第三話: いつものように、手慣れた仕事
──『フェルデーン』へと向かう際、ケットは台車や馬車といった運搬道具は使わない。単純に、使う機会がないからだ。
なにせ、基本的に長距離の移動はフラワーを使う。近距離の場合は、そもそも、整備もまともにされていない『大森林』の中では台車も馬車は逆に使えない事が多いのだ。
あと、馬は高い。安いのでも一般の年収分。そして、馬だけだとしても、自宅がある『大森林』を突破するのが大変だし、連れ出すのも大変だ。
連れて来たら、それはそれで馬小屋など色々と準備がいる。
小屋が出来ても定期的に掃除をしないと駄目だし、放置しておくと家の周りが糞だらけになるし、夜間にモンスターに食われてしまう事もある……で、だ。
「──おや、その珍妙な恰好はケットか? 久しく見なかったが、何処へ行ってたんだ?」
そう、声を掛けて来たのは初老に差しかかろうとしている門番の男、ジェイク。うっすらと、髭を生やしている。
「やあ、ジェイク。ご存じの通り、研究三昧の毎日だよ。そろそろ懐が寂しくなったので、薬を売りに来たわけだ」
「はあ~、つまりは何時も通りってわけか。毎日研究ばかりして引き籠っていると、尻に根が張るぞ」
「それだけ頑張ったおかげで、このどデカいリュックが生まれるわけだが……さて、何時も通りで良いのか?」
「ああ、何時も悪いな。しかし、自衛もあるとはいえ、君ほど徹底的に顔を隠す魔女はおらんけどな」
「長生きしていると、それだけ秘密も増えるものさ。腹を探られるのは嫌だが、何も無い腹を探られるのはもっと嫌なのだよ」
その言葉と共にリュックから取り出すのは、酒瓶。
中身は、『大森林』の奥地にて自生している……ということにしてある、ケット自身が生み出した果実より作った酒だ。
薬品を作る傍ら、暇潰しがてら作ったモノだが、かなり評判が良い。時々一緒に並べて販売するが、だいたい薬品より先に完売するぐらいには人気がある。
ケットとしては酒精が強く甘すぎるので氷水で割って飲むのだが、『フェルデーン』の者たちの好みには合致しているようだが……重いから、量を運びたくないのだ。
「今回も、宿には泊まらないのかい? 最近名前を変えて新しくなった、表通りの『猫のお宿』なんかが綺麗で女性にも人気って聞くぞ」
「そうだね、気分が変わったらそれも考えるよ……では、な」
「おう、では、ようこそ『フェルデーン』へ!」
満面の笑みで見送るジェイクたちに、ケットは仮面の下で苦笑すると……そっと手を振り返し、検問を出た。
この日もまた、何時ものように。
そう、何時ものように門番のジェイクたちに袖の下を送って……何事も無く町の中へと通された。
……言っておくが、この程度は何処の町も普通である。
いや、むしろ、顔を隠しているケットを通してくれるだけ、彼らは非常に融通してくれた方だ。
……とはいえ、最初の頃はもっと面倒臭く、魔女だと認められるまで大変だったが……まあ、昔の話だ
ジェイクたちにはケットが女であることはバレているし、相当に長い年月を生きている魔女である事も知られている。
というか、それぐらいの情報ならけっこう知っている者は多い。何故かって、そこまで厳密に隠しているわけではないからだ。
さすがに、『美しさ補正+++』とて、『女』という単語だけで影響が出るほどの呪いではないので、その辺は聞かれたら答える程度に抑えている。
まあ、そこを誤魔化すと、さすがに町の中に入れてもらえないし、露見すると相当に面倒な事になるので、これに関しては仕方ないと諦めている。
……それに、だ。
モンスターが蔓延るこの世界、自衛のために顔等を隠して旅をする女は普通にいる。と、同時に、魔法を修め、魔法を用いた商売を行う者……魔女だって、それなりにいる。
そして、魔女に限らず魔法使いというのは……基本的に変わり者で魔法の研究に昼夜問わず勤しむ者……という認識が根付いているのだ。
特に、魔法によって寿命を延ばしている魔法使いほど、変わり者が多い……と、思われている。
まあ、寿命を延ばす魔法は、魔法使いの中でも類稀な才能を持ち、生涯を魔法に費やした者が習得する魔法とされているので、さもありなん……といった感じか。
