけなんだ』というよく分からない結論を導き出す。


 これがもう、厄介なのだ。


 何せ、拒絶すればするほどに燃え上がってしまうから。


 マゾヒストというわけではない。言うなれば、エゴイストな騎士道精神だ。


 『成熟型』とは違い、ガソリンで着火させたが如く燃え上がる『爆発型』は、当人ですら感情の制御が上手く出来なくなってしまう。


 頼んでもいないのに『僕が君を守ってあげるよ』と動き回り、そのうえ、『僕だけが君の味方だよ』という謎のアプローチを仕掛けてくるぐらいは序の口だ。


 そう、これが序の口。ここから更に酷くなると……もうアレだ。妄想が、現実を侵食し始めてしまう。


 周りが抑えようとしても、まるで無意味。


 下手すると、その周りを恋敵だと認識して全方位に攻撃し始めるので、嫌気が差した者からどんどん離れてゆく。


 そうして、ドンドンどんどん、ダイナマイトの集中発破が如く恋の病は加速度的に重くなってゆき……最後は、無理心中である。



 ……そう、無理心中である。ケットはこれまで、幾度となくこれを狙われた過去がある。



 なので、ケットは人知れず……最悪の状態に至る素質を持った者を瞬時に見分ける技能を、経験的に備えていた。




 ……お前はなんて悲しい技能を手に入れてしまっているのか。




 第三者が聞いたら嘆き憐れむような能力だが、必要に迫られて得た能力なので、これに関しては不本意でしかない……で、だ。







 ──場面を移して──おススメされた『星屑の宿』のスイートルーム。




 そこで、現在ケットは寝泊まりしており、王妃の治療と許可された書庫と宿を往復する日常を繰り返していた。


 傍から見れば単調な毎日に思えるだろうが、とんでもない。


 王子であるヴァンがおススメしただけあって、全てがケットを満足させるモノばかりであった。


 ……まず、なんといっても綺麗で豪華だ。


 貴族などがお忍びで利用するための宿なだけあって、外観もそうだが、その内装は『猫のお宿』とは比べ物にならないぐらいに豪奢であった。


 言っておくが、センスの問題ではない。単純に、注ぎ込まれた資金の桁が違うが故の、豪奢さであった。


 何と言えばいいのか……全てにおいて、『猫のお宿』にて借りた部屋よりも二段階、三段階は上……といえば、想像出来るだろうか。


 特に気に入ったのが、風呂の快適さだろうか。


 これはドライアドの性質が関係しているのだが、ケットは風呂好きである。というより、正確には水に身体を浸すのが好きで……その中でも、『星屑の宿』は花丸で合格であった。



