第三十三話 雷鳴

 真っ黒なボディスーツを着ている雷帝のモールソ・ノギは自身の雷の力を波のように周囲に拡散させ、同時に転移魔法陣を作って雷の領域で待機している兵士たちをここに転移させるつもりだ。黒い雷は周囲の空間にクモの巣のように伸ばし、連結している。

 チェルヴァンと虹の神々にとって雷の領域の兵士たちは所詮雑魚に過ぎないが、逆世の悪魔たちにとってはそれらの生命力を奪って破壊の力に転換し、自分の力をさらに増強するリスクがある。

 幸いここに最強の悪魔、セミトスはいないが、アルボルシュー様もしばらくこっちに戻ってくるまい、この状況じゃ戦況を変えられる恐れがある。

 慎重なチェルヴァンは絶対に勝利に変数があることを許さない。彼は素早く刀剣に作られた翼を広げ、モールソ・ノギに向かって飛び立った。

 自分に猛烈な勢いで飛んでくるチェルヴァンを見て、ノギの目に少女の未熟さが消え、代わりに戦闘に対して切に求める欲が満ちている。彼女は両手を広げ、すると数本の雷は柵となり、チェルヴァンの前に現れた。

 だが、今のチェルヴァンは全身に幻属性の魔力が纏っている。すべての属性に対して格が違う破壊力はこのような雷の柵は彼を阻めない。チェルヴァンは容易に通過し、麻痺の効果すら彼の体に残せなかった。

 チェルヴァンは両手の宝石の刃を挙げて、あと一歩でノギを斬るところだった。ノギの体に纏う電流は虎の頭になって伸ばし、チェルヴァンの隣から目に追えないほどの速さで通過し、そして遠くに大きな虎を形成した。

 それはまさしく雷帝の忠実な僕、サンダータイガー・キングのドゥードイだ。

 チェルヴァンは自分の右腰を見て、銀色の竜血が垂れている爪痕に、電流がビリビリしている。彼は後ろのドゥードイを振り返って軽蔑の意味が含む微笑みを右の口元に浮かべた。だが、この全身が銀色の刃で作られた鎧を着ているドラゴン族の戦士は全身から殺気を漂わせている。

 元々ドゥードイのような獣は人型の生物よりも破壊の力に穢されるスピードは少し遅いが、チェルヴァンを攻撃した今の彼は操られたからではなく、残された理性に基づいてその体を動かしたのだ。

 あの弱々しく小さい少女を守りたいという信念を貫くドゥードイ、例え彼の精神も体も堕落してしまっても、その忠義たる心は腐朽しない。


 チェルヴァンは分かっている、速度ではドゥードイに劣る彼は相手にならないし、だからターゲットの少女が目の前にいても阻める。一方、雷帝・モールソ・ノギの後ろに開けられた転移の扉から絶え間なく雷の領域の兵士が次々と出てくる。

 ここでは範囲の広い魔法を仕掛けて隙間を狙うしかない。そうやって心で対策を決めたチェルヴァンは後ろに気づかなかった。

 ドゥードイは真っすぐにチェルヴァンに向かって襲撃した。すると、チェルヴァンの左肩や左腰にさらに二つの傷が増えた。

 だが、攻守一体の刃の鎧を着ているチェルヴァンに対しての物理攻撃はドゥードイにもダメージを残す。いまドゥードイのまるで雷で出来ている爪や身躯にも黄色っぽい魔力のエッセンスが垂れている。

 向こうのチェルヴァンはドゥードイの鋭い雷の爪で体が切られ、流したその血液は一部体に回収され、残りは破損した刃の鎧を修復した。

 チェルヴァンは構えを整えて再びノギに向かい、両手の宝石の刃を振りノギを斬る振りをした。ドゥードイは素早く移動してノギの前に飛び込み、自分の体をノギの盾にするつもりだ。

 だが、それはチェルヴァンが思った通りだった。彼の口に微笑が滲んできた、同時に体を回転させた。細く小さく、無数の刃に幻の力が付着しているため、容易くドゥードイの雷の鎧を切り裂けた。

 そして通常の鋼鉄で作られた武器より遥かに切れ味のよい、チェルヴァン両手の宝石の刃はこのサンダータイガーの本体を三段に斬り落とした。

 だが、切り落とされたドゥードイの上半身はチェルヴァンの背後に飛び、遠くで自分の体を修復し続ける、残りの体は雷に還元され、チェルヴァンの体に纏って電撃をし、さらに破壊の力でその威力を増した。

