第三十四話 轟く雷

 チェルヴァンは戦いの最中に一瞬の隙を見つけ、周囲を観察した。その僅かな時間に彼の攻撃によって斬られた騎士たちは、鎧の破片しか残らず、その本体はどこかに消えてしまった。そしてついに、モールソ・ノギの異変に気づいた。

 だが、ここまで戦ってきた彼も少し疲労を感じた。目の前の騎士たちを倒してからモールソ・ノギを倒すのは無理ではないが、時間がかかりすぎる。今の戦況を一刻も早く把握したい。こんな小娘に足を引っ張られている場合ではない。こうなったら、自分の切り札を出すしかない。

 そうやって判断したチェルヴァンは両手を前に伸ばし、いつもの傲慢な姿勢ではなく、平伏に近い構えになった。

 操られていることをわかっている。今こそ敵に一斉攻撃を仕掛けるチャンスだ。騎士たちは自分の槍を伸ばし、その先端に破壊の力に強化された雷が蛇のように纏っている。

 上空から六人、下から五人、前後各三人でチェルヴァンに槍を突き通す。

 兵士たちがうまくやってくれたようだ。モールソ・ノギは両手で魔法を仕掛ける準備と詠唱をしているが、その様子を見て少し違和感があるが満足している様子だ。

 

 だが、次の瞬間、チェルヴァンの体から幻属性の魔力が湧き出し、渦のように回転し始める。数十本の幻属性の魔力波はまるで触手に変わり、触れた相手とその相手がいる空間を完全に消したかのように、死骸の残片も残さなかった。

 チェルヴァンの両腕は真っすぐにモールソ・ノギの方向を指している。この構え、この魔力を見て、ノギは慌てた。今までチェルヴァンの戦闘力を観察してきたが、全部無駄になってしまったとノギはそう感じている。操られていなかったら、今はすぐにでも逃げ出したいのだろう。

 モールソ・ノギは今、騎士たちから集まった魔力を自分の魔力と統合し、雷でセミトスの【逆世の審判】のようなエネルギーボールを作る。その大きさは小さい惑星のようだ。これがノギの一撃で星全体の気候を変え、大地を焦がす魔法、彼女の切り札だ。さらに破壊の力の増幅によって、この一撃でチェルヴァンの竜血を磁化し、剣背龍の戦い方ができなくなり、勝算があるとノギは予測していた。

 だが、対面のチェルヴァンはこの長い戦いの中でも自分に劣らない魔力を温存し、そして自分を上回る魔法を使えるとは。

 この数秒の間に、先に攻撃を始めたのはモールソ・ノギだ。彼女は両手をチェルヴァンのほうに伸ばした。すると、黒い雷の玉がゆっくりとチェルヴァンの方向に飛んできた。

「天地開拓、静謐終焉。竜牙竜爪、竜吟竜翼。誇り高き我が父、始祖と終焉の龍――ルドーイン。剣の魂よ、ここに示せ!竜翔天撃。」

 プライドを胸に秘めるチェルヴァンは平伏のような姿勢よりも突撃した。ただ黒き雷の玉に入った時だけわずか0.1秒速度を落とされたが、その後ノギの体を貫通したのもほんの一瞬だった。

 なんの遺言も残さず、ノギはそのまま目を大きく開けたまま命を失った。


 自分の切り札を使ったチェルヴァンは遠くで立ち止まり、しばらく自分の体をコントロールできずに震えが止まらなかった。死体の大半は幻の力によって消滅されてしまったが、彼女の体から徐々に魔力が集まり、虎の形に変わる。今こそ破壊の力と融合したドゥードイだ。主と共に魔力も体もほとんどなくなってしまったが、今は自分の体を自爆し、何としてもチェルヴァンをこの世から消したいのだ。

 この危機一髪の時に、星の残骸が素早くこの紛争の地に引き寄せられ、ドゥードイの体に飛んできた。いくら速度が速くても、360°から飛んできた岩から逃げることはあり得ない。増して雷属性にとって最悪の相性である岩だ。そのままドゥードイは岩の棺桶に閉じ込められ、さらに神の力によって破壊の力でも制御されて戦場が静かになった。