 ……この世界の一般的な人々は、基本的に湯に浸かるという習慣が無い。



 お湯などで濡らしたタオルで身体を拭くか、最寄りの川などで沐浴をするか、おおよそ、そのどちらかである。


 理由は、湯を沸かす為の燃料と手間が割に合わないからだ。毎日風呂に入ろうものなら、一般の家庭であれば間違いなく破産してしまうからだ。


 それ故に、湯に浸かるという行為は贅沢であるという認識が強い。


 王族や貴族ですら、湯に浸かるのは2,3日に一回ぐらいであり、その風呂だってそこまで広いわけではない。時期によっては、それすら使えない時もある。


 もちろん、この世界の人々が風呂を嫌っているわけではない。


 単純に、お湯を用意するのが大変だから。あとは、風呂は身体を綺麗にする場所であり、それ以外の理由が初めから頭にないだけである。


 なので、王族や貴族であっても、風呂に入らない日は温めたタオル(ただし、質が良く柔らかい)で汗などを拭うのが普通であった。



 ……それを踏まえれば、正しくケットの風呂好きは異常に該当されてしまうだろう。



 なにせ、許されるのであれば、ほぼ毎日入る。お湯であっても冷水であっても、風呂があるのに入らないという選択肢がケットには無い。


 おそらく、毎日風呂に入っていた前世の感覚だけが理由ではない。これも、ドライアドの性質の一つなのだろう。


 植物が根より水分を吸収するように、ケットもまた、全身より水分を吸収するような感覚を覚え……これが、何とも言えず心地良いのだ。


 まるで、体内を清水で洗い流しているような、あるいは汚れた部分を綺麗なモノに入れ替えているような……そんな感覚。


 そして、入った後は……『緑の超越者』を用いて作り出した、花の香りを加えた(そうしないと、独特な臭いがするので)特製なオイルを全身に塗る。


 これは、主に周囲の性欲を抑える香り成分と、保湿の成分を合わせたモノだ。もちろん、これにも相応の理由があるのだが……っと、話を戻そう。



 ──とにかく、ケットは風呂好きである。シャワーだって、大好きだ。



 それは、どんな状況であろうとも変わらず、むしろ、水が肌に合ったのか、王都に来てからは以前よりも入浴の回数が増えていた。



 朝起きて、『星屑の宿』を出る前に1回。先に朝食を取るかどうかは気分次第。


 昼は王妃の治療を終えた後、王家御用達の風呂に浸かりながら、許可が出た本を読む。


 夜は夜で、気分によっては寝る前にもう一回入ってサッパリしてから就寝。



 これが、王都に来てからのケットの入浴サイクルである。


 もちろん、気分が噛み合わなければ昼間は入らない……が、それでも2回は入る。


 おかげで、『星屑の宿』の人からは『極度の綺麗好き』という感じで見られるようになったし、宿に戻って二言目が、『入浴の準備は如何いたしましょうか?』になってしまっていた。



 ……まあ、それはそれとして、だ。



 この日もまた、起きてすぐにケットは風呂に入っていた。


 肌寒い時期なので、温めの温度でも軽く湯気が立つ。その中で、フルーツジュースを片手に、ケットは外の景色を何時ものように眺めていた。


 『星屑の宿』にてケットが泊まっている部屋は、景色の良い最上階。眼下を見下ろすことはしないが、中々に見晴らしが良い。


 ……と、不意に、部屋(つまり、部屋の玄関)の扉がノックされた。



『──お休みのところ、失礼いたします。少々、お時間をいただいてよろしいでしょうか?』



 途端、ケットは……傍目にも分かるぐらいに顔をしかめた。



 理由は……語ると長くなるので省く。



 とりあえず、特大のため息と共に苛立ちを胸中に抑え込んだケットは、スルリと己の腕より伸ばした枝葉を扉へと這わせる。


 ……欠点というのは言い過ぎだが、『星屑の宿』は『猫のお宿』に比べて、玄関扉から浴室への距離が遠い。


 しかし、朝っぱらから大声など出したくなかったケットは、横着する。


 扉へと張り付いた枝葉の先端にて飛び出したつぼみが花開き……ついで、そこからケットの声が発せられた。



『何か用か? 朝食は、もうしばらく後だろう』

『はい、あ、いえ、その……グエン王子が、また御到着しまして……』



 ──瞬間、やっぱりかとケットは二度目となる特大ため息を吐いた。



 そう、これが『爆発型』だ。こちらの迷惑など、端から目に入っていない。


 口では『君を第一に……』とこちらを立てているように振る舞うが、その実、行動原理は1から100まで自分本位であり、自分の感情を最優先。


 約束が有ったわけでもないのに、早朝の、それも女の部屋に押し掛けてくる。もう、この時点でヤバさが窺い知れるだろう。


 しかも、この押し掛けは……昨日今日の話ではない。


 毎日、休まず押し掛けてきているのだ。ケットが生きた現代社会であれば、即座にストーカー認定される状況だ。


 それを、次々仕掛けてくるのだ……この男は! 



『……私はまだ朝食すら取っていない。話があるなら治療の時に立ち会い、その時にしろと伝えておけ』



 そう……非常に面倒臭い話だが、ぐぬぬ王子(グエン王子)は……典型的な『爆発型』であった。


 しかも、厄介な事に……ぐぬぬ王子は、この国において莫大な権力を持ち、上位5本の指に入るやもしれない地位に居る男である。



『それが……一緒に朝食を取るのだと仰っておりまして……私共も、グエン王子には強く出られず……』



 ──私用で下々を困らせるな! 



 そう怒鳴り掛けたケットは、大きく息を吐いて堪える。


 従業員とて、迷惑している。加えて、逆らえない相手なのだ。ここで怒鳴ってしまえば、板挟みの苦しみを与えるだけだ。


 それに、怒鳴る相手が違う。扉の向こうにいる従業員に怒鳴るのは筋違いだと、ケットは怒りを内に秘めた。



『……ならば、そのまま待たせておけばいい』

『しかし、グエン王子は階段の傍で見張るかのようにその場を動かず……上へ行こうとする客も従業員も関係なく、取り調べるかのように声を掛けておりまして……』



 ──我慢出来ず、ケットは舌打ちを零した。



『ならば、朝食はいい。このまま、何時もの時間が来るまで部屋にいる。あの男に尋ねられたら、部屋で休んでいるだけだと伝えておけばいいだろう』

『……あの、それが』

『なんだ?』

『既に、従業員の1人がお伝えしたのですが……どうも、ケット様は恥ずかしがっているだけだからと、無理やりこの部屋に向かおうとして……』

『──はい?』

『さすがに王族とはいえ、関係者以外が許可なく宿泊している部屋の傍を通らせるわけにはいかないと断固として拒否しましたが……』

『待て、待て待て待て、どういう事だ? 私はあいつとは何の関係もない他人だと、お前たちにも伝えたはずだが?』

『お聞きしておりますし、グエン王子にも伝えました。ですが、皆まで言わずともケット様の本心は分かっているとばかり口にされて……その、ご理解が全く得られず……』





 ……何だろう、頭が痛くなってきた。



 先ほどまで穏やかだった気分が、加速度的に荒んでゆくのをケットは自覚する。


 間接的な応対でこれほどの不快感を受けているというのに、直接顔を合わせればどうなるか……考えるだけで、ムカムカと胸の奥が苛立ってしまう。


 ジュースで気を紛らわそうにも、その程度で楽になれる相手ならば……ええい、くそったれめ! 