ケットとしては不本意な話だが……まあ、研究に勤しんでいないかと問われると、勤しんではいるので否定しきれないのが悲しいところだが……っと。
「やあ、ケット! 久しぶりだね、薬を売りに来たのかい?」
「やあ、デネブ。そうだよ、懐が寂しくなってきたのでね」
「おや、ケット、今回は間隔が短いようだね」
「やあ、フィリック。この時期にしか手に入らない薬草が採れたのでね」
「ケット、酒は持ってきているのか!?」
「ドーンズ、酒は1人一瓶だ、買占めはダメだぞ」
「あら、ケット、相変わらず暑苦しい恰好しているわね」
「やあ、ジェニファー。相変わらずの暑苦しい恰好だよ」
役所へと向かう道中、見知った町の者たちより声を掛けられる。彼ら彼女らは『フェルデーン』で生まれ育った者、あるいは、この地に根を下ろしている者たちだ。
最初の頃は警戒(あるいは、好奇心)され遠巻きに見られていた。
だが、売っている商品の質が良い事と、普段は森の奥でひたすら研究に没頭している魔女である事が知られてからは、今みたいに受け入れられるようになった。
それもどうなんだと当初は思ったが、まあ、アレだ。
魔法使いというのはそれだけ偏屈でプライドの高い者が多く、当たり障りのない対応をするだけでも、町の人からすれば驚かれることらしい。
顔どころか全身隠す怪しさも、魔法使いとして考えるなら『魔法的なアレ』で、女だから見せないようにしている……と、良い方向に納得してもらえたおかげだろう。
そうして、ポツポツと顔見知りに挨拶を行いながら、『フェルデーン』の役所へと向かう。
『フェルデーン』では、如何な規模であろうが商売を行う以上は役所にて申請を行い、許可証を貰う必要がある。
これは、麻薬などの違法品の販売を防止する為の処置だ。まあ、これ自体はやましい事が無ければすぐに終わる。
それが終われば、『広場』と呼ばれる青空市場へ向かう。
特に決まりはないが、通行の邪魔になる場所や、刃物などを売る場合は鞘に入れておく、他の店を遮るような形で開くのは駄目など、色々と暗黙のルールが敷かれている。
当然ながら、良いスペースは真っ先に取られている。
時期や時間帯によっては人々がごった返す事もあるので、遅ければ遅い程不利になる。
(……ここでいいか)
まあ、そういった店には固定客が付いているので、特に気にしていない場合が多いけれども……ケットは、その気にしていない者に分類される。
……さて、だ。
その日、ケットが決めた場所は『広場』の中でも端の方……というよりは、店と店との間に出来た僅かな隙間であった。
小物程度を並べるぐらいなら十分だが、食べ物を並べるとなると狭すぎる。かといって、店同士を近付け過ぎるとトラブルの元になるので、どうしても少しばかりスペースを作る必要がある。
加えて、左右の店がズラーッと食べ物を取り扱っている。正面も、食べ物を取り扱っている。結果的に、使い切れないスペースが余ってしまったのだろう。
──とはいえ、ケットとしては、そんな手狭なスペースでも十分である。
だって、売り物は果実酒と、小瓶に入れた薬水(くすりみず)、せっせと作った粉薬(紙で一回分ずつまとめている)、生のままの薬草しかないからだ。
「ちょいと、ごめんよ」
左右の店に一声掛けつつ、リュックより取り出した敷物を広げ、その上に商品を並べる。もちろん、盗まれないように対策を施して。
『果実酒 :銀貨1枚』
『薬水 :銀貨3枚』
『乾燥薬 :銅貨50枚』
『薬草 :要相談』
そして、商品ごとに値段が記された小さな立札を置く。
──ちな
みに、銀貨1枚が前世の基準で約10000円。銅貨1枚で約100円。つまり、酒瓶一本が1万円という感じだ。
さて、これで全ての準備は終わり。後は客が来るのを待つだけ……なので、暇だ。
とはいえ、下手に暇潰しをして余所見をするわけにもいかない。
リュックの底に入れて置いた、分解済みの椅子を組み立て、壊さないようにゆっくり腰を下ろすと、ぼんやりと時が流れるのを──。
「おいおい、久しぶりに会ったのにそっけない挨拶だな」
──待とうと思ったら、声を掛けられた。
顔を上げれば、隣の店の男だ。
立派な口ひげを生やして……あ、こいつ、見覚えがあるぞ。