 チェルヴァンは振り返ると、いつの間にか大地の神、スーズリオが立っている。外見では神の長男と呼ばれるアルボルシューよりも年上に見える無言の彼は最も存在感が薄いが、謎めいている。チェルヴァンは疲労の体を無理やりに動かしてスーズリオの前でひれ伏した。

「スーズリオ様、少々時間をかけてしまいましたが、これで私も参戦できます。どうかご命令を。」

 スーズリオは真剣な表情でチェルヴァンを見て、このドラゴン族随一の戦士もかなり長い間の戦いをしたが、今の戦況では一刻も休む暇がないのは残念だ。

「チェルヴァン、よくやった。今はすでにドムとケーズを始末し、私もマルフォンというやつを塵にした。他の人はすでにアルボルシューに援護をしてセミトスを圧制していて、いまは封印している段階だが、セミトスが封印された直前に逆世の扉を開けてしまった。時期によって悪魔の大軍が来るだろう。君に休息の時間を与えたいが、それはいまではとても難しい状況だ。この状況を各領域に伝えてくれ、総員で攻撃をさせよう。」

「御意。」

 チェルヴァンはスーズリオの命令をそのまま受け入れた。言葉を伝えるぐらいの雑用はこの状況ではすでに休憩に等しい。パーリセウス様とソロムネスとの決闘も心配だが、龍帝を含めドラゴン族総員、そしてこの後虹の神も増援すれば問題ない、微かな不安が秘めているものの、そうやって信じるしかない。チェルヴァンは自分に治療の魔法をかけ、遠くの星たちに向かった。


 光の鎖に縛られ、炎で焼かれているセミトスは頭を垂れて何の反応もしない。この漆黒の悪魔の体から未だ微塵の魔力も感じられない。赤い目と口も閉じている。今は熟睡しているようだ。

 だが、ここまで衰弱になっているセミトスでも、アルボルシューの炎もこの悪魔を焼き尽くせなかった。

 やはりソロムネスより自ら破壊の力を与えられた異世界の魔物だからか、例え力で撃退してもなお、その体と魔力源を共に消滅させるのであれば創造の力が不可欠だ。かつて、パーリセウス様が独力でソロムネスを封印させたのもその原因だった。私とほぼ同格な悪魔を徹底的に消滅させるにはやはり守護神の力を得る必要がある。そう考えると、龍吟の剣、もしくは創造の剣なしにはこの状態に収まることはすでに最善を尽くしたということか。

 アルボルシューは魔法を仕掛ける腕を下げ、自分の後ろにいるサイドハックに話しかけた。

「一段落したが、残りの悪魔を封印し、開けられた逆世の扉を閉めなければならない。サイドハック、君はここでしばらく様子を見てくれ。」

「分かった。だが、未だに私の心に疑問が残っている。」

 サイドハックは光の鎖の魔法を維持しながらアルボルシューに話した。アルボルシューは黙ったままサイドハックの目を見つめる。その瞳は昇ったばかりの太陽のように眩しく、しかし暖かい光を照らしている。

「逆世の扉を開けられると、守護神は必ずご存じであろう。世界の意志、その僕である私たちは警告を受けるはずだ。だが、今回ドムの件と言い、セミトスが開けた扉と言い、まるで私たちの感知が阻害されているようで、報告されるまで全く気付かなかった。アルボルシュー、あなたも本当は不安を持っているのでは…?」

「サイドハック、君が思ったこと、パーリセウス様はきっと予測した。今は最善を尽くして創世帝様を待つのみ。順番が逆かもしれないが、その疑問を晴らす時期がすぐ来るだろう。」

 アルボルシューもサイドハックは今セミトスとの戦いで大量の魔力が消耗していることを理解している。だが、たった数分前まで戦っていたとしても、彼らは神のために全く疲労感を持たない。しかし、サイドハックの言葉に心が打たれたようで、さっきまでの死闘までその疑問を深く考える余裕もなかったアルボルシューは、この不自然さを記憶の中から答えを探している。


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