第八話: キレるポイントどこ?



 この世界の馬車というのは、あくまでケットの基準の話だが、御世辞にも乗り心地が良いわけではない。




 もちろん、サスペンションが悪いわけではない。


 いや、進化に進化を重ねた現代のサスペンションに比べたら悪いのだが、ケットが評価を下げる理由はそこではない。


 はっきり言えば……道路の状態が悪いのだ。


 王都や大きな街ならともかく、道路なんて自然のままに放置されているのが当たり前だ。


 通行に支障を来たすレベルならば舗装されたり埋められたり、場合によってはその一帯を整地する事もあるが……まあ、基本は放置である。



 ……なので、揺れる。慣れていなければ、酔う者が出るぐらいに。



 貴族御用達の馬車なので、この世界の基準で考えれば、サスペンションの性能はかなり良いのだろう。


 けれども、速度を出してしまえば、結果は同じ。


 想定していた通り、急いでいる。


 なので、かたんかたんと馬車が揺れる。


 魔法を用いた特殊な馬車があるらしいが、あれは王族や一部の貴族が式典等に使う為だけの馬車なので、表には出せない。


 なので、ケットは他の貴族と同じような待遇で、王都へと向かう馬車の中でおとなしくしていた。下手に動くと、頭をぶつけてしまうから。



 ……まあ、そのおかげで非常に退屈である。



 窓の外を見ようにも、閉じられたカーテンを開けた途端、馬に乗って並走している騎士が『何か御用でしょうか?』と尋ねてくるから、面倒で開けられない。



 嫌な顔をされるわけではない……むしろ、逆だ。


 騎士たちが本気でやっているからこそ、何も出来ないのだ。



 何せ、カーテンを開ける度に尋ねてくるのだ。『遠慮なく、仰ってください』、と。


 長生きしているが、だからといって偉くなった覚えなど欠片も思っていないケットにとって、これは逆に苦痛であった。


 ケットの方から気にするなと言っても、その度に明らかに身構えている彼らを見て……初日で、ケットは必要時以外カーテンを開けるのを止めた。


 カーテンを開けるだけで、コレなのだ。


 外の空気が吸いたいと言えば、ただ適当な場所で停まって休憩すれば良いだけなのに、お茶だの菓子だの……正直、堅苦しい事この上ない。



 ……あと、寝るのだって、周囲に人の気配がしているおかげでよく寝られない。



 周囲に居る者たちがただの一般人ならともかく、武芸を修めた騎士が傍にいて……落ち着けというのは、ケットにとっては無理な相談であった。


 道中はケットの要望が通って、一台の馬車に一人で利用させてもらう贅沢をさせてもらっているが……まあこれは、単純に体質だけが問題ではない。


 最大の理由は、ケットが持って来ていたリュックの中にある様々な薬だ。


 あのリストには無かった薬草を始めとして、『緑の超越者』を使って生み出し、育てたモノが詰め込んである。


 泥棒などいないだろうが、流出すると面倒だ。説明を求められても、一切答えられない。


 リュック一杯の金貨も同然の価値なので、おいそれと目の届かない場所には置けず、必然的に馬車に引き籠るしかなかった。


 ……これで同席だったら、ストレスで嫌になっていただろうなあ……と、ケットは思いながら早う王都へと願うばかりであった。






 ……。


 ……。


 …………で、日数にして6日後。



 ケットが大人しくしておかげで予定よりも一日早く到着した。王都の街並みを見物する気持ちにもならなかったおかげでもある。


 で、何となく外の喧騒より王都の中に入った事を察したケットは、フッと半分ほど眠りかけていた頭を振って……その場で大きく伸びをして、眠気を払った。


 ついで、そのまま揺られること……幾しばらく。


 外の喧騒も静まり、町の外を走っている時のように静かな一時の後……キリキリキリ、と鉄と鉄が擦り合うような音がしたかと思えば……ゆっくりと、馬車は止まった。



『ケット様、扉を開けてもよろしいでしょうか?』



 セバスチャンの声だ。


 了承すれば、少しばかりの間を置いて……唯一の出入り口が開かれる。そこから顔を覗かせたのは、セバスチャンであった。