 元素の力は当然、このドラゴン族随一の戦士に全く持って効果が効かないが、破壊の力によって増幅され、雷の領域では二位の攻撃力を誇る力なら、さすがにチェルヴァンでも体内で幻の力を沸かせて破壊の力と相殺し、雷撃の影響を消すためには数秒かかった。

 この間、ドゥードイはモールソ・ノギの近くまで戻り、そしてノギと徐々に一体化している。

 数秒後、チェルヴァンは雷の縛りから脱出し、破壊の力の影響も受けていないようで再び攻撃を仕掛けるつもりだ。

 

 だが、彼の周りにすでに雷の領域の精鋭騎士団、【雷虎の軍団】に所属する雷虎騎士達に囲まれている。彼らは王を守る忠義を果たす騎士達のはずだったが、心や体内の魔力はすでに破壊の力に操られた傀儡のようだ。

 ある騎士は鋭い雷の槍と盾を持っていて、槍の尖端に破壊の力が纏われていて、本来彼らの力ではチェルヴァンに傷をつけることすらできないが、破壊の力があれば、それも可能になる。

 何もが浮遊している宇宙で戦うのは騎士たちの得意分野ではない。だから空よりも高いこのスペースでは、ドラゴン族の絶対なる支配下だ。

 銀色の光がこの戦場で瞬く。チェルヴァンは周囲の雷虎の騎士達に攻撃を始めた。本来ならば機動戦に長じている雷の領域のはずだが、今もこの傑出な戦士の戦いぶりに折服している。銀色の光が瞬くたびに、ある騎士は頭が斬られ、もしくは両腕を斬られて戦闘能力を失ったりして、他には腰から一刀両断された。

 これはすべてチェルヴァンの途轍もない攻撃能力のおかげだ。彼の両手にある橙色の宝石の刃は名もなき、しかしそれはドラゴン族至高なる宝石、龍帝・ルドーインの血によって化された精華だ。元々チェルヴァンはアルペルトと同じ、起源と終焉の龍とも呼ばれるルドーイン、その両翼に含まれた魔力に化された二名の戦士だ。龍の領域では最高峰の物理攻撃と魔法の使い手だ。

 転移魔法陣から湧雷の領域の騎士は絶え間なく斬られている。密集している騎士たちは本来速度の長所を発揮できず、お互いの動きは牽制されていて陣形も展開できない。

 破壊の力と融合したばかりの頃は一番倒しやすい時期だ、一気に数を減らそう!

 チェルヴァンのその破竹の勢いを誰も止めることができない。戦の神か鬼か、一刻も止まらず雷虎の軍団の中で戦う。当然、騎士達も攻撃はしているが、例え破壊の力で纏われた雷の長槍でチェルヴァンの胸か翼に刺しても、守護神に祝福された身躯で素早く全快し、自分に傷つけた騎士と下の虎と同時に一刀両断する。

 軍団の兵士たちの後ろにいるのはすでにドゥードイと一体化したモールソ・ノギ。真っ黒なボディスーツは変化によって消え、今は裸に近い格好だ。服の代わりに虎の模様と電気が飛び跳ねる鱗が体に覆っている。雷で出来ている尻尾は常に形が変化していて、類似する物もなく故表現もできない。同じく雷で作られた翼は数本の稲妻が結ばれたクモの巣のようだ。少女の華奢な両腕は肘より下に伸ばす雷は少女の体に相応しくないほど大きい爪を構築した、黄色の瞳孔に野性の力と征服欲が満ちている。

 チェルヴァンが雷虎の騎士を一人殺した度に死体に纏っていた破壊の力は保存された魔力と生命力はノギの方向に流れ、ノギの雷の一部となる。

 まだ雷虎の騎士の数を減らすために集中しているチェルヴァンはその異変に気付かず、ただ攻撃に専念し続ける。彼の動きはすべてモールソ・ノギに見られている。弱点・戦い方・魔法の強さ・体力の衰退そして再生の速さ。ただそのまま静かに観察しているノギは今破壊の力、ドゥードイだけではなく滅世帝・ソロムネスの意志も一体化したノギは今領域の王者を超え、チェルヴァンに挑む準備を整えた。彼女の背中にある転移魔法陣はすでに閉じられ、この場に残るのはあと数千名、雷の領域の精鋭騎士。

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