 ヤケクソ気味にジュースを飲み干すと、グラスをガツンと傍のテーブル(浴室用に、用意してもらった)に叩きつけるように置いた。



『外で遭ったならともかく、寝起きのレディの部屋に押し掛ける者と話すことは何もない……そう私が怒っていると言えば、ひとまずは身を引くだろう』



 この言い回しは、正直悪手だろうなとケットは思った。


 だって、コレだと外で遭う分には問題ないと取られかねない発言だからだ。ていうか、『爆発型』なら100%そう受け取るだろう。


 しかし、このまま知らぬ存ぜぬで放置するわけにもいかない。他の客にも迷惑だし、あまり抵抗を強めると暴走しかねないからだ。


 とりあえず、ケットの提案を受け入れた従業員は、足早に廊下の向こうへ離れてゆくのを気配で追いかけていたケットは……少し間を置いて、ぐったりと身体の力を抜いた。



 ……。


 ……。


 …………本当に、『爆発型』は厄介だ。



 何を言っても、全てを己にとって都合の良い言葉に変換してしまう。


 従業員たちの苦労が、しのばれる。むしろ、従業員たちはよくやってくれているとケットは思った。


 アレと直接対話をしなければならない苦労を思えば、まだドラゴンと戦った方が100倍はマシだ。


 だって、ドラゴンは倒すなり追い払うなりすれば終わりだが、頭おかしくとも王子であるグエンにはそれが出来ないのだ。



 ……まあ、不幸中の幸いというべきか、グエン以外の王族はケットの味方に付いている……というか、グエンを抑えようとはしている。



 今のところ、効果は出ていない……まあ、それは現時点での話では、あるけれども。


 おそらく、ケットが不老である事と、出自の一切が不明である事と、魔女だからだろう。



 ……と、いうのも、だ。



 貴族(それも、男爵ぐらい)の5男、6男ぐらいで、既に兄や姉に子供が出来ているといった場合ならば、相手が平民であっても……まあ、妾として家に入る事は出来ただろう。


 しかし、グエン王子は長男だ。男爵の5男、6男とはワケが違う。


 相手を全く選べないというわけではないだろうが、見合う爵位の家の娘との婚姻が普通だ。さらに一段二段下の妾とて、平民など入れるわけがない。



 下手に平民なんぞ入れたら、国が割れる。


 最悪、内戦を引き起こしかねない。



 王族というのは血の繋がりを含めて王族の側面もある以上、出自が不明な魔女なんぞ、如何に懇願されたところで国王は首を縦に振らない。


 それを理解しているからこそ、誰もがグエンの味方には付かなかった。というか、味方が現れるわけがない。



 国王からすれば、頭の痛くなる問題だろう。



 婚姻はその後の王国の行く末を左右しかねない重要な問題だというのに、当人は恋にのぼせ上って、自分が何をしているのかが理解出来ていない。


 まだ幼く初潮すら迎えていないローゼリッテですら分かっているらしく、『……お兄様が、申し訳ありません』とこっそり謝りに来るぐらいなのに……だ。



 正直、己が不用意に顔さえ見せなければ……と、思わなくはない。


 けれども、無理やり見ようとしたのはぐぬぬ王子当人だから、同情は全く出来ないよなあ……とも思った。



(……また、王妃を通じて注意してもらうか。はあ、あと25日……25日も我慢せねばならんのか)



 とりあえず、現時点でケットが出来る事など何もない。



(国王とヴァンは今のところ平気そうだが、何がキッカケになるか分からん。近衛騎士は……まあ、今はまだ大丈夫か)



 空きっ腹で城に向かうのは嫌だが、何処でぐぬぬ王子の子飼い(当人の場合有り)による監視がなされているか分かったものではない。



 ……誰かと同じ席について食事を取るのは嫌だが、アレもさすがに王妃の目が届いている場所で狼藉は働かないだろう。



 そう、頭の中で計画を立てながら、ケットは……ぷかりと、身体の力を完全に抜いて浴槽の中を漂わせた。


 そのまま、胸中にて燻る怒気を冷めた浴槽の中へと溶け──。



『……あの、すみません。お休みのところを……グエン王子は先ほど帰られました。それと、グエン王子より、伝言と贈り物を頂きました』



 ──させて、気持ちを切り替えようと思ったら……出来なかった。



(……つくづく、人を苛立たせるのが上手いな、ぐぬぬ王子)