「ケット様、到着でございます。早速ですが、これより案内致します……よろしいですか?」

「まあ、病だからね……出来る限り急いだ方が良いし、頑張るよ」

「ありがとうございます」



 手を引かれて馬車を下りて、軽く伸びをする。ついで、己と同じぐらい大きなリュックを背負い、セバスチャンの後に続く。


 そうして、視界の端に移る王城……というか、同じ敷地内にある。そして、眼前にて佇む物静かな屋敷を見て……ケットはため息を零した。



(ハズレていてほしかったけど、王族だったよ。王城の敷地内に立てられた屋敷とか、もうこれで王族じゃなかったら何だと言うのか……)



 歴史や立地の関係から、王城と、王族が暮らす屋敷との間に、少しばかり距離がある場合もある。


 だが、基本的に王族は、理由が無ければ王城に住まう。


 なので、敷地内に作られる屋敷は、王族が使用する屋敷を除けば、基本的には妾や、王城にて働く従業員が住まう場所となっている。


 もちろん、王城の敷地内なので、警備は厳重。城を囲う塀の内側であり、従業員が使用する屋敷であっても、許可なく立ち入ることは出来ない。




 ……で、セバスチャンが向かおうとしている屋敷は……明らかに、王族が使用する屋敷であった。




 理由は、何と言っても外観だ。


 従業員が使う屋敷もたいがい綺麗だが、王族の使う屋敷は一目で分かる。掃除一つとっても細々とされており、ケットの目にもそこが特別な場所に映った。



 ……さて、当然ながら、そんな場所にて働いているのは技術のある一般人……だけではない。



 例外もあるが、だいたいは王権派閥の貴族だ。


 要は、互いに鎖を掛けているようなもので、そこの4男5男、あるいは3女に4女といったところだろう。


 男の場合は騎士団に入隊するか、あるいは庭師にわしや調理師などになるのが通例で。


 女の場合は、メイドとして入り様々な仕事を学び、他家の淑女と交流を持って人脈を広げるのが通例となっている。



(……ふむ、思ったよりも反応が柔らかだな)



 そして、程度の差こそあるが……4男5男とはいえ、貴族に籍を置いている彼ら彼女らは、総じて矜持が高く、心の何処かで自分たちが上だと思っている。


 そんな者たちからすれば、だ。


 自分たちよりも一回り小さく、小汚いリュックを背負い、全身をローブで覆い隠し、仮面で顔を隠している人物が歩いていれば……そりゃあ、視線もいくらか厳しくなって当然だろう。


 ……失礼と言えば、まあ、失礼である。


 だって、ケットは客人なのだから。連絡の行き違いがあったのか、それとも、秘密にされているのか、それは分からない。


 だが、それでもなお、客人に向ける視線としては不適切なのは明白である。


 ……まあ、しかし、だ。


 王族や貴族の生活なんて、優雅ではあるものの、しがらみや派閥のつなの上でバランスゲームをしているようなものだ。


 学位も権威もない魔女を城に引き入れたとなれば、それをどのように利用されるかすら分からないから、たとえ、隠していたとしても、納得は出来た。



(……やはり、面倒臭いよなあ)



 でもまあ、そうケットが思ったのも……仕方がない話である。


 とりあえず、セバスチャンの後ろに続き、王家にて保有している馬車に乗って来たのだから、客人であるとは思われているから、変なちょっかいを掛けられる心配はないことだけは、安心する。


 それでも……チラチラと視線を向けられることまでは、誰も止められなかったし、ケットもそれは仕方ないと思っていた。


 ……ちなみに、だ。


 荷物をお持ちすると声を掛けられたが、他人に預けたくないと伝えれば、それ以上は何も言われなかった。



「……こちらになります」



 そうして、庭を通って屋敷の中に入り、階段を登って2階の日当たりの良い部屋(日差しの向きからして、おそらくは一番良い部屋なのだろう)へとやってきた。


 部屋の前には、護衛と思われる騎士が2人……近衛騎士と思われる。


 その内の一人にセバスチャンが話し掛ければ、チラリと視線がケットへと向けられ……扉をノックし、問答を一つ、二つ、三つ。



(……部屋の中から怒鳴り声っぽいのが聞こえたけど、大丈夫なのか?)