「……もしかして、トールマンかい? 前に遠方に行ったと聞いていたが、何時戻って来たんだい?」
恐る恐る問い掛ければ、「はあ~、これだから長生きしている魔法使いは……」男は……いや、トールマンは、深いため息と共にリンゴ(見た目が正にそれ)をケットへ放り投げた。
「遠方に行ったのは7年も前の話だろ。こっちには3年前にちゃんと戻って来ているよ」
「そうなのか? そうか、もう7年も前なのか……道理で、君の顔が老けて見えるわけだ」
「7年も経てば子供だった娘も母親になる。老けて当然だろ……というか、お前どうして挨拶に来てくれなかったんだよ」
「そのうち会えるだろうと思ってね。まあ、巡り合わせが悪かったのか、全然会えなかったようだけど」
「お前ら魔法使いの『そのうち』って平気で1、2年ぐらいだろ……」
「長生きしていると、一日が短く感じ過ぎて困るよ……これ、美味いね」
かしり、とリンゴをかじれば、中々に美味い。あ、いや、称賛出来るぐらいに美味い。
──やはり、自分で作った果実よりも、誰かが作った果実の方が美味いな。
久方ぶりに感じる他所の甘味に少しばかり感動しつつ、ケットは並べている酒瓶の一つをトールマンに差し出した。
「おや、くれるのかい? リンゴ一個でコレは過分だと思うが?」
「久しぶりに再会した顔見知りだし、思いの外美味かったからね。ところで、私の記憶が確かならば、君は宿屋を経営していたと思うのだが……」
気になったというか、思い出したケットが率直に尋ねれば、満面の笑みで酒瓶に頬ずりしているトールマンは、「頼まれたんだよ」サラッと答えてくれた。
話を聞けば、この店(主に果物を中心に販売している)の店主とは古い付き合いらしく、今日は所用でどうしても店を離れる必要があったらしい。
だったら店を閉めれば良いのにと思う所だが、どうもそれをやると現在の場所を他所に取られるらしい。
次に取り返せば済む話なのだが、色々と暗黙のルールがあって大変なんだとか。
「それじゃあ、今日一日は店番をするの──っと、いらっしゃい、値段は書いてあるとおりだよ」
ケットの存在に気付いた(正確には、ケットを覚えていた)人が立ち止まり、次々に果実酒を注文……傍に置かれた箱に、ぽいぽいと銀貨が放り込まれてゆく。
……基本的に、ケットは『大森林』より出て来る事はない。そして、時期に応じて出て来るわけでもない。
つまり、気紛れを起こすか、今回のように金が尽きたかでなければ、ケットの果実酒は手に入らないわけだ。
言うなれば、不定期に販売される『期間限定商品』。
異なる世界であっても、今を逃せば次にいつ手に入るか分からないという付加価値は、強力に購買欲を刺激するのだろう。
もちろん、酒の味が悪ければ通じないが、ケットの作る果実酒はどれも味が良く、以前は商人たちがまとめて売ってくれと交渉しに来たぐらいには評判である。
銀貨1枚の値段は、庶民が飲む酒の中ではかなり高価な部類ではある。だが、それでも小一時間と経たないうちに売り切れてしまった。
そうして、滑り込みセーフで最後の一本を買ったドーンズ(道中、注意したやつ)の後ろ姿を見送ったケットは……一つ、溜め息を零した。
「やれやれ、酒はすぐ売り切れるのに、薬はどうにも売れないね」
思わずといった様子で零した愚痴。「いや、そりゃあそうだろう」誰に言ったわけでもないが、トールマンが拾った。
「普通は、薬なんて医者か病気になっているやつぐらいしか買わんからな。俺としては、こんな場所で薬を売り出すのが間違っていると思うぞ」
──確かに。
「それに、薬って保存する場所が限られているし……手元にあるなら心強いけど、駄目にしてしまったら大損だから、そりゃあ手は伸びないだろ」
──ごもっとも。
「その点、酒は飲んじまえば良いわけだし、果物を浸けるにしても料理に使うにしても、色々と使い道はあるからな……そりゃあ、売れるってもんよ」
──なるほど。
何度も頷き掛けたケットではあったが、いちいち売り場を変えるのが面倒だったので、あえて聞こえないフリをした。
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