 もはや乾いた笑いしか出ないまま、ケットは身体を起こす。


 反動で、ぱしゃんと冷めたお湯が浴槽に当たって弾け、床に零れ落ちた。


 ……しかし、余計な事をしたとはいえ、そのまま引き下がって帰る選択肢を取れる程度にはまだ、冷静なのだろう。


 それを喜べば良いのか、その程度のことでと苛立てば良いのか……いまいち判断しかねる状況だが、ひとまず、帰った事は喜ぼう。


 そう判断したケットは、ついで、贈り物とは何かを尋ねた。


 伝言なんて、どうせ遠回しな口説き文句だ。


 歯が浮くどころか、臓腑が浮き上がるような不快感しかないだろうから、聞くだけ無駄だと思った。


 しかし、贈り物に関しては下手に扱うと暴走してしまう危険性がある。


 なので、いちおうは中身を把握しておく必要がある……と、思ったわけなのだが。



『あの、花束でございます』


「──はっ?」



 まさかの──花束。



 その言葉に、ケットは思わず己の口から怒りを零し……本当に、何を言われたのか少しばかり理解出来なかった。


 ……というのも、ケットは以前、花束を贈られたのだが……その時、何度も忠告というか、怒りをぐぬぬ王子へ露わにした。



 何故なら、ケットはドライアドの性質を持つ妖怪だ。



 『妖怪』という部分によって外からは人間にしか見えないが、ドライアドとしての側面を持つ……人外である。



 つまり、ケットにとって植物とは……遠い親戚みたいなモノである。



 とはいえ、単純な仲間意識ではない。植物とて、同じ植物相手に生存競争を行うし、自らが生きる為に他の植物を枯らすことだってある。


 だから、植物を殺すこと事態は咎めないし、それを悪い事だとは思っていない。


 ケットだって、己の体より生み出した植物以外にも、生きる為に他の植物を食らうし、動物だって食らう。


 何と言えばいいのか……己もまた、死ねば大地へ朽ちて彼らの養分になるだけだ……そういう意識が根底にあるわけだ。


 だから、今は己が上に立っているだけ……それもまた、生存競争の一つだと思っている。


 同様に、気付かぬ内に殺されるのも仕方がないと思っている。


 大地より伸びる生き物だし、植物そのものは動けないから、人知れず踏み潰されることだってあるだろう……と、思っている。



 しかし、だからといって、腹が立たないのかと言えば、そんなわけもない。



 言うなれば、ケットにとって『花束』とは、生きるためでもなく、遠縁の親戚の死体を飾りたてて見せつけられるようなモノなのだ。


 他のやつらが勝手にやっている分は良い。ケットだって、生きるために食らい加工し糧にしているのだから。


 摘み取って商売にするのも構わない。ケットだって、それらを金銭に変えて糧を得ているのだから。


 それを咎める権利など、ケットにはない。そして、咎めるつもりは欠片もなかった。


 だが、ドライアドの性質を持つケットにわざわざ花束を見せ付ける行為は、悪趣味であり挑発以外の何者でもない……というわけである。



『……待て、先ほどの伝言……何と言い残したのだ?』



 沸々と……徐々に湧き起こり始めている『嫌悪』と『憤怒』を堪えながら……扉の向こうに居る従業員に問い質せば、だ。





『……先日、花を送った際に気を悪くさせて申し訳ない』


『貴女が花を大事にする心優しい淑女である事を失念していた俺の落ち度だ』


『貴女が野に咲く花を愛でているのを知っている』


『ありのままに咲く花を好んでいるのを知っている』


『と、同時に、貴女は美しい花が好きなのも知っている』


『だから、これは野に咲く花ではない。既に、刈り取られてしまった花だ』


『花を刈り取る罪は俺が背負う。代わりに、貴女は花を愛でてやってくれ』


『人知れずひっそりと枯れてゆくよりも、束の間の一時とはいえ、美しい貴女の傍で咲かせてやってくれ』


『お前の罪悪は、俺が背負う。貴女は、ただ健やかに過ごしてくれるだけで……俺は満足だから』





 ……そこまでで、限界だった。



 強引に話を打ち切らせたケットは、その花束は食堂に飾れと告げた。


 間違っても己の部屋になんぞ飾るなと命令し、戸惑う従業員の足音が廊下の向こうへと消えた……直後。



 ──ぼきん、と。



 食いしばった奥歯が砕ける音と共に……ケットは。



「本当に、とことん馬の合わないやつだよ、お前は……!」



 久しぶりに覚える、強烈な憎悪を胸に……静かに、魔法を使用して口内の治療を始めるのであった。



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