 不安を覚えつつも、入室の許可が出たので、セバスチャンに促されるがまま中へと入り……一つ、溜め息を零した。


 さて、何故にケットはため息を零したのか。


 それは、前に助けたヴァンが王族であることが改めて確定したうえに、かなり上位の王位継承権を持つ者であることが確定したからだ。



 室内には……豪奢なベッドにて横になっている女と。


 その女の旦那と思わしき男と。


 見覚えのある男と。


 こちらを睨みつけている男と。


 ケットと同じぐらいの背丈の少女がいた。



 部屋そのものは……静養するための部屋なのだろう。


 品が良く金が掛かってはいるが、全体的に落ち着いた内装となっている。


 壁には何処かの景色を切り出したかのような絵が掛けられており、窓からは外の日差しがさんさんと降り注いでいた。



(王様に、王妃に、王子様に、王女……あ~、そんな感じ、そんな感じ……)



 全員の視線が、己へと向けられているのをケットは自覚する。というか、仮面越しに視線が合った。


 そして、気配の移動に振り返れば、セバスチャンは……そっと、出入り口の傍に立って軽く頭を下げると、無言のままに部屋を出て行った。



 ……なるほど、これより今はただの執事というわけか。



 この部屋に連れてきた時点で、一つの仕事が終わったのだろう。


 職務に忠実というか、何というか……もう一つため息を零したケットは、改めて眼前の王族へと向き直り……ついで、見覚えのある男を見やった。



「やあ、ヴァン。見違えたよ、髭を剃って風呂に入れたのだな。中々どうして、立派な王子様じゃないか」

「ケット……すまない、俺は、君に嘘を……」

「嘘なんてついていないさ。お互い、知らない方が良かった事もある。今回は、それを表に出さざるを得なかっただけのこと」



 申し訳なさそうに視線を落とす男……ヴァンに、ケットは仮面の下で笑みを浮かべた。



「こういう形で連れ出してしまって、すまない。本来なら、こちらから出向いてお礼をするべきなのだが……」

「王族ともなれば、出向くだけでも大事だからね。まあ、そう思ってくれるだけでも私にとっては十分だよ」



 ──とはいえ、ケットは言葉を続けた。



「謝るぐらいなら、するんじゃないよ。悪い事だと分かっていても、してしまった以上は胸を張るべきだと私は思うよ」



 そう、どんな言い訳を述べようが、拒否を許さない空気を作り、強引に連れ出したのはセバスチャン……その、後ろにいるヴァンたちだ。


 申し訳ないと思っているのが事実だとしても、そんなのは形式上の話。言うなれば、自分たちの心を軽くする為の方便に過ぎない。


 それならば、いっそのこと横柄に振る舞えと思った。尊き者らしく振る舞えと……そう、ケットは告げた。



 すると、ヴァンは痛いところを突かれたと言わんばかりに苦笑した。



 そして、それはヴァンだけではない。ベッドの女とその旦那(仮)はまん丸に目を見開き、一番年下の少女は呆気に取られていた。


 おそらく、身内以外でここまで面と向かって直接的な言葉を受けたのは初めて……だったのだろう。


 その証拠に「何とも、素直な魔女よ」旦那(仮)がポツリと零した言葉に、ベッドの女も、少女も、堪らないと言わんばかりに苦笑を零したのであった。



「──無礼者が!」



 だが、その中で……1人だけ。


 最初からケットを睨みつけていた男だけが、他とは反応が異なっていた。


 傍目にも分かるぐらいに怒りで紅潮させた顔で、片手をケットへ向けると──なんと、魔法を放ったのだ! 




(うっそだろお前!?)




 これには、さすがのケットも面食らい──防御が遅れた。


 脳と下半身が直結しているやつでも、初手でいきなり殺しに来るのは稀だ。そんなの、よほど頭がイカレているやつぐらいしかやらない。



 その稀なやつが、まさか王族に居るとは──! 



 すばやく魔力を練り上げ、発動するは清流が如き鮮やかな魔法の防御。


 伊達に、長生きをしていない。完全には防ぎ切れず、弱められた風の刃が、カツンと仮面に当たったが……魔法のほぼ99%を、瞬時に無害化させた。



「──兄さん!?」



 きゃあ、と。



 王女の悲鳴とヴァンの怒声が響くと同時に、けたたましく室内に飛び込んできた二人の近衛騎士。



 だが、反射的に剣を抜いた二人は……想定外の状況に足を止めた。



 まあ、二人の反応も当然だろう。


 何せ、二人が想像したのは、ケットが王族たちに刃を向けた……そんな感じの光景だ。



 なのに、実際は逆だ。



 いきなり攻撃した男の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけるヴァンに、心底不服そうに顔をしかめている男。


 国王と王妃の下へ隠れる王女……その顔色は真っ青だ。


 そして、傍目にも分かるぐらいに悩ましい顔で唸る国王と、これまた心底悲しそうに王女の頭を摩る王妃。




 ……え、なにこれ? 




 そう思ったのは、致し方ない。


 何せ、思い描いていた光景と、実際の光景が真逆なのだ。


 せめて、ヴァンがケットを睨みつけるぐらいしてくれていたならば、近衛騎士たちもすぐさま行動を移せるというのに。


 これでは、ケットを取り押さえる方向で動くべきか、それとも仲裁に動くべきか、判断が出来なかった。



「近衛騎士ども、その魔女を拘束せよ! そいつは無礼を働いたのだ!」


「動くな! 兄は乱心しているのだ! その場で待機せよ!」



 そのうえ、これまた相反する命令を出されてしまえば堪らない。近衛騎士の二人は、互いに困った顔を見合わせた。


 どちらも王位継承の権利を有する国王の実子である以上、近衛騎士が取れる手段は、只一つ。



「……余が命ずる、近衛騎士は、そこのグエンを拘束せよ」



 この場において一番立場が上位に当たる、国王の指示に従う……であった。


 王位継承権を持つ者だろうが、国王には逆らえない。


 国王と王子という立場ではなく、ただの親子としてであれば別だが……『命ずる』と発した時点で、それは勅命も同じであった。



「ち、父上!? いったい何を!? ええい、放せ無礼者!」

「ご容赦を、国王の命令でございます」



 正式に国王が命じた以上、相手が王子……ヴァンの兄であるグエン王子であろうと変わらない。ただ、命令に従って動くのみ。


 逆らえば、それは王への反逆に他ならない。だから、いくら王子……グエンが喚こうが、近衛騎士たちは一切力を抜くことはしなかった。



「グエン……お前はどうして何時もそうなのだ?」

「何を言うのです、父上! このような素性の知れぬ怪しいやつが、無礼を働いたからではありませんか!」

「……この程度で無礼と癇癪かんしゃくを起こすのであれば、貴族や商人どもはどうなる? アレに比べたら、そよ風みたいなものだ」

「アレは、我が国の流通に食い込んでいるから対等に扱うだけです。しかし、こいつは違う」

「そうか、違うか。つまり、お前は己が対等と思える相手以外には、いきなり魔法を浴びせるような男というわけか」

「──いえ、ち、違います! 私が言いたいのは、そんな事ではなく……」

「もうよい……母親の治療に立ち会いたい気持ちは分かる。これ以上騒ぐのであれば王命にてお前を追い出す。それが嫌ならば、大人しくしておれ……」

「ち、父上!?」



 ……。



 ……。



 …………まあ、そんな王族の悲哀(?)を他所に、だ。




(……帰っていいか?)




 目の前で繰り広げられる醜悪な親子喧嘩を、呆れた眼差しで見つめる他なかった